103 見ないと思ってた人が来た

 今俺たちは、普通に生きてたら使い切れないくらいの金を持っている。

 家も持ち家だし、食費は折半だし、贅沢する人もいない。ソニアなんかはちょっとした絵を部屋に飾ったりしているけど、そんなことをしてるのはソニアだけ。

 ドレスとか買い漁ったりしないのかなと思って、食事の時に「ソニアはちょっといい服とか買ったりしないの?」と聞いたら、凄く嫌そうに「まだ体型が変わってるから今は買えないわ」と言われた。


「ジョーこそ、サーシャに可愛い服でも買ってあげなさいよ。サーシャなら今更体型変わらないでしょう? なんか私、筋肉がつきやすい体質みたいよ……冒険者やる前とは腕の太さとか体型がいろいろ変わっちゃって」


 なるほど、そういうことか。確かにソニアは冒険者になってから日が浅いからなあ。

 俺はずっと前からいろんなトレーニングをしてたから、冒険者をしているからといって体型が変わるって事はなかった。最近移動魔法を使うことが増えて、運動不足かな? と思うくらい。


「私はサーシャとジョーが冒険者をしてる限りは、冒険者辞めないわよ」


 シチューを食べながら言ったソニアの何気ない、でも結構重い一言に俺とサーシャが息を飲んだ。


「ソニアさん――そんな風に思ってくれてるんですね」

「当たり前じゃない。私を冒険者にしたのはサーシャだし、ふたりがいなかったらまだネージュで借金返済のために地道に貯金してたわ。あなたたちが思ってるより、私があなたたちに感じてる恩は大きいの。実家とも和解できたしね」

「レヴィさんは関係ないんだ?」

「レヴィは……星5スカウトなんて単独でいてもそのうちギルド幹部候補じゃないの? アンギルド長なんかレヴィをすごく買ってるように見えるわ。だから、レヴィが冒険者続けてるかどうかは私の行動に直接関係ないわね」

「意外だなあ」


 ソニア、レヴィさんに気があるくせになあ。

 そこの切り分けができてるって言うのは、しっかりしてる証拠なんだろうか。

 本当に、なんで結婚詐欺に騙されちゃったんだろう……恋は盲目って奴かな、怖いなあ。

 

 俺とソニアはお金の運用を始めるけど、サーシャとレヴィさんにはピンと来ないらしい。このふたりは根っからの冒険者だしな……。ソニアの家は商家だし、「お金は動かしてなんぼ」っていう意識があるみたいだ。

 でもサーシャは神殿に寄進しまくってるし、一応お金を動かしてる。レヴィさんは特に使う当てもなく、俺に預けていない分はギルドの口座に入れっぱなしらしい。まあ、多分冒険者でお金に余裕がある人ってそういう人の方が多いんだろうな。


 そういえば、ティモシーに聞いた話では黄金の駿馬のピーターは豪遊するタイプらしくて、それはそれで経済を動かしてる……。あそこのパーティー大変そうだな。



 テントができた翌日、俺と教授とソニアは連れだって商業ギルドに行って登録をした。

 一応登録するときに、どういう内容の商売をする予定なのかを書かされるんだけど、教授はともかく俺とソニアは「蜘蛛の糸で布を織り」って書いちゃったもんだから職員さんがひっくり返っていた……。

 実際にテントを出して見せて、「旅の途中で知り合ったアラクネがいて」と説明したら、「アラクネって知り合うものなんですか!?」ってまたひっくり返ってしまった。

 

 教授が「そうだ、レナくんの素性を聞いていないよ。詳しく!」って圧を掛けてきたから、商業ギルドの人もいる前でレナのことを説明することに。

 


 ある村が昔から大蜘蛛に襲われて生け贄を要求されていたこと。

 村長は冒険者ギルドに依頼する金を惜しみ、自分の家から生け贄が出ないように操作した上で生け贄を選び、差し出していたこと。

 女の子が主に生け贄にされ、100年ほど前にレナが最後に生け贄になったのを最後に大蜘蛛の活動が止まったこと。

 そして、大蜘蛛に食われて亡くなった子供たちの意識がずっと大蜘蛛の中に残り続けていて、今それがレナという人格と外見を持ってアラクネという存在に変質したこと――。


「ふむ……どうしてあの村に魔物である彼女があんなにも自然に溶け込んでいるのか不思議だったが、あそこは元々彼女の故郷なんだね」

「はい。村長のアニタさんの祖母の妹がレナだそうです。記録にも残っていますし、お爺さんお婆さんの身内が生け贄になったという話は各家に受け継がれているそうですよ」

「酷い……ぐすっ、お話しですね……ぐしゅっ! アラクネは危険な魔物と聞きますが、案外そういう理由で人間に復讐心を持ってしまった個体が危険なのかもしれませんね。そのレナという子はいい子のようで……ううっ」


 職員さんはレナの身の上を聞いて号泣している。

 そういえば、レナに初めて会ったとき、いろんな相反する感情を抱えているようだった。村を守りたい気持ちも、憎い気持ちも、恋しい気持ちも。

 今それが落ち着いているのは、レナが村で満たされているからだろう。きっと、アラクネの姿でも優しく接してくれたサーシャへの思いも大きいに違いない。


「と言うわけで、レナ自身は人間の心を持ってますし、友好的で協力的なアラクネです。魔物がどのくらい生きるかわかりませんが、レナが生きているうちは蜘蛛の糸の織物は作り続けることができます」

「悲しい話だが、『悲しい話』というだけで終わらせるには問題があるね。ギルドの情報網をもっと強固にして、魔物被害があるところに対して要請がなくても冒険者を派遣する仕組みを作るべきだと僕は思う」


 教授ー! たまにド正論を言うからわからないんだよな、この人は! 天然なのか、天然を装っているのか時々判別がつかない。


「これから冒険者ギルドにも行くのだろう? その点についても提案してみよう。幸いここは冒険者ギルド本部があるのだから」

「そうですね。教授が説明してくれると助かります」


 そして俺たちは保証金を商業ギルドに預けて登録を済ませた後、冒険者ギルドへ向かった。



 ギルド長にお会いしたいと窓口で申し出ると、職員さんは少し困った顔をした。


「すみません、今来客中で……」

「いいよいいよー! 俺も一緒に話を聞くから入れちゃってー!」


 応接室から男性の声が飛んでくる。ていうか、今の聞こえたのか! どんな地獄耳だ!

 念のため、職員さんが応接室に行って俺たちの来訪を伝えてくれた。そして変な顔で戻ってきて、応接室にそのまま案内される。


「リンゼイにソニアにジョーか。ちょうどいいところへ来たな。座りなさい」

「あっ、今俺そっちに移るわー。ほら、3人はここにお座りよ!」


 一見渋いイケオジに見えるのに、すっごい軽い人がいるな……。

 俺たちは顔を見合わせ、ソファに並んで座った。またギルド長が手ずからお茶を淹れてくれて恐縮する。


「デューク、さっき話に出たネージュで名高き『暴風娘』ソニアと、異世界からの転移者のジョー、そして後天性4属性魔法使いにしてこの国随一の頭脳と言われるリンゼイだ」

「おおー! こんなに早く会えるなんて思ってなかったよー。俺もあちこちふらふらしてたからネージュには全然戻ってなくってさー」


 暴風娘という二つ名を聞いて、ソニアがピクリと身を強張らせた。やっぱりその話、ハロンズまで伝わってるんだな。


「あの、こちらの方は?」


 シベリアンハスキーみたいなテンションの男性はギルド長と親しそうだ。俺が恐る恐る尋ねると、男性は両頬に指を当ててニカッと笑った。なんで女子高生ポーズなんだよ……。


「俺はー、ネージュの冒険者ギルド長デュークだよー!」

「はぁぁぁぁ!?」

「えっ……あの一度も見たことないギルド長!? どうしてハロンズに!?」


 教授は訳がわかってないけど、俺とソニアは思いっきり驚いて叫んでしまった。

 いや、だって、こんなに軽い人がギルド長だなんて想像もつかなかったし!

 ネージュのギルド長見たことないねって時々話題に上がってたし!

 その人が何でハロンズに!? って思うし。


「ほら、だから言っただろう。ここにおまえがいるのは普通のことではないのだよ。早くネージュに戻ってやれ。エリクが過労死する前にな」

「あーっ、そうそう、ソニアちゃんってエリクの弟子なんだって? あのエリクが弟子を取るのはすっごい珍しいんだよ! しかも冒険者になって2ヶ月ちょっとで星5になっただなんて凄いねえ」


 どうしよう、言うべきだろうか……。エリクさんが「あいつに訓練を付けられるのは俺くらいだ! 明日の予定を空けろ!」って死にそうな顔で言って、なし崩しにソニアの師匠になったことを。


「俺はさー、ここ5年くらい各地を飛び回ってたわけ」

「自分の趣味で放浪していただけだろう、ギルド長の役割がありながら」


 アンギルド長のツッコミが厳しいな。でもデュークさんは悪びれもせず話を続けた。


「いやいや、これでもギルドの網が薄い地域とかを調べて回ってたんだよー」

「そういうことは下のものにやらせることだ。ギルド長はそれを統括する役目だぞ」

「それでさ、俺がエリクたちと一緒に冒険者としてブイブイ言わせてた頃に比べて魔物が活発化してきてるから、ここ数ヶ月は特に注意を払って調べてたわけ。――ロキャット湖のヒュドラも異常繁殖したんだろ? 大規模討伐を今年やったばかりだって聞いたのにウォカムの大猪ビツグワイルドボアはまた増えてるしさー。これは明らかにおかしいんだよ」

「通常の繁殖以外の方法で魔物が増殖している、ということかな?」


 教授が前のめりになりながら尋ねると、真顔になってデュークさんは「うん」と頷いた。


「聞いたこともない異常事態だ。今はまだ表に出てきてないけど、異変が起きているのは間違いないよ」

「だから、おまえは早くネージュに戻って大規模討伐の指揮を執れ」


 アンギルド長は本当にバッサリだな……。


「さすがにそうするよ。で、ソニアちゃんやジョーくんたちは何しに来たんだい? アン様に用事があったんだろう?」

「アン様」

「だからその呼び方はやめろと言っているのに……」


 アンギルド長が頭を押さえて俯いた。こんな反応見たことない!


「アン様はね、若い頃は凄い冒険者だったんだよ! 剣の腕も凄いけど、なにしろ格好良くてねえ! あまりにも格好良すぎて、女の子たちが『アン様ぁ~!』って黄色い声を上げてさ、自分の名前を刺繍したハンカチを持って『好きです!』って告白しにくるのさー。いやー、俺も憧れたな!」

「その話もやめろ……」

「女の子が酔っ払いに絡まれたりしてたらさっと助けに入ったりね! 冒険者だけど騎士的な振る舞いって言うのかな。そこに痺れる憧れるぅー!」

「私は私の正義によって行動していただけだ。思い出話をしに来たのなら帰れ」


 そうか、同じ時期に同じ都市で活動してたことがあるんだな、このふたりは。

 エリクさんとアンギルド長の間で情報交換がされてるのに、エリクさんがハロンズ本部を目の敵にしてるのは何故だろうと思ってたけど、多分若い頃にこっちで嫌な思いをしたんだろうな。レヴィさんみたいに。

 

 デュークさんの「アン様語り」はとどまることを知らず、とうとう頭から紅茶を浴びせられて冷たい声で「カエレ」と脅されていた。


 あれ? 俺たち何しに来たんだっけ……。

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