69 恐怖の天王山

「いらっしゃいませ、お嬢様。本日はどのようなものをお求めでしょうか」

「こんにちは。急ぎで服を仕立ててもらいたいのだけど、お願いできるかしら?」 


 高級店の店員VSお嬢様。まさにそう見える。

 けれど実際は違った。立ち居振る舞いが洗練された男性の店員とソニアは、タッグを組んで「別の何か」にこれから熾烈な戦いを挑もうとしていたのだ。


「品のない話で申し訳ないけど、お金に糸目は付けないからできうる限りの早さで礼服を仕立てていただきたいのよ。本当に急ぎなの。

 私と彼女と、こちらの男性ふたり分。昼用のドレスと礼服をね。ジョー、サーシャのドレスを出してもらえるかしら?」

「う、うん」


 いつもよりも少しよそ行きのソニアのしゃべり方に違和感を感じてしまう。俺がサーシャのドレスを取り出すと、店員が驚きで息を飲んだのがわかった。

 けれど、ここで「無詠唱の空間魔法!?」とかそんな無粋な声は出なかった。凄い。


「彼女は女神テトゥーコの聖女であるサーシャよ。覚えておいていただけると今後役に立つと思うわ」

「女神テトゥーコの聖女……ネージュで聖女認定の儀があったとは噂に聞いておりましたが、このように可憐なお嬢様だとは。それでは、もしやお嬢様方は」

「ええ、貴族ではなく、私たちは冒険者です。ただし、全員が星5で、聖女との繋がりもあるから今後神殿ややんごとなき方々との面会があるかもしれないの。少なくとも、服が仕上がり次第神殿にはご挨拶に伺う予定よ。――だからこそ、聖女と場を同じくする者として品位のない服装はできません。よろしくて?」

「かしこまりました。最善を尽くしましょう」


 怖い怖い怖い怖い怖い。怖いがゲシュタルト崩壊する。

 てっきり冒険者であることを隠して服を作るのかと思っていた。

 ところがソニアは冒険者であることを明かした上で、話を進めている。

 これはもしかして「馬子にも衣装」を狙っているのかもしれない。少なくとも俺とレヴィさんは「服に着られる」状態になりそうだ。


「このドレスは聖女認定の儀でサーシャが着たものなの。私たちの服には宝石とかは付けなくても良いけど、あからさまに見劣りするものだと困るわ」

「拝見してもよろしいでしょうか。……これは、素晴らしい。どのような職人の手によって作り上げられた品か、思わず嫉妬に駆られますな。これ程の品がネージュで」

「いいえ、神殿で伺った話だけれど、これは聖女認定の儀の直前に女神像の前に置かれていたそうよ。つまり、女神からの賜り物です」

「そ、そのような貴重な品を拝見できて光栄です! よろしければ、支配人にも見せてよろしいでしょうか?」

「ええ、結構よ。どうぞ存分に参考にして」

「――しかし、失礼ながらネージュから来られた冒険者にはとても見えませんね」


 うわ、店員の本音が出た。

 それに対してソニアは余裕たっぷりの笑みを浮かべてみせる。怖い。

 昨日はレヴィさんが煽りまくりだったし、今日はソニアがフル回転だ。どっちも凄い。


「一応褒め言葉として受け取っておくわ。これでも実家はネージュ有数の商店なの。冒険者になったのは2ヶ月前ほどの話よ」


 言外に場慣れしていることを匂わすソニアに、店員は目を細めた。多分、賞賛の意を含んだ表情なんだろう。

 

「俺たちはどうしたら良いんでしょうね……」

「全くわからん……」


 俺とレヴィさんはボソボソと囁きあった。

 とりあえず採寸はされるだろうけど、何をするべきか全くわからない。

 店内を見回すと、あちこちにトルソーに飾られたドレスや礼服がある。あれは売り物ではなくて多分見本だろうな。


「本当に時間がないから、無駄なく行きましょう。私は生地を選びながらドレスの型も見るわ。ジョーとレヴィは先に採寸をしてもらってちょうだい。まずサーシャのドレスから決めましょう。――形は、そうね、生地の良さを生かしてできるだけ清楚に見える感じが良いわね。あそこに飾ってあるドレスを元にしてもらえるかしら」

「お目が高い! あのドレスは最新の流行で貴族のお嬢様方に現在人気の形です。お嬢様の仰る通り、形が簡素な分生地の素材が仕上がりに最も反映されます。夏ですから、袖の部分などはレースを使うのがよろしいかと」

「それは素敵ね。袖が長くても熱が籠もらない――機能的にも理にかなっているわ! ハロンズの夏は暑くて知られているものね」

「ひ、ひえぇぇぇ……」


 サーシャが情けない声を本当に小さく絞り出した。今その左腕はソニアにがっしりと握られていて、生地がずらりと並んだ棚にドナドナされようとしている。多分、見立てた生地を当てたりするんだろうな……映画でそんなシーンを見たことがある。


 俺たちもそんな悠長なことは思っている余裕はなくて、いつの間にか湧いていた店員に更衣室のような場所に連行され、凄い勢いで採寸されていた。しかも店員が採寸しながら、その場で俺とレヴィさんの目や髪の色を見て似合いそうな色を見立てている。

 凄い。怖い。


「こちらの方は髪が煉瓦色で目の色が灰色ね。背も高めだし黒い生地に差し色は臙脂でどうかしら」

「いいと思うわ。鮮やか目の臙脂で草花模様を一段暗い色で織り込んだ生地があったじゃない? あちらのお嬢様にお見せしましょう」

「私もあの生地を思い浮かべていたのよ。あれでベストを作ったらいいと思うの」

「こちらの方は髪も目も漆黒ね。お若いし、礼服は白でもいいと思うのだけど、どう思って?」

「ええ、品もあるしお似合いになるんじゃないかしら。襟の部分に銀色で刺繍を入れたいわね。でも時間がないし刺繍は間に合わないから、別の生地で縁取りをとって……ベストは紺色なんてどう?」

「悪くないと思うわ。提案はしてみましょう」


 ひえぇぇぇ……。


 さっきのサーシャと同じか細い悲鳴が俺の脳裏で漏れる。実際には声を出すこともできない。

 ソニアといい、この店員さんたちといい、なんでそんなにするする見立てができるんだ……。

 ていうか、白いスーツっぽい服でベストが紺とか、どこかの王子様か? そんな服を俺が着るのか? マジか?


 採寸をされている間中、俺とレヴィさんは死んだ目をしっぱなしだった。



「次は私のドレスね。サーシャのように飾り気の無いドレスだと逆に悪目立ちしてしまうのよね。胸元は開き気味の方がいいかと思うのだけど、下品じゃないかしら?」

「いえ、お嬢様は大変女性らしい体つきでいらっしゃるので、胸元のボリュームが出てしまう分スカートもある程度広がりは必要かと。お若いですし多少胸元は開いていても下品にはならないかと存じます」

「ありがとう。だったらあちらのドレスを元にして……袖はゆったり目にしていただける? 肘の辺りでリボンで結ぶ形で絞って調節ができるようになると助かるわ。どうしても体を動かす以上、以前より腕に筋肉が付いてしまうのよね」

「そんなお悩みがあるのですね。こちらの生地はいかがでしょう」

「緑色は好きだけど、私が着ると派手になりすぎるのよ。できれば今回は抑えていきたいの。その菜の花色に橙色の模様が織り込まれた生地を見せてくださる? 模様も華やかだし、それなりに格もあるわよね。もしかしてノレッジの織物かしら」

「さすがでございますね、いかにもノレッジ産の生地です。先週入荷したばかりで、まだどなたもお使いになっておりませんよ」


 俺たちが解放された先では、異次元の会話が繰り広げられていた……。

 女性らしい体つき、か。巨乳をうまい具合に言い換えるんだなあ。

 サーシャは全体的に引き締まっているというか、胸も控えめだから確かにゴテゴテしたドレスよりはシンプルなドレスの方が彼女の良さを引き立てる気はする。

 そしてソニアはシンプルなドレスを着るときっと胸ばかり目立つんだろうな。だから後ろにもボリュームを出すのか。大変だな、女性は……。


 しかし、ソニアは生地に詳しいことは知っていたけど、織物の産地まで当てるのか。それはもはや特技じゃないのか? それとも西陣織とか博多織みたいな感じで凄く特徴があるんだろうか。俺にはさっぱりわからないけど。

 

「お嬢様、こちらも見ていただきたいのですが。今し方採寸をしながら髪と目の色に合わせて私どもで僭越ながら見立てをさせていただきました」


 ぼーっとしていたら採寸をしてくれた店員さんに布を両肩に掛けられた。ひえぇぇぇ。


「こちらが礼服のズボンとジャケット用の生地、こちらがベストの生地です」

「凄く素敵だわ! 特にレヴィのその臙脂のベスト用の生地がとても似合っているわね。ジョーの礼装用の生地の方はアブラン織りね、涼しげでいいと思うわ。ではそれで、型は奇をてらわないで伝統的なものでお願いするわ」

「かしこまりました!」


 ソニアと店員さんの声が浮き立っている。キャッキャと擬音が付きそうな感じだ。

 でもソニアは本当に楽しんでいるのかいまいちわからないな。朝は戦場のような顔をしてたし。


 レヴィさんは黒と臙脂、俺は白と紺、サーシャは薄紫と白、そしてソニアは橙の模様が入った黄色と白。それで生地が決まった。

 最後にソニアの採寸をしている間、疲れ切った顔をした俺たち3人の方はソファに招かれ、お茶を出されていた。こんなサービスもされるのか、凄い。


「ソニアさん、凄いですね……どうやったらああいう風になれるのか全くわかりません。自分がどれだけ何もできないのか思い知る気がします」

「さすが大店のお嬢様だよね……でもサーシャもいろいろ凄いよ。どうやったらサーシャみたいになれるか、俺にも見当が付かない」

「ソニアが生地に詳しいとは思っていたが、ここまでとは思わなかった」


 力の抜けた声で俺たちが呟いていると、俺の採寸をしていた店員さんが笑顔で近寄ってきた。


「あちらのお嬢様はネージュの生まれと伺いましたけど、国内の織物にもお詳しくて大変な知識をお持ちですねえ。冒険者にしておくのはもったいない……いえ、星5と言えば災害級の魔物にも対応する大変な冒険者ですから、そんなことは言えませんわね」

「……そうですね」


 うっかり「彼女、ひとりで古代竜エンシェントドラゴン倒したんですよ」と言いかけたけど、それを言うと東の猪のイメージが付いてしまいそうだからとりあえず黙っておいた。

 そうか、星5って本来高級店でも下に置けない扱いをされる冒険者なんだな。

 確かに品位も求められてくるかもしれない。昨日のピーターたちはこういうところには出入りすることはなさそうだけど。

   

 4人分の服を最速で仕上げるのには2日掛かるらしい。むしろ、2日で出来上がることに驚いた。

 そして、ここでの支払いは急ぎの料金も含めて本当に20万マギル掛かり、俺とレヴィさんは無表情で、サーシャは力ない笑顔を浮かべて、それを堂々と支払うソニアを見守ったのだった。


 店から出て悠然と歩いて隣の通りに入ってから、ソニアは突然しゃがみ込んだ。


「つ、疲れた……もう二度とやりたくないわ、こんなこと」


 その声には本当に色濃い疲労が滲み出ていて。

 ああ、良かった。ソニアも人間だった……。

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