104 ミマヤ商会始動

「俺たち、何をしに来たんだっけ……」


 カエレ、と冷たい声と共に頭から紅茶を掛けられて。それでもヒャッハーしているデュークさんを見ながら、俺は思わず呟いてしまった。


 一瞬の沈黙が降りて、はっとソニアが振り返る。

 

「完全に飲み込まれてたわ! テントよ、テント!」

「そうだった……ソニア、ありがとう」

「ハハハ、僕としたことが面白すぎて見入ってしまったよ」


 いや、いつも教授はそうじゃないのかな。


「アンギルド長、実は以前からテントの改良を進めていまして、今回完成しましたのでご覧いただきたいのですが」

「テント? 俺も見るー! 見せてー!」

「おまえは帰れ。ジョーにネージュまで送ってもらえ」

「紅茶も滴るいい男のままじゃ帰れないよー」


 アンギルド長よりデュークさんの方が食いついた。この人は紅茶を掛けられたというのに自重ということをしないんだな……ルイがこの場にいなくてよかった。いたら胃をキリキリさせてそうだ。なんか教授がふたりいるみたいに思えるし。



 訓練場の一角を借りて、俺はテント一式を並べた。

 蜘蛛の糸で織ったテント本体、ジョイント式のミスリルポール、それと、8個のペグ。


「布の上部にポールを通す紐がついています。まずポールを組み立てて、その紐に通してみてください」

「ほう、随分大きいな」


 感心しているアンギルド長の目の前で、デュークさんがサクサクとポールを組み立て始めた。2本のポールが組み上がったところで1本を紐に通し、2本目は真ん中で一度止めてもらう。


「はい、そこまで来たらテントを持ち上げます。形が出来上がってから、今手に持ってるポールをここの部分に差し込んで固定してください」

「おーっ! 面白いねー! しかも軽い。これならパーティーにひとつでいいし、持ち運ぶのも楽だよ」

「テントの入り口面以外には、テントを地面に固定するための布がついています。この釘のようなものをそこに打ち込んで、地面としっかり固定してください」


 木槌をデュークさんに渡して、ペグを固定してもらう。軽いというのはとても有利なんだけどそれだけ風に弱いということでもあるので、固定する場所は若干増やしてある。

 テントがしっかり地面に固定されたところで、俺は周囲の土を空間魔法で収納して排水のための溝を作った。

 これでテントの完成だ。


「教授、《突風ガスト》を」


 教授に《突風ガスト》を掛けてもらい、強風にテントが耐えるのを確認する。テントは激しく揺れてはいたけれど、8個のペグのおかげで飛ばされることはなかった。更にアンギルド長とデュークさんには中に入ってもらい、その広さと快適さを確認してもらう。


「《水生成クリエイトウォーター》」


 俺が頼まなくても勝手に教授が水を掛けてくれた。盛大に水がかかるけど、中から「おおおおー!」って楽しそうな声がして、ふたりにもこの布の防水性能は実感してもらえたみたいだ。


「いや、素晴らしい。まさに革新的なテントだ。これならば雨に濡れる心配もなく、冷たい風に震えることもない。遠方に出る冒険者の健康面に多大なる影響が出るだろう」

「……俺気付いちゃったんだけど、このポールってミスリルだよね? これ一個いくら?」

「……原価で最低25万マギルです。ちなみに布はアラクネの糸を使って織りました。ケルボに行った時に途中の村でアラクネと知り合って、友好的なアラクネなので協力してもらったんです」

「ミスリルのポールにアラクネの糸の布ー!? いやー、ジョーくん凄いことを考えるねえ!」


 いや、素材については教授の発案だけどね……。

 デュークさんは仰け反って驚いているけど、アンギルド長は眉をぴくりと上げただけだった。リアクションの差が凄い。


「1パーティーにひとつとはいかないな。高価すぎる。これを持てるパーティーはごく限られてくる」

「はい、それも承知しています。その上でお願いがあって来ました。――ギルドに窓口を作って、このテントを貸し出しできないでしょうか。買うのは無理でも、使いたいときだけそれほど高くない金額を出して借りるのならできるかと思うんです。ご覧の通りパーティーにひとつで済みますし、ミスリルは強度があって錆びないので長持ちします。10年掛かって元手が取れるくらいでも構わないんです」

「もし、この高価なテントを持ち逃げする馬鹿が出たら?」

「貸し出すときに署名をしてもらって、返却できないときの罰則を書いておくのはどうでしょうか」

「ふむ。……ミスリルということに気付くかどうかもわからないしな。高ランク冒険者にならないとミスリル製の製品には手が届かないから、持ち逃げが心配な低ランク冒険者にはそもそもこのテントの価値がわかりづらいということもある。高価な理由をミスリルではなくアラクネの糸で織った布ということで説明すれば、それで納得もされるだろう。個数は用意できるのか?」

「半月以内に後10個できる予定です。その先も、需要によっては増産します。蜘蛛の糸で布を織る事業はソニアが出資して続ける予定でいますので」

「そうか、まあ、最初はそのくらいでいいだろう。評判というのは徐々に上がっていくものだ。――ドミニク!」


 手を叩いてアンギルド長が人を呼んだ。その声に応えて、窓口にいつもいる男性職員がやってくる。


「ジョーのテント貸し出し事業を認める。ギルド内に窓口を作って貸し出し業務をするといい。細かいことはドミニクと相談するように。他に用件はあるか?」

「いえ、今日はこの報告で来ました。ありがとうございます!」


 ギルド長に認めてもらえた! 教授が笑顔で拍手してくれて、ソニアがよかったわねと言って俺の肩に手を置いた。


「ああ、それとひとつ頼みがある。ドミニクとの打ち合わせが終わってからでいいから、この馬鹿をネージュまで送って欲しい」

「わお! 伝説の移動魔法だね? 預けてある荷物を取ってくるよ!」


 分厚いハンカチで簡単に頭を拭いたデュークさんは、そう言って飛び出していく。宿かどこかに荷物を置いてあるのかな。



 そして、ソニアと教授は家に戻り、俺はドミニクさんとテント貸出窓口についての相談をすることになった。

 なお、商業ギルドに登録した屋号は「ミマヤ商会」だ。何のひねりもないけど、思いつかなかったんだからしょうがない。これは会社名であって店名は好きに付けていいらしいから、ギルドでの店名は「テント屋」とかにしようと思う。ミマヤはこっちの人にとって発音しづらいだろうし。

 

「25万マギルのテントですか……狂ってますね」


 書類をいろいろと並べながらドミニクさんは力の抜けた声で呟く。うん、俺もその点については予想外になったから、同意しかできない。


「素材についてはレッドモンド教授のアイディアなんですよ。軽くて錆びず、しなりもある金属と言ったらこれだろう、って」

「ああ、あの人ですか……あの人金銭に頓着なさそうだからとんでもないこと言い出しますよね」

「わかります……わかります」

「価格をどうするか考えましょう。前金として一定の金額を先に受け取り、残りは後から払うのはどうでしょう。報酬で払えるとなると幾分借りやすくなるかと思いますが」


 ドミニクさんは冒険者ギルドの依頼一覧を見ながら話している。これを見るとだいたいどの程度の依頼に何日かかったかがわかるのだ。凄く良い資料を持ってるなー。

 

「それがいいですね。まず使って良さをわかって欲しいんです。蝋引きの布で雨や夜露を防ぐだけのテントは快適とはほど遠いですから。……あ、そうだ。友達のパーティーに一度無料で使ってもらって、使った感想を聞いてみます」

「それはいいですね。あとは、一定期間値下げをするという手もありますよ」


 おおお、それは確かにいい。お試し期間って奴だ。安く使ってみて快適さが癖になったら、元に戻れないだろうな。


「いいアイディアだと思います。ドミニクさんに全部お任せしたいです……」

「私はギルド職員ですから、窓口設置までしかお手伝いしませんよ。窓口に常駐させる店員はそちらで用意してくださいね。ジョーさん自身は冒険者だから毎日いるわけにはいかないでしょう?」


 ああ、そういう問題もあるなあ。商業ギルドに求人を出すか……。ネージュのクエリー商会かオーサカのオールマン商会に相談に行ってもいいな。

 ドミニクさんの提案で、ギルドでは場所を用意して出店許可を出すけども、貸し出しの金額などについてはミマヤ商会の方で相談して決めるようにということになった。

 なんだか凄く商業っぽいことになってきたぞ。

 とりあえず、テントの数が揃ってから本格的に出店すればいい。今日はデュークさんをネージュに送っていって、その後でティモシーたちにテントを貸し出そう。



 荷物と馬を取ってきたデュークさんとギルド前で合流し、ネージュの冒険者ギルド前に移動した。

 馬はポールに繋いで、ふたりで久々にネージュの冒険者ギルドに足を踏み入れる。


「やっほー! ただいまー! 帰ってきたよー」


 ギルド長の軽い挨拶に、ある人は何だこいつという目を向け、ある人はぎょっとしていた。そして、奥の扉がバン! と凄い勢いで開いてエリクさんが飛び出してくる。


「デューク! よく帰ってきたなあ! ……とでも言うと思ったか!? この野郎この野郎! 放蕩ギルド長め!! 俺の恨み思い知れ!」

「ぐっ、ぐえええ」


 こめかみに青筋を立てたエリクさんが、デュークさんの首を絞めている……。

 どうしよう、これは放っておくべきなのかな、止めるべきなのかな。


「あの、エリクさん、お久しぶりです」


 そろりそろりと挨拶してみる。俺に気付いたエリクさんはぽいっとデュークさんを床に捨てた。扱いが酷い。


「ジョーじゃないか! ん? デュークはもしかしてジョーに送ってもらったのか?」

「そうだよう! 大陸を回って魔物被害の現状を調べてきて、本部のアン様に報告したところにジョーくんたちが来たんだ。とりあえず、近々ウォカムでまた大猪ビツグワイルドボアの大規模討伐やるから。今度はちゃんと俺が指揮するからさあ」

「何っ!? そんなに増えてるのか? おかしいだろう」

「大陸規模で魔物が増えてるんだって。ロキャット湖のヒュドラもサーシャちゃんやジョーくんたちが3頭倒したけどまだいるって聞いたよ」

「何が起こってるんだ……だが、ジョーがいるならちょうどいい。大規模討伐の時にパーティーごと一度戻ってきて手伝ってくれ。ジョーには大猪ビツグワイルドボアの運搬も頼みたいしな」


 大猪ビツグワイルドボアの大規模討伐か! ギルドには悪いけどまた猪肉が大量にゲットできる! それをベーコン工房に回せばいいからウハウハだな。今度はハムも作ろう!

 ……とか考えてる俺は暢気すぎだろか。それとも食欲に負けてるんだろうか。

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