54 続・山とテントを語る会

 コリンが来てしばらく、「山とテントを語る会」ならぬ「スリムなもふもふとコロコロしたもふもふをモフる会」が開催されてしまった……。レヴィさんはソニアショックが先に来ていて、クロとテンテンを見る余裕がなかったそうだ。


「俺たち、ネージュを出て他の都市で活動をすることにしたよ」


 今回の「山とテントを語る会」の趣旨は、お別れになる前に少しでも納得できる形に持っていくこと――なんだと思う。言い出したのはソニアだから、もしかすると何か違うかもしれないけど。


「ええっ、ジョーはネージュからいなくなっちゃうの!?」


 ひとりだけ事情を知らなかったコリンがショックを受けている。

 俺は彼に向かって正直に、最初に俺の身に起きた事故や、サーシャとの出会い、勇者との関係などを全て話した。

 コリンは少し気落ちした顔でずっとクロの耳を揉みながらそれを聞いていた。――終始おとなしくしていたクロは本当に偉いと思う。


「そっか……勇者アーノルドはジョーとサーシャにとっては恩人で、大事な人なんだね。そっか。俺、ただなんとなくジョーはずっとここにいて、いろんな新しいことを教えてもらえたり、一緒にふざけ合ったりしていけるんだと思ってた」

「うん、俺も、深く考えずにそんな風に思ってた。でも、コリンも聖女の噂を聞いたりしなかった?」

「聞いたよ。でもまさか、ジョーと一緒にいるサーシャのことだなんて知らなかった。工房に籠もってたしね」

「はいはい、しんみりするのはやめましょう? 明日旅立ちますとかそう言う話じゃないんだから」


 コリンの肩を叩いて、ソニアが飲み物を勧めながら場の空気を切り替える。

 

「でも、やっぱり私たち『山とテントを語る会』にとっては、あまりに中途半端で放り投げたら後味が悪いのよ。野営の経験豊富なレヴィ、テントの構造に詳しいジョー、素材にはそれなりに詳しい私、それに骨組みの素材を相談できるコリンがいるなら、目指す形を大まかにでも作れるんじゃないかしら」


 ガ、ガチだ……。思ったよりソニアがガチだ。

 視界の隅でサーシャがテンテンにおやつをあげながら苦笑している。


 俺、てっきり「これで最後になるかもしれないから、玉砕覚悟でレヴィに告白しておくのよ!」って下心で人を集めたんだと思ってた。まあ、それならコリンが増えたことを喜ぶのはちょっとおかしいと思ってたけども。



「今のテントとはもう形から違うんだよね?」

「うん、しなりのある素材をつかった2本の柱をこう組んで交差してるところを固定すると、強度と広さが両立できるんだ。うまく作れば4人くらい平気で寝られる広さが取れるよ。でも今ある素材で何を使ったら、こういう形に持って行けるかわからないんだよな」


 俺は手元の紙にドーム型のテントを簡単に描きながら説明した。

 自立するし、ポールは分割して運べてたし、組み立ても簡単だし。でも、この世界にまだアルミ合金なさそうなんだよな……。アルミの材料があったとしても、アルミ合金を作る知識は俺にはない。

 鉄とかで作るなら、ワンポールテントの方が作りやすそうだ。


 俺とコリンがテントの形状とポールの素材で頭を悩ませている間、ソニアとレヴィさんはサテンを用意して耐水性を試していた。


「少量ならうまいこと水をはじくわね。でもやっぱり大雨が降ったら厳しそう」

「蝋引きにしてみるか?」

「それだと振り出しに戻るわ。水を弾くのは水魔法でなんとかなったりしないのかしら。聞いたことないけど」


 こちらはこちらでいろいろ試した挙げ句に、ふたりともうーんと腕を組んで悩んでしまっている。

  

「あの、みなさん、休憩にしませんか?」


 そうサーシャが声を掛けてくれなかったら、俺たちは4人で頭を抱えてにっちもさっちも行かなくなっていただろう。


「ワンポールテントだとペグがいるし平らなところじゃないと設営できないし……」

「どうしよう、ジョーさんが何を言ってるか全然わかりません」

「大丈夫だ、この場の誰もわかってない」


 ジンジャーエールを飲みながら、人間用パンダ団子を摘まむ。これはレベッカさんの試作品だけども、比率的に米粉を増やしたようでもちもち感が増していてなかなか美味しい。

 コリンはジンジャーエールを初めて飲んだそうで、凄く気に入っていた。


「……よし、決めた」


 一旦テントから思考を離そうということでなんでもないお喋りをしていた中、突然レヴィさんが気合いを感じさせる低い声で宣言する。


「何かありましたか? レヴィさん」


 サーシャの問いかけにレヴィさんは頷いて見せ――爆弾発言をした。


 

「アーノルドのパーティーを脱退して、こっちのパーティーに移る」



 場を沈黙が支配していた。

 俺とサーシャとソニアはぽかんとしていて、コリンとテンテンはタイミング悪くパンダ団子をもぐもぐしていた。そしてクロは散々モフられて疲れたのか、寝てしまっている。



「え……えええええ!?」

「レヴィさんが、アーノルドさんのパーティーを脱退!?」

「えっ、まさか、テントのために? そんなのありなの?」


 矢継ぎ早に降る質問を全て黙ったまま受け止めて、俺たち3人が息切れをしたところでレヴィさんは重々しく頷いた。


「俺はテントの改良に生涯を捧げると誓ったんだ。アーノルドなら多分わかってくれるし、代わりのスカウトもすぐ見つけられるだろう」


 レヴィさんの覚悟、思ったよりも重量感があるな……。


「そ、それじゃあ俺も親方に紹介状を書いてもらって、ジョーたちと一緒に行く! 冒険者になれるような能力はないけど、ジョーの知ってるいろんなこと、もっと知りたいんだ! それにせっかく友達になれたのにもう離れるのなんかやだよ!」


 うわっ、レヴィさんの発言がコリンに飛び火した!


「そう思ってくれるのは嬉しいよ。俺も冒険者と関係ない友達ってコリンくらいだしさ。で、でも……俺の空間魔法を使えば、毎日でもネージュと移動先を行き来できるよ?」

「でも好きなときに会えないじゃないか!」


 ……面倒な彼女かな?


 サーシャよりもわかりやすい駄々に、俺は一瞬遠い目をしてしまった。

 いたなあ……同級生に。「御厩みまやの面倒な彼女」ってあだ名が影で付いてた俺の親友。

 チーズ蒸しパンが好きだったあいつ。


「俺がパーティーに加入するのは……迷惑か?」


 少し感じ取れる程度にしょんぼりした気配を纏わせて、俺たちに問いかけてくるレヴィさん。

 卑怯! 天然だろうけど!


「迷惑なんて事ないわ! むしろ頼もしいし大歓迎よ!」

「ソニアー!?」


 ここぞとばかりにレヴィさんの手を握ってアピールするソニア!

 いや、これ以上アーノルドさんに負担掛けちゃ駄目だろう。


「いえ、ソニアさんの言う通り、レヴィさんがいてくださったら頼もしいです。それに、アーノルドさんも安心してくれると思うんですよね」


 感情で突っ走ったソニアに対して、サーシャは何事か考え込んでいる。


「アーノルドさんの評判を上げつつ、私たちがこの街を去る方法――それは、レヴィさんの自主的な脱退という形ではなくて、アーノルドさんが私たちを心配してレヴィさんをこちらに移籍させたということでうまくいくんじゃないでしょうか」

「それもあるな。なにせ、こちらはサーシャが冒険者歴2年。ジョーが2ヶ月ちょっと、ソニアに至っては1ヶ月にも満たない。あまりにもベテランが少ないから、俺が移動するとちょうどいい」


 そうか……それはそうかもしれない。

 レヴィさんの移籍をアーノルドさんは悲しむだろうけど、それ以上に安心もしてくれるだろう。

 うん、考えれば考えるほど、「アーノルドさんならやりそう」な気がしてきた。


「……確かに、アーノルドさんなら俺たちを心配してレヴィさんを移籍させるくらいのことはしそうですね」

「一度『可愛い妹』のサーシャを自ら切り捨てて、荒れに荒れたからな。まして今回は『可愛い妹と可愛い弟』だろう。宿に戻ったらアーノルドに話をしてみよう」


 なんだかこれはうまい具合にまとまりそうだ。

 レヴィさんは近距離戦闘も遠距離戦闘も堅実にこなせるし、細かいところによく気がつくスカウトだ。今まで俺たちはわりと力押しで来てどうにかなっていたから、レヴィさんはパーティーのバランスという点でもありがたい。


「それで、ネージュを出てどこへ行くかは目処が立ってるの?」


 コリンの一言で、サーシャとソニアとレヴィさんが同時に頷く。

 え、決まってるんだ。

 俺はこの世界に詳しくないから全然わからなかったけど……。


「そんなのは一カ所しかない」

「王都ハロンズ一択ね」

「はい、遠いですが、その分私たちは評判に囚われずに自由に動けるはずです」

「そっかー、やっぱりハロンズだよね。貴族がいて面倒な都市だって聞いてるけど、やっぱりこの大陸で一番の都市だし」


 俺を置き去りにして納得している4人に疎外感を覚えつつ、俺はそろそろと挙手をして尋ねた。

 

「王都ハロンズって?」

「そうか、ジョーは何もその辺のことは知らないんだったな。

 この大陸は丸ごとヤフォーネ王国が支配している。大陸としては小さいけどな。このネージュは150年ほど前に作られた比較的新しい都市で、当時の感覚では『東のド田舎に新参者ばかりの都市を作った』と思われたらしくて、貴族がいないんだ。貴族は自分の領地に住むか、王のお膝元であるハロンズに館を構えてそちらに住んでいる」

「へえー、貴族って人見ないなって思ってたんですけど、そういう事情だったんですね」

「メリンダさんは貴族の出身ですよ。男爵家の4女だそうです。領地も小さくて大変なので、生まれ持った2属性魔法もあるし冒険者として身を立てた方がいいだろうと思われたそうですよ」

「王都ハロンズは千年の都って呼ばれててね、ここから遥か西にあるんだけど、文化とかが桁違いに洗練されてるって話なのよー。流行もハロンズとネージュでは全然違うらしいわ。ネージュの方が実用的ね。優雅が優先されるのがハロンズで、格好いいのが優先されるのがネージュって感じかしら」


 ……こう言っちゃなんだけど、聞けば聞くほど京と江戸だな……。

 イメージしやすいと言ったらそうなんだけど。貴族を公家に置き換えたらかなりそのままだ。


「察しました。俺のいた世界にも、過去に似たような関係の都市がありました。王と貴族がいる歴史が長い街と、武士――武官が作った街というのがあって。俺はその新しい都市の方に住んでたんですが」

「どこの世界でも似たようなことは起きるのねえ」


 それは果たして似たようなことなのか、あの神々が何か意図してるのか……。

 ひとまずその疑問は置いておいて、俺たちは次の目的地をハロンズに決め、アーノルドさんに話をしに行くことにした。

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