23 場が混乱したときには爆弾をぶち込むといいって爺ちゃんが言ってた
「兄さんがちょっと叱っただけで家を飛び出したって聞いたぞ!?」
「違うもーん! 『お前なんて勘当だ! 30万マギル稼ぐまで帰ってくるな!』って追い出されたんですぅー!」
「30万マギル稼ぐまで!?」
「そうよ! だから友達の家に置いてもらって必死に仕事してるのよ!」
「そんな話は聞いてないぞ!」
「あの見栄っ張りの父さんがそういう恥ずかしい話を叔父さんにするわけないでしょー!」
「なんだとー!? 俺はこれでも兄さんとは仲が良いんだぞ!?」
クエリーさんも声がでかいけどソニアも声がでかい。
そしてふたりとも頭に血が上ってしまってるのか、相手の言い分を聞こうとはせず「声がでかい方が勝ち」みたいな言い争いになってる。
「ジョーさん……」
「うん、いいと思う」
俺と同じくげんなりとしたサーシャの囁くような一言で、なんとなく彼女の意図を察した。俺が親指を立てて「やってよし」の合図をすると、サーシャは頷く。
「ベネ・ディシティ・アッティンブート・イナ・オミーネ・ディアム・ロン・ネリ・テットゥーコ!」
すらすらと彼女の唇から紡がれる詠唱。そしてサーシャは強化した素手で廃工場の壁を殴った。
ガァン! と轟音が響き、サーシャの手から白い粉になった石材の成れの果てがパラパラと落ちる。
その音に、ソニアとクエリーさんが同じタイミングで飛び上がった。
凄いな。人間、予備動作無しで垂直跳びってできるんだ。
「おふたりとも、少しは落ち着かれましたか?」
もろくなってるっぽい石材の欠片を握りつぶしながら、涼しい顔でサーシャが問いかける。
「「はい……」」
お互いに抱き合うようにしがみつき合って、ソニアとクエリーさんは涙目で何度も頷いた。
とりあえず、俺はその場に椅子をふたつ出した。
それにソニアとクエリーさんをある程度離して座らせる。
本当だったら何か飲み物でもあればいいんだろうけど、生憎俺の魔法収納空間には飲食物は生肉と塩漬け肉とソミュール液に漬けた肉と、ベーコンくらいしか入ってない。水分はイスワで料理に使った残りの白ワインがあるけど、グラスもなにもないからラッパ飲みさせるしかなくなってしまうし。
反省。今度から非常事態を考慮して、もっといろいろ持ち歩こう。椅子もふたつしか持ってなかったから、テーブルセットをなるはやで用意しておこう。
「話を整理しましょう。クエリーさんは、ソニアさんのお父さんであるお兄さんから、『ちょっと叱っただけで家出した』と言われたんですね? でも、実際はソニアさんからすると『30万マギル稼ぐまで帰ってくるな』と家を追い出されたと」
サーシャが落ち着いた声でふたりに話しかけている。けれどクエリーさんもソニアもビクビクしっぱなしだ。
そりゃあな……いくら風雨に晒されっぱなしでろくにメンテナンスされてなかったとはいえ、目の前で素手で壁を殴り壊して石を砕いたらな……。
まだサーシャは補助魔法の効果が切れていないので、「ドラゴンを撲殺できる殴り聖女」のステータスだし。
「そうなのぉー! 『10分だけ時間をやるから荷物をまとめて出て行け』って……。とにかく着替えだけバッグに詰められるだけ詰めて、あとは本当に何も持ち出したりする余裕はなかったわ。とりあえず友達の家に転がり込んで、大工ギルドとかで仕事をしてるのよ。欲しいものも我慢して、必死にいろいろ切り詰めて、友達に家賃を払いながら半年で8万マギルも貯めたんだから!」
ソニアは涙声だ。境遇のことを語るせいでの涙か、恐怖のための涙かはよくわからない。
とりあえずわかったのは、彼女は見た目に反して案外地味に努力ができる性格だということだけ。
「なんでそんなことになったんだ。そもそも30万マギルとはどういうことだ?」
クエリーさんの指摘に、ソニアがビクリと肩を震わせた。
「だ、だって……チャーリーが、相方の石化を解くのに50万マギル必要だって真っ青な顔で来て……」
ソニアが青い目に大粒の涙を浮かべる。とうとうそれが溢れて、白さが増した頬を流れていった。
「石化、ですか? まさかコカトリス討伐を? えーと、私の記憶ではここ1年の間にコカトリスの討伐依頼は出てませんでしたが……ネージュにいない間に依頼が出た可能性もあるにはありますけども……でも受けられるパーティーが……うーん」
「まず、チャーリーさんというのは誰?」
「チャーリーは、確かソニアの婚約者……だったよな? 俺は会ったことはないが」
クエリーさんの戸惑い混じりの言葉に、ソニアは大きく頷いた。
おっと、これはきな臭い。キッチンで燻製やるレベルできな臭いぞ。
「そう。チャーリーは4人でパーティーを組んで冒険者をしてたんだけど、結婚したら冒険者をやめて一緒にうちの店を手伝う約束になってたの。それでね、半年前にコカトリスの討伐に行ったんだけどパーティーのうちひとりが完全に石化されちゃって、それが原因でパーティーが解散したんだって。
その石化したひとりっていうのが彼の幼馴染みで、『絶対見捨てたくないんだ』ってあちこち傷を作ったままチャーリーは私のところに泣きながら来たの。神殿で石化解除してもらうのに50万マギルの寄付が必要だから、少しでいいからお金を貸して欲しいって。それで……父さんには悪いけどお店が傾かない程度にちょっと金庫から……30万マギルをチャーリーに貸して……」
店の金庫から30万マギル! それはアウト、完全にアウトだ。
30万稼いでくるまで勘当、と言われた原因はこれではっきりした。
「……ソニアはその相方って人には会ったことある?」
「ないわ。私、そもそも荒っぽい冒険者が苦手なの。街の外で魔物と戦うのを想像しただけで卒倒しそうよ。だから、チャーリーも気を遣って……」
「待ってください、ソニアさん」
はぁぁぁ、とため息をついてサーシャがソニアの言葉を遮った。
うん、俺もソニアには悪いけどいろいろ言いたいことがある。
17歳の俺とサーシャが気付いて、年上のソニアが気付かないんだな。……恋は盲目ってやつなんだろうなあ。
「まずひとつ、残念なお知らせをします。上位聖魔法なら石化解除はできます。神殿に行かなくても冒険者ギルドなら上位聖魔法が使えるプリーストを紹介してくれます。私もそのうちのひとりです。
もし運悪く依頼などで出払っていて神殿に行くことになっても、寄付としては5000マギルが相場です。ですから、石化解除に50万マギルという部分に関しては、完全にそのチャーリーさんの嘘ですよ。というか、コカトリス討伐に行くのに上位聖魔法が使えるプリーストがパーティーにいないというのは問題外です。本当に、ごくごく好意的に捉えて、その石化した方がプリーストという可能性も考えられますが、プリーストが敵の攻撃を受ける位置にいるようなパーティーはコカトリス討伐できるレベルまで普通は上がれません」
敵の攻撃を受けまくりのバリバリ前衛プリーストであるサーシャが言う言葉じゃない気もするけれど、あくまでも「一般的に」の話だろう。
大規模討伐でもプリーストはほとんど後衛にいたし、パーティーの生命線と言ってもいい存在を危険に晒すのはおかしいと俺でもわかる。
「えええーっ!?」
ソニアの悲痛な叫びが響き渡ったけども、俺は黙って頷いた。
プリーストのことならサーシャのおかげで多少知識を得たけども、「上位聖魔法を使えるプリースト」というのは神殿でいうと高位司祭に当たるのだ。階級としてはもっと上があるけども、魔法に関してはそれより上はない。
――要は、上位聖魔法が使えるプリーストにできないことは、神殿の中の誰もできない。
「それから、そのチャーリーさんですが、冒険者レベルはいくつかご存じですか?」
「星3よ。登録証だって見せてもらったことがあるもん!」
あるもん、とかソニアの口調が完全に子供みたいになってる……。もしかしてこっちが素なのかな。
「……本当に残念なことをお伝えしますが、コカトリス討伐は大変危険なので、星4からでないと受注できません。つまり」
「おそらくソニアが見せられたっていう登録証は偽造。何から何まで嘘、ということだな。そのチャーリーって男にお前は騙されたんだ。店の金から30万マギル……そりゃ兄さんも勘当と言うわけだよ。まだ『稼いできたら家に戻してやる』ってつもりがあるだけ温情があるな」
「う、嘘……だって、私に借りたお金を返し終わったら結婚しようって、チャーリーが……今、必死に新しいパーティーで依頼をこなして稼いでるはずなのよ」
「結婚詐欺、だね。ソニアがお金を貸した後は一度も会ってないんじゃ?」
俺の一言がとどめになったのか、ソニアはふらりと身体を傾かせ、椅子からぶっ倒れた。
サーシャの回復魔法で気絶から回復することもできたんだけど、タイミング悪くそこに棟梁がやってきたので、俺たちは床の残っている部分に毛布を敷いて倒れたソニアを寝かせて、そのまま打ち合わせをすることにした。
「ソニアにはな、商才はないんだよ……。運良く風魔法の素質があったから食うには困らない仕事はあるだろうが、兄さんもソニアには『店を手伝わせる』以上のことは期待してない。長男が幼い頃から見よう見まねで商才を身につけたから、完全に店の跡継ぎはそっちだしな。
だが、
クエリーさんが哀愁に満ちた声で呟く。
俺もそれには申し訳ないけど同意だ。
ソニアには隙がありすぎる。
俺との距離も異様に近いし。
「男運がねえんだな。仕事に関しては真面目な子なんだがよぉ」
棟梁のフォローもフォローになってない……。
「でも、街中での風魔法使いのお仕事だけで、半年で8万マギル貯めたっていうのはかなり凄いと思いますよ。冒険者なら難しくはないですけど、ソニアさんがご自分で言ってた通りかなり切り詰めて、うまく生活してたんだと思います」
「その友達にいくら家賃を払ってたかわからないけどね」
「ああ、それだよな……」
4人の視線が真っ白な顔色で横たわるソニアに向けられた。
多分、評価は「残念な子」で一致したと思う。
そして俺たちは無言で「よし、この話はこれで終わりだ」と意思を交わし合うと、本格的な打ち合わせに入った。
「クエリーさん、工房なんですが、まずこの広さから回していって、もっと需要があるようなら他の物件も後々考えるということでいいでしょうか」
「ああ、充分に広いと思うよ。えーと、工程としては……」
ベーコン作りの工程を一通り説明すると、クエリーさんと棟梁はふむふむと頷きながら聞いていた。そこいらに落ちていた棒で棟梁は地面に図面を書き始める。
「漬け込み液で5日か。結構場所を食うだろうな。その後に引き上げて水気を切ってから乾燥、と。こりゃ棚を置いてソニアをそこに置けばいいだろう」
棟梁の言葉ではソニアはもはや扇風機扱いの気もするけども、俺も「風を送ってもらえたら楽」と思って仕事を頼んだので何もフォローできない。
「するってえと、問題は屋根だな。ジョーは屋根は部分的に要らないって言ってたが、雨の日に工房が回らねえんじゃ話にならねえ。……ここにスモーカーを置く専用の部屋を作って窓を付けて、煙だけ外に出す構造にするのはどうだ?」
「あっ、いいですね!」
さすが棟梁。俺の「燻製はアウトドアで」という固定観念を覆す提案をしてくれた。
その後、クエリーさんとサーシャからの疑問やアイディアも取り入れて、地面に描いた図面を棟梁が仮という形で紙に書き写す。
そして図面と比較すると、今残っている建物は敷地に比べて小さくて、無駄が大きいそうだ。
――なので、床の残っている部分だけを残して、俺が半分崩れた建物をまるっと収納してしまった。
「おお、本当に空間魔法は便利なもんだな。ヘイズの旦那はこんなことしねえから、解体の仕事があるときにジョーに頼みたいくらいだ」
「ネージュにいるときならいつでもやりますよ。大した手間でもないですし」
「そう、お前さんの凄ぇスキルを持ってるのに偉ぶらないで軽いところがいいんだよ。将来大物になるぜ!」
棟梁に思わぬ褒め言葉をもらって、俺は照れてしまった。
偉ぶらないというか、空間魔法だったら一瞬だからその方が労力的に楽なことはどんどんやってもいいんだけども。
そもそも、空間魔法を持ってるから偉いっていう考えが俺にはない。
解体とか、そんなに見下されるような仕事なんだろうか?
ヘイズさんがそういう仕事をしないというのがちょっと意外だった。
そして、俺たちの打ち合わせが終了するまで、ソニアは目を覚まさなかった。
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