4 君を守りたい
俺の装備を見繕っていたはずが唐突に
武器防具屋の隣で服を買い、キャンプに必要な物も買い揃えて、俺は身支度を調えた。
とりあえず、武器を持つつもりはなかったけども短剣だけは持たされた。使えると思わないけど。
サーシャ曰く、「危なくなったら相手に切っ先を向けて構えてるだけでいいです」ということらしい。
それって、体当たりしてきた敵が勝手に刺さるとかそういうことだろうか。怖いなー。
まあ、短剣くらいならいいか。山にフキとかが生えてたら、それを刈り取ったりもできるし。食べられる植物の見分けなら、俺はそこそこ自信がある。
そして俺は、頭の中にファスナーをイメージして、見えない金具を掴んで大きく引いた。なんとなく、そこにもやもやした陽炎のようなものが見える。たくさんの荷物に向かって「入れ」と念じるだけで、それらは俺の4次元ポケット――もとい、魔法収納空間の中に吸い込まれていった。
「わあ……! これが空間魔法の収納なんですね! 初めて見ました。本当に凄い! しかも無詠唱なんて……ジョーさんみたいに凄い方とパーティー組んでいただいていいのかしら、私」
「いや、俺の方こそ、サーシャに誘ってもらえなかったら路頭に迷うしかなかったし。本当に感謝してる。ありがとう」
「そんな、最初に私に手を差し伸べてくれたのはジョーさんですよ。ジョーさんが慣れないこの世界で困らないように、頑張ってお手伝いしますから、だから」
サーシャは俺に向かって一歩近づいてきて、真面目な顔で見上げてくる。
「ジョーさんの側にいさせてくださいね。今はあなたの隣が私の居場所ですから」
「う、うん」
頷きはしたものの、どういう意味で取ったらいいのか若干わからない……。
あなたの隣が私の居場所とか、恋人レベルで聞く言葉だと思ってたんだけど?
「女神テトゥーコのプリーストである私が、女神とご縁のあるジョーさんに出会ったことこそが運命だと思いますから。冒険者になったばかりの私をアーノルドさんたちが導いてくださったように、今度は私がジョーさんを守り、導く番なのだと思います。その、ジョーさんが嫌でなければ、ですけど」
やっぱり、テトゥーコ絡みか。あの女神、どこまで関わってくるんだろう。いや、サーシャがテトゥーコのプリーストの時点でもう駄目なのかもしれないけど。
それでも俺は、やっぱり何もかも彼女におんぶに抱っこはちょっと嫌なんだ。
「ありがとう。サーシャに出会わなかったら、本当に俺は困ってたと思う。この世界のことまだ何も知らないし、お金もないし、戦ったりすることもできないし」
「……私、あの時ジョーさんにぶつかってなかったら、きっとあんなに泣けなかったと思うんです」
大きな目を伏せて、サーシャが呟く。確かに、勇者パーティーと一緒に泣いていたのはきっと惜別の涙で、彼女自身の悲しみはこらえてしまっていたかもしれない。
初めて目が合ったときの、彼女の顔が脳裏に浮かんでくる。
あれは、辛くて辛くて堪らないのに、必死に我慢している顔だった。
「ジョーさんが泣いていいって言ってくれたから、すっきりするまで泣けました。ジョーさんが自分のことを話したときに私の胸で泣いてくれたから、この人とは痛みを分かち合えると思ったんです。――あなたは、私の心を救ってくれた人です」
再び俺の顔を見上げたサーシャは、まっすぐで曇りのない目をしていた。その澄んだ目からは、お世辞も嘘も感じない。
そうか、空間魔法以外はこの世界でできることなんてない俺だけど、彼女の心は少しでも救うことができたのか。
「俺は、君を守りたい」
つい口をついて出たのは、そんな言葉だった。
多分俺は何もかもサーシャよりできないけど、物理じゃなくて心だったら守れるかもしれない。
「え……?」
「俺なんかがドラゴンを倒せる君を守るなんておこがましいけど、心だったら守ってあげられると思うんだ。――今は、それが俺にできる精一杯の恩返し」
表情筋固くて良かった。声が震えそうなくらい恥ずかしいこと言ってるけど、きっと俺の表情は変わってないから。
本当は、恩返しなんかじゃなくて、全部丸ごと守りたいんだ。
俺にぶつかって謝ってきたときの、サーシャの泣き顔。あの時に多分俺は一目惚れをしていて、泣き顔を綺麗だと思いながら、彼女が悲しまないようにしたいと思った。
「あ、あ、あ、ありがとう、ございます」
サーシャの顔が見る間に赤くなった。あれ? この反応、どういうことだろう?
俺が言いたかったことがストレートに伝わったんだろうか?
「そんなこと言ってもらえるの、初めてで。あの、なんて言ったらいいか。とっても嬉しいです」
へへへ、とちょっと緩んだ声で笑って、サーシャは両手で自分の赤くなった頬を押さえた。
どうしよう、反応が可愛すぎる。脳内の俺はどたんばたんと暴れているのに、俺の顔は口の端がちょっと上がっただけだった。
「私も! ジョーさんを全力で守りますね! それじゃあ張り切って、
照れて赤くなった顔をごまかすように、サーシャは笑顔で拳を握って見せた。
……照れ隠しにしては、言うことが物騒すぎないかな。
俺の冒険者ギルドへの登録は戻ってきてからすることにして、サーシャは古代竜が棲むという高山の方面に向かう商人の荷馬車を見つけ、荷台に乗せてもらえるよう交渉していた。
まともに歩いたら片道だけで1週間かかるらしいが、馬車なら5日程度で行けるらしい。
意外に馬車遅いな、とか思ってしまったのは秘密だ。
気持ち程度にお金を払うことと、護衛もいるけども魔物が出たときには撃退を手伝うということで話は付いた。
そして俺たちは決して乗り心地がいいとは言えない荷馬車に揺られながら、たわいないお喋りをしていた。
「ジョーさんは元の世界では学生さんだったんですね。歳はいくつなんですか?」
「17歳だからサーシャと一緒だよ」
「あれっ? 私、年齢言いましたっけ」
「ハワードさんが言ってたよね」
「そうでした!」
お喋りをしてみると「聖女」と言うよりはやはり年相応の女の子なんだと感じる。そして、薄々わかってたけど、彼女は天然ボケが入ってる。
まあ、天然ボケじゃなかったら、「一狩り行こうぜ」のノリで「今から古代竜狩ってきますね」なんて言わないよな……。
「2年前ってことは、15歳から冒険者を?」
「はい、そうです。私は幼い頃からプリーストになると決めていましたし、神殿で神に仕えるよりは人々の助けになることをしたいと思っていたので、10歳から村の教会で修行をさせていただいたんです」
人々の助けになることをしたい、か。凄いな、彼女らしい。
「しっかりしてるんだね。俺なんか10歳の時には、学校の勉強以外は遊ぶことばっかりだったよ。15歳で高校っていう学校に入って、それでも将来何をするかとか決めてなくて」
「ジョーさんの世界では、学校ってどういう感じなんですか?」
「うちの学校は全部で300人くらいいたかな。他の国の言葉を勉強したり、もう数字なんか全然出てこない計算をしたり、天体のことを学んだり……」
「えええっ、それって、高等学問じゃないんですか?」
「そうかもしれない。高等学校の略で高校だったから」
「ジョーさんの事、知れば知るほど凄いなあって思います……」
「俺の世界の、俺が生まれた国では普通のことだったんだよ。魔物もいなかったし、魔法もなかった。だから、魔物相手に戦えるってだけでも俺からしたら凄い」
サーシャは目を丸くして驚いた後、俺に凄いと言われてちょっと照れていた。
「他にはどんなことをしたんですか? 私の生まれた村は小さくて、300人なんて村の人口より多くてびっくりしちゃいます」
「うーん、そうだなあ……。あ、そうだ。部活動っていう、勉強以外に自分の好きなことを選んでやる課外活動があって、それでワンゲル部っていうのに入ってたんだ」
「ワンゲルブ?」
「テトゥーコ様も『ワンゲルって何をする部活なの?』って訊いてきたよ」
「テトゥーコ様も! あ、あの、良かったら、テトゥーコ様のお話を聞かせてもらえませんか?」
目を輝かせてサーシャが身を乗り出してきた。その勢いに俺はちょっと驚いてしまう。そうか、彼女は華奢で清楚で可憐だけど、おとなしいわけじゃないんだ。
行動力があって、好奇心もある。そうでなければ、「人助けをしたいから」なんて理由で冒険者なんかしないだろう。
「テトゥーコ様のこと、かぁ。そうだなあ、白いドレスを着てて、ちょっと早口でお喋りが好きそうで。いろんなことに詳しそうで、ちょっと変わってるけど優しそうだったよ。俺にも別れ際に『元気でお過ごしなさいね』なんて言ってくれたし。
なんというか、珍しい動物とか世界中の子供のために駆け回ってそうな感じ」
あれ、それは女神テトゥーコ様じゃなくて、タマネギ頭のあの人の方かな……。まあ、多分どっちもそんなに変わらない気がするからいいか。
「やっぱり! 想像通りで嬉しいです! 女神テトゥーコは、慈愛と知識の神であり、子供の守り神でもあるんです」
「そうなんだ……」
実際に会ってなかったら、「慈愛と知識の神であり、子供の守り神」なんて凄い女神様を想像してしまいそうだけど、俺が会った女神はあまりにもタレントのあの人に似てるんだよなあ。
夜はテントを張って野営。テントは蝋を塗り込んだ布で作られていて、ひとりしか入れない程度の大きさだ。だから、俺とサーシャの分で2つが空間魔法で収納してある。
毛布とテントは持ち歩くとかさばるから、サーシャは持ち歩く荷物が少なくて済むことをとても喜んでいた。
そして順調に旅は進み、俺たちは5日目に古代竜が棲むという山で商人と別れて、荷馬車を降りた。
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