13 特訓。美少女マネージャーとしまっちゃうおじさんを添えて

 苦い感傷を甘いものと一緒に飲み下して、俺は前を向くことに決めた。

 テトゥーコ様も戻れないって言ってたんだし、この世界で生きていくしかないんだ。

 できれば、サーシャの隣にいられるといい。


 ――だから、やれることはする。


 宿に帰ってから、俺はギャレンさんに盾の使い方を教えてくださいと頼んだ。サーシャが盾を買ってきたときからそうなることはわかっていたんだけども、できれば自分から向かい合いたかった。


「よしっ! 俺に任せろ。サーシャとメリンダにも手伝ってもらえるといいな。ギルドの訓練場を使おう」

「はい、よろしくお願いします!」


 俺にしては珍しく気合いの入った声が出た。


 念のために鎧を着ておけと言われ、俺は身支度をしてから宿の1階に降りた。普段着に着替えたサーシャと、杖を持ったメリンダさんもその内にやってくる。

 そして、ギャレンさんは盾と剣を持ったガチガチのスタイルだ。


 ギルドの訓練場は特に予定が入っていなければ無料で開放されているそうで、身分証を提示するだけで使わせてもらうことができた。

 俺たちの他にも何人か、武器の稽古をしている人たちがいる。


「じゃあまず、基本的な盾の持ち方だな。ジョーは武器は持つつもりはないんだったな?」

「はい。ドラゴンのブレスとかはさすがに空間魔法で防げるものではないので、身を守る術として盾の使い方を学んでおこうと思ったんです」

「概ね正しいわね。空間魔法使いは戦闘に直接加わる事はないけども、『巻き込まれる』ことは常に想定していないといけないわ」


 俺の言葉にメリンダさんも頷いた。

 ギャレンさんの指示で、魔法収納空間から俺とサーシャの盾を出す。盾の内側には腕が通せるくらいのふたつの持ち手が付いていて、基本的には片方に腕を通して左腕に装備し、もう一方を掴んで安定させると教わった。

 形は凧の形に似た――いわゆるカイトシールドというもの。うっかり足に落としたら痛そうな形をしている。


「これからサーシャに打ち込んでみせるから、よく見ておくんだぞ。サーシャ、パリィを中心に、打ち込むことは考えずに防御に徹しろ」

「はい、ギャレンさん!」


 平服のサーシャが盾を構える。俺のイメージしていた正面に構えるのとは違って、ギャレンさんに対して斜めになるような位置に盾がある。

 ギャレンさんが振り下ろした剣を、タイミング良くサーシャは盾ではじき返した。あるいは、剣の軌道に合わせるように盾の表面を滑らせてうまいこといなしている。


 む、難しいヤツだろ、これ……。俺の盾イメージは某スパルタ軍の映画の奴だぞ。こんなに可動範囲が大きいなんて聞いてない。


 俺が顔を引き攣らせていると、一旦打ち込みをやめたギャレンさんがメリンダさんに「あれを」と何かの指示を出している。

 そして杖を構えたメリンダさんの呪文で、地面から氷の壁がピキピキと育ってきた!


「メリンダさんって、風と水の2属性じゃ?」

「ええ、氷は風と水の2属性から作られるものなんです。メリンダさんみたいに自分で2属性を持ってる人は自力で作れますし、風属性と水属性の魔法使いが共同で唱和してもできます。ただ、息が合ってないと無理ですけども」

「へえ、じゃあ氷自体は夏でも珍しくないんだね。だからアイスクリームがあったのか」


 俺がサーシャから話を聞いている間に、縦1メートルで横50センチほど、厚みが20センチほどの氷の壁が出来上がっていた。


「サーシャ、あれをやってみろ」

「はい! 行きます!」


 サーシャは今度は盾を正面に構えた。先程左手で握っていた取っ手を右手で握り、がっしりと構えている。


「ハッ!」


 そしてそのまま、盾を押し出すように氷の壁に体当たりしていった。鈍い音が響いて、氷が砕け散っていく。

 ……今、サーシャは補助魔法掛けてないんだよな? 背筋がゾッとしたけど。


「ジョー、ちゃんと見たか? じゃあお前も盾を構えろ。両手でしっかりと構えて、足を踏ん張れ! サーシャ、盾でぶつかれ」

「ジョーさん、思いっきり行きますから、頑張って受け止めて下さいね!」

「よ、よしこい!」


 重心を落として、盾を構える腕に力を込める。すぐに激しい衝撃が盾を通して腕にビリビリと広がっていった。

 こ、これは重い打撃だ。幸い俺はその場に踏みとどまることができたけど、足腰弱い人なら吹っ飛んでるぞ、これ。

  

「おう! 足腰は大分鍛えてるんだな、上等だ! 今のがシールドラッシュ、盾を構えた体当たりだ。それと、そのまま盾を構えてろ。サーシャ、バッシュだ」

「はい、行きますよ、ジョーさん!


 盾で遮られた視界の中、サーシャが構えた盾がガッと持ち上がったのが見えた。そして、再び俺の盾へのきつい打撃。ガンッという音が響く。

 予備動作から察するに、カイトシールドの下の角で俺の盾を殴ったのだろう。くぅ、という声が俺の口から思わず漏れる。補助魔法が掛かっていないサーシャの腕力でも、勢いが加わるとこれほど強い攻撃が盾で繰り出せるのか。

 

「武器を持たないなら、盾を武器としても扱えるようになれ。パリィとラッシュとバッシュ、このみっつを徹底的に身体に叩き込むぞ」

「は、はいっ!」

「攻撃は点で叩き込め。相手の体勢を崩すなら面でぶつかれ。盾はその両方ができる」

「はいっ!」


 それから俺は午後中、ギャレンさんから盾の特訓を受け続けた……。



「う、腕がプルプルする……」


 こんな感覚久しぶりだ。20キロの装備を背負って学校の階段を上り下りしたり、負荷を掛けた腕立て伏せをしたりするのには慣れっこだったけど、それとは使う筋肉が違う気がする。


「ジョーさん、お疲れ様でした。差し入れを持ってきましたよ!」


 いつの間にかメリンダさんとサーシャはいなくなっていたと思ったけど、気付かないうちにサーシャだけは戻ってきていたみたいだ。俺の練習が一段落付いたのを見て、何かの器とジョッキを持って駆け寄ってくる。


「はい、お水です。それと、レモンの蜂蜜漬けです。疲れが取れるんですよ」

「レモンの蜂蜜漬け!」


 俺はサーシャが持つ器の中身を見て仰け反るほど驚いた。

 これは、サッカー部とかではマネージャーが持ってきてくれるという伝説のアレか!

 確かにクエン酸に疲労回復効果があるから理にかなってるんだけど。


「これ、サーシャが作ったの?」

「いいえ、いきなり半日じゃ作れませんから蜜蜂亭で売ってるのを買ってきました。ギルドからも近いですし」


 蜜蜂亭というのは、ギルド登録した日にサーシャとふたりでリンゴジュースを飲んだ店の名前だ。宿泊施設のないただの食堂みたいな店で、飲み物やがっつり食べられる食事以外にこんなものも扱っていると知って驚いた。


 どうぞと勧められ、指先で摘まんでレモンの薄切りを口に入れる。

 最初に感じたのは蜂蜜の甘み。結構長いこと漬け込んであったのかもしれない。

 皮の部分がレモンピールに近いような感じになっていて、噛むと酸っぱいけど妙に美味しかった。


「うー、酸っぱいけど美味しい」


 俺がレモンを食べつつキュッと口をすぼめている間に、サーシャが立ったままの俺の周りを一周して何かをチェックしていた。


「怪我はないみたいですね。よかったです」

「腕は震えてるけどね」

「それは仕方ないですね。何日かしたら慣れますよ」

「ギャレンさんが手加減してくれてるのはわかるんだけど、あまりに慣れないことだから」

「ジョーは案外筋がいいぞ。基礎的な体力は満点だ。魔法使いにしておくのは惜しい、何か武器を……いや、空間魔法が無詠唱なんだったな。動作ができなければ困るから逆に武器は持てないのか」


 ギャレンさんが顎を撫でながら俺を褒めてくれたけど、若干残念そうだ。

 確かに俺は腕力も体力もかなりのレベルであるけど、武器を持つには根本的に足りない物がある。

 

 それは、度胸だ。


 技術的には習得できるかもしれない。だけど、俺はどうしても自分の握った武器で何かを傷つけるところを想像することができない……。


 だけど、もしもサーシャに危険が迫ったら?

 俺が戦わないといけない場面になったら?


 俺が悩んでいると、「そういう時はしまっちゃおうね」と脳裏で耳の丸い謎の猫科っぽい生き物が囁いてきた。

 そうか、しまっちゃえばいいのか、相手を。


「ギャレンさん! 試してみたいことがありますので、もう一度打ち込んでもらえませんか!」

「やる気があるヤツは嫌いじゃないぞ! よし、盾を構えろ」

「はいっ!」


 俺は左手で盾をかざし、ギャレンさんの剣の動きを見つめた。

 そして、盾で剣を受ける寸前、右手で素早く見えないファスナーを引く。


 ――ギャレンさんの握っていた剣は、見事に魔法収納空間の中に消えていて、拳だけの攻撃は完全に空振りした。


「うおっ!?」

「で、できた! これは使えるかもしれない!」

「俺の剣が――そうか、空間魔法か! 詠唱があれば気付くが、無詠唱なら全くわからん。完全に初見殺しだな。いいぞ、ジョー! これで相手の体勢が崩れたところでシールドラッシュで体勢を崩して、距離を取れ!」


 俺の意図を一瞬で理解したギャレンさんは戦い方のアドバイスをすると、大声で笑い出した。

 背中をバンバン叩かれて結構痛い。

 でも、強面の師匠に気に入られたという感覚はとても満足感があって、俺はそれからもくじけることなく数日間盾の稽古を続けることができた。



 そして、準備を整えている間に大規模討伐の依頼がギルドに張り出されたのだった。

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