18 凄まじく今更、空間魔法の勉強。そしてその応用

 塩漬けにしてしまった猪肉をとりあえず魔法収納空間に入れ、俺は何か解決法はないかと空間魔法の本を読んでいた。そう、大規模討伐の前に女神テトゥーコの図書館で借りてきてたやつ。

 昼間は盾の特訓、夜はレヴィさんとの「山とテントを語る会」で全然読めてなかったんだよな。

 日本での癖で「移動のときに読めばいいや」なんて思ってたけど、歩きながら読めるものじゃないし荷馬車でこんなもの読んだら酔って吐く。


 それなりの厚みがあるなと思ったら紙が分厚いだけで、そんなに本文の量があるわけではないようだった。

 まず書いてあったのは、空間魔法は亜空間を利用してうんたらかんたらという説明。

 でも、「~と思われる」で一文が終わってたのでしばらく読み飛ばすことにした。

 次元を繋げるだの亜空間だの、この文明レベルでは確かめる方法がないんだろう。魔法の専門家がそう分析したというだけらしい。


 2種類の空間魔法――収納魔法と移動魔法についての詠唱がその次に説明されていたけどこれもパス。俺は詠唱は必要ないから。


 ……おや? かなり読むところが減るな。もっと早く読んでおけば良かった。


 そしてざっくり斜め読みをしながら進んでいくと、練度の上げ方、いわゆるレベル上げの方法についての記述をやっと見つけることができた。

 とにかく、物を運べ、物を出し入れしろ。それに尽きるらしい。

 ただ大岩などをその場で出し入れしても大して効果がある感じはなく、「希少な物を」「長距離で」を運ぶほどいいらしい。これもあくまで「らしい」と推測で終わっている。


 ぶっちゃけ役に立たないな……この本。


 俺はちょっとげんなりしながらもページをめくっていった。そして、その手を思わず止めてしまう記述を見つけた。


 魔法収納空間に入れられるものは、岩や樽などだけではなく、川の水なども大量に入れることができるという。地面の土なども、明確に「ここからここまでこの深さで」とイメージすれば収納することができる。

 それ以外にも、生体を入れてしまうこともできる。――ちょっと凶悪だな。


 悪い子はしまっちゃおうね。

 例の猫科のおじさんが俺の収納空間に悪い子をしまうところがイメージできてしまった。

 ただし、生体の一部だけを収納する、ということはできないそうだ。

 前にギャレンさんの剣だけを収納することはできたけども、例えば盗賊に襲われたとして、盗賊本人を丸々収納してしまうことはできても腕から先だけしまっちゃえ、ということはできないということ。

 あああああ、考えたらエグい!


 それにしても、川の水や土などはどこかで使えそうだ。魔物の足元の土をごっそり収納して落とし穴にする、とか。更にそこに水をぶちこんで溺れさせる、とか。

 メリンダさんが「空間魔法は戦い方を覚えると強いと聞いた」と言っていたのはそういうことだろう。

 いろいろ考えたら凶悪な戦術が出てきそうだ。


 などと物騒なことを考えながら読み進めていたら、俺はとんでもない事実を知ってしまった!

 魔法収納空間の中は基本的に時間が止まっているが、使い手のレベルが上がれば任意の物だけ時間を進めることができるそうだ。

 それも、現実と同じ時間の早さではなく、自分の好きな時間経過で!


 つまり、盗賊を放り込んで思いっきり時間を進めれば老衰で殺すことができる。――じゃなくて、塩漬け肉を入れるときに時間経過するように俺が設定すれば、時間が進む!

 ただし、俺がどれだけレベルアップしているかに掛かっているけども。


 空間魔法のレベルの目安は、まず素質があれば詠唱を覚えることで使用することが可能。次の段階はレベルが上がれば時間経過を操作することが可能。そこから膨大なレベルアップを経て、やっと移動魔法が使えるようになるという順序だった。



 レベルか……上がってるのかな。

 上がってもきっとアナウンスもないし、ファンファーレも鳴らないからわからない。


 とりあえず俺は塩漬け肉を取り出してから、「1日分の時間経過」と念じて収納した。

 再度取り出してみたら……おおおおおお! ちゃんと塩が染みて若干色が変わっている!

 上がってたんだな、俺のレベル。古代竜エンシェントドラゴンが効いたのかもしれない。あれは希少性という点ならかなりポイントが高いはずだし。


 どうしよう、ワクワクが止まらないぞ、空間魔法。

 これなら本来5日漬け込むソミュール液も一瞬だ。

 テトゥーコ様、空間魔法を提示してくれてありがとうございます!

 グッジョブ、あの時に空間魔法を選んだ俺!


 早く続きをやりたいけれど、今は宿屋の厨房は大回転中だ。

 ソミュール液を作ったりするのは明日にしよう。

 俺は赤みを増した肉を眺めてから、それを魔法収納空間にしまった。



 それ以外に空間魔法で新しく知った事は、移動魔法は一度行った場所同士を繋ぐことはできるが、見知らぬ場所を繋げることはできないということだった。

 まあ、それは当然だろうな。できるだけあちこちに行っておくと後々便利かもしれない。

 ヘイズさんによると移動ができるのは伝説レベルらしいから、無駄に終わることも充分考えられるけど。

 でも本に存在が明示されている以上、過去に習得した人がいるはずだ。

 気長に行こう。


 

 翌日、俺は「後でいいものを食べさせてあげますから」という言葉でアーノルドさんたちを釣って、宿屋の厨房で塩漬け肉を作る手伝いをしてもらっていた。


 肉に塩を擦り込んで樽に詰める。それだけなら誰でもできる仕事だから、そっちは任せてしまって俺はソミュール液を作った。

 材料は塩と砂糖とニンニクと各種スパイス。寸胴鍋で大量に作る。それでも樽一個分には足りないので、高濃度で作って薄める作戦にした。ソミュール液は浸透圧が関係するから濃度が重要だけども、伊達に高等教育は受けてないから計算で適度な量に薄める。


「こんなに香辛料を使うのね。贅沢だわ」


 ローズマリーを持ち上げてメリンダさんがしげしげと眺めていた。他にも胡椒やナツメグなど基本的なスパイスは揃っている。


「ジョーさんの作るお料理は美味しいんですよ、期待しててください」


 サーシャが何故か得意顔で言っている。ちょっと、照れるな。

 樽を一度収納してから1日経過させて出し、肉の変化を確かめてもらうとみんなが湧いた。

 そこに冷めたソミュール液を入れて、再度収納。今度は5日経過させてから出す。


 ピンク色だった肉は、透明感のある赤い色に変化している。見た目にはっきり違いがわかる。

 今度はソミュール液を捨てて、塩抜きのための水を入れてまた収納。とりあえず4時間で経過させてみて、水を舐めてみてどのくらい塩分が出たかを確認。ちょっとまだ薄い気がしたから、追加で1時間塩抜き。

 その後は塩抜きをした肉を丁寧に拭いて水分を取り去る。これをしないと燻製にするときに上手くいかない。


「ありがとうございます。後は外でやります」


 そう宣言したら、全員がぞろぞろと付いてきた。……まあ、当たり前か。ここまで来たら最後まで見たいってことなんだろうな。

 どこか煙を出しても大丈夫な場所はないかと相談したら、ギルドの訓練場を提案された。魔法使いが何かして煙が出ることなど珍しくないから怪しまれないらしい。なるほど。


 ギルドに行ったら運良くというかなんというか、副ギルド長のエリクさんがいたので「後で美味しいものを食べさせますので」と同じ方法で釣って訓練場を使わせてもらう許可を取った。


 訓練場の露天の部分に、昨日買ったレンガを置いてから金属製のスモーカーを据える。売ってたんだよ、驚くことに。やっぱり肉の保存方法として燻製というのは珍しくないらしい。

 おあつらえ向きにでかいスモーカーの扉を開けて、中に処理が済んだ肉を吊す。

 専用のチップはないので、たまたま見つけたブナの木材をサーシャに粉砕してもらった物をチップとして使うことにした。

 スモーカーの一番下の段にチップを置いて、スモーカーの下に空間を作ったところで火を焚いて中のチップを燻す。これで煙がスモーカーの中に充満する。

 さすがにこれは収納空間で一瞬ということができないので、俺ができあがるまで火の番をすることにした。


 肉がでかいので、たっぷり6時間ほど燻煙。一度火を消してから扉を開けると、中にはいい色になったベーコンが!

 ちょっと温度が高かったせいか、良い感じに肉が加熱されたみたいだ。


「できましたよ!」


 そう声を掛けて振り返り、俺はぎょっとした。

 サーシャ、アーノルドさんたち5人、エリクさん、そこまでは予想していたけども、他にもギルド職員とか訓練場を使おうとしていた冒険者がニコニコしながら俺のベーコンを待ち構えていたのだ!


「試食させてくれるんだろう?」


 エリクさんにそう言われたら――いや、そもそもこの状況で断れるわけがない!

 俺はまな板と包丁を取り出すと、一番小さいブロックを厚めに切って、更にそれを切り分けた。本当はこのまま食べたいところだけど、ジビエだし、ちゃんと加熱した方が安全だろうからフライパンも出す。

 ベーコンの脂があるから、熱したフライパンにベーコンを転がすだけでいい。すぐに香ばしい匂いが広がって、俺を遠巻きに見ていた人の塊が距離を詰めてきた。


「待ってください、まず自分で味見してみますので」


 燻製は何度も作ったことがあると言っても、さすがに俺は素人。そしてここは全ての設備が充分に揃ってはいない異世界。「美味しいものを食べさせる」と豪語してたけど、いきなり人に食べさせる勇気はない。

 フォークでひとつ刺して口に運ぶ。うん、香りは合格だ。ベーコンらしい香りがする。

 熱々の角切りベーコンを噛みしめると、豚より少し噛み応えのある肉から噛む度にうま味が染み出してくる!

 端の脂身の部分は少しカリッとしているし、脂身と赤身が入り交じるから味の複雑さが増している。猪肉だから臭みが心配だったけども、スパイスがいい仕事をしたみたいだ。

 白砂糖じゃなくて精製度の低い砂糖しかまだ出回ってなかったけども、それがうま味に奥行きを出している。


「うまい……」


 これぞベーコン! あー、厚めに切ったやつをレタスと一緒にパンに挟んで食べたい!

 

「ジョー、お兄ちゃんにも食べさせてくれ!」


 大規模討伐の一件で一方的に向こうからの距離が縮まったアーノルドさんが詰め寄ってくる。もう反論するのも面倒なので、適当にフォークに刺したベーコンをその口に突っ込んだ。

 サーシャとメリンダさんには別のフォークを出したけども、ギルドの人たちはいつの間にか自分たちでフォークを用意してた。な、なんて周到なんだ。


「おお、うまい!」

「肉が思ったよりも柔らかいな。大猪なのに」

「ただの燻製に思えないわ。どうしようー、これ厚切りステーキにして思いっきり食べたい!」

「メリンダさんに完全に同意です! ジョーさん凄いです! わー、口の中が幸せ!」


 その場の人たちの賞賛の声に、俺は思わずガッツポーズを決めた。

 ベーコン作りは大成功だ!


 この後、茹で卵とチーズを持ってきてそれも燻製にしたら大好評だった。しばらくは燻製ブームが続きそうな予感がする。

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