53 旅立ちの決意

 蒸し上がったパンダ団子は、人間には「ちょっと味気ない」「案外もそもそしてますね」といまいちな反応だったけど、冷ましてからテンテンにあげたらいい食いつきだった。

 これでいいんだよ、これで。

 笹だけでは補いきれない栄養を補給するためのものなんだし。


 レベッカさんは難しい顔で悩んだ後、「水分と甘みを足して人間用を作るわね」と自分で納得していた。それが正解だと思う……。



 そして、俺たち3人は家に帰ってから、今後についての大事な話をしていた。

 

 元々サーシャがアーノルドさんのパーティーを追放になった理由は、「サーシャに注目が集まりすぎて、崇敬を集めて強くなる勇者であるアーノルドさんが目立たない」というもの。


 現在、あの時よりもさらに状況は悪くなっている。

 そもそもの発端としてヘイズさんの一件が悪かった……。

 悪い噂はいい噂よりも駆け巡るのが早くて、あの人はすっかり「新人の有望な空間魔法使いに嫉妬して殺そうとした」と悪評が立ってしまっている。当然、ギルドからは除名処分を受けた。

 空間魔法使いは、ネージュに俺ひとりになってしまった。


 そしてサーシャが聖女として認められた上、希少な空間魔法使いである俺が伝説級の移動魔法まで習得してしまったのだ。

 しかも、俺とサーシャは同じパーティーとして一緒にいる。自然、注目は俺たちに集まってしまう。


 タンバー神殿とテトゥーコ神殿は、大いにこの状況を喧伝するはずだ。実際、もうかなり噂は広まっている。


「実は俺さ、サーシャと出会ってすぐの頃――まだアーノルドさんの実態をよく知らなかった頃なんだけど、『この街を出て別の場所で活動したらいいんじゃないか』って思ったことがあるんだ」


 悪くないサーシャが悪く思われるくらいなら、無理にこんなところにいなくていいと思った。

 だけど、実際にアーノルドさんと話したら、あの人も本当に心から血を流しながら苦渋の決断をしたんだとわかってしまったから。

 そして、アーノルドさんのパーティーの人たちがみんないい人だから、一緒にいるときの心強さや安心感に引きずられて、ずるずるとぬるま湯に浸かってしまった。


「実は私も……今日だけで街の人たちから私に対する態度が変わったのを実感しました。聖女様って呼び掛けられることも何度かありましたし。……アーノルドさんにとって、とても良くない状況ですよね」

「ねえ、疑問なんだけど? アーノルドにお世話になってるのはわかるわ。でもそこまでサーシャとジョーが遠慮しないといけないの?」


 深く事情を知らないが故に鋭い疑問を投げかけてくるソニアに、俺とサーシャは顔を見合わせてそれぞれ同じようなことを答えた。


「アーノルドさんは、冒険者ギルドに登録したばかりだった私を育て上げてくれた人です。世間知らずの私を守り、今の私になるまでずっと助けてくれました。

 本当に、恩人なんです。面倒見が良くて、お兄さんのようで――凄く残念なところも目立ちますけど」

「こっちの世界に来て知り合いが少ない俺を、身内のように気に掛けてくれたいい人なんだよ。俺やサーシャのことも、冗談抜きに兄のように面倒を見てくれるし。

 サブカハのタンバー神殿でよくわかったと思うけど、実力は本物だし、あの人は凄く頼りになる人なんだ。きっと勇者の力を生かして、人々を助けてくれると思う。性癖は残念で変態だけど」


 俺とサーシャの言い分を聞いたソニアは、頭痛を覚えたようで額に手を当てていた。


「厄介ねえ……崇敬を集めないと強化できないから、確かにサーシャとジョーが近くにいると注目度が下がって不利だわ。勇者でさえなければ、一緒にうまくやって行けたのに」

「だから、俺たちは別の街に拠点を移さないか? 移動魔法も覚えたし、その気になればネージュには一瞬で戻ってこられる。本当に必要なときは戻ってこられるから、別の街に行ったって構わない。今が、その期だと思うんだけど。……どうかな」

「ずっと私も思ってました。でもなかなか踏ん切りが付かなくて。ジョーさんの言う通り、『その気になればいつでも戻ってこられる』から、旅立ってもいいと思います。ソニアさんはどうですか?」


 急に話の矛先を向けられたソニアは、目を丸くして驚いている。そして、額を押さえて呻き始めた。


「そうねえ……そうね、ふたりの言いたいことはわかるわ。

 でもね、甘いと思われるかもしれないけど、冒険者になったからってネージュから離れるなんてこと、考えたことなかったのよ。生まれ育って実家のあるところだし。

 ――でも、それ以上に私はあなたたちと一緒にいたいの。

 私を変えてくれたふたりと、一緒に冒険者をしていたいの。だから、この都市を離れるなら一緒に行くわ」

「ソニアさーん!」

「ソニアー!」

「それに、いつでも戻ってこられるしね! それで、ジョーにお願いがあるのよ。『山とテントを語る会』を開きましょ。レヴィになかなか会えなくなるでしょう? 今のうちに話を少しでもまとめておきたいわ。……私も、言いたいことがあるし」


 そうか、ソニアはやっぱりレヴィさんの事が……きっと言いたいことってそういうことなんだろうな。


「あっ、そうだ、鍛冶ギルドのコリンも呼んできていいかな。骨組みの素材とか形状について相談したいんだ」

「いい知り合いがいるじゃないの! 大歓迎よ! 私、明日の午前中は少し留守にするわ。ジョーはレヴィとコリンに予定を聞いてちょうだい」


 話はそれでまとまり、俺はすぐにレヴィさんに予定を聞きにいった。レヴィさんは特に予定はないからいつでも大丈夫だと前のめりに答えてくれた。

 コリンは……どこに住んでるか知らないから、明日鍛冶ギルドに行って聞くしかないな。

    

  

 朝一で鍛冶ギルドに行ってコリンに予定を聞いたら、親方が「行ってこい行ってこい」と言ってくれて、その日の午後は休みをもらえることになった。

 テントの改良のために骨組みのことを相談したいと言ったら、コリンは目をキラキラとさせていて「面白そうだね!」といい食いつきを見せてくれた。

 泡立て器に反応してたから、きっとこういうのも好きなんじゃないかと思ったんだよな。


 コリンには廃工場の番地を告げて、レヴィさんに午後やりましょうと報告に行く。

 その場にアーノルドさんがいたので、俺は少し迷ってからネージュを去って別の街に行くことにしたと告げた。


「ジョー……サーシャ……」


 急にだばぁーっと涙を流す勇者……。

 それ以上の言葉を発することなく、アーノルドさんはえぐえぐと泣き続けていた。

 この反応を見るに、この人も気付いてたんだ。ギャレンさんやメリンダさんが何か言ったかもしれない。もしかすると、アーノルドさんたちが別の街に移ることを検討したかもしれない。

 でもそれは悪手だ。崇敬がほぼ0から集め直しになってしまう。

 この都市での実績があり、既にある程度の崇敬を集めたり散らしたりしているアーノルドさんだから、拠点を変えるのはどこでも同じ活躍ができる俺たちの方。


「俺が、俺が不甲斐ないばかりに……」

「……俺は、今のアーノルドさんが好きですよ。集めた崇敬を自分で散らしたりいろいろしてますけど。アーノルドさんがあの時サーシャを解雇しなかったら、俺はサーシャと出会えなかったから」

「ジョー……」

「それに! 移動魔法を習得したので、行ける先を増やすためにあちこち回らないといけないなと思ってもいたんです。そうでないと移動魔法は使い物になりませんし。俺が今行ける街は、イスワとカンガとガツリーくらいですから」

  

 レヴィさんが無言で差し出した布で目の周りが赤くなるくらい顔を拭いて、アーノルドさんは明らかに無理をした顔で俺に笑って見せた。


「そうだな! ジョーの空間魔法の修行でもあるしな、必要なことなんだよな」

「その気になれば毎日戻ってこられますよ」

「うんうん、お兄ちゃんが寂しくならない程度に顔を見せてくれ」


 俺は頑張って笑顔を作ってそれに頷き返し、レヴィさんと一緒に家に戻った。

 ――そして、そこには衝撃の光景が。


「そ、ソニア!?」

「いいでしょー? すっきりしたわ! 最近、髪を乾かすときに面倒だなってずーっと思ってたのよね」


 緩く癖のある長い髪を束ねていたソニアは、顎のラインでばっさりと髪を切ってきていた。この世界だとあまり髪の短い女性がいないから、思いきったことをしたと俺にもわかった。


「髪も売れたんだけど、持ってたドレスもぜーんぶ売ってきたの。それで、今まで住まわせてもらってた友達に、そのお金を渡してきたのよ。この半年、ずっと私を支えてくれてたのは彼女も一緒だもの。

 今はお金しか返せるものがないけど、次に会うときにはいいお土産と、楽しい土産話を持ってくるわねって言ってきたわ!」


 凄いな、腹の据わったときのソニアの思い切り……。

 前はかなりおしゃれにこだわってるように見えたけど、「冒険者にドレスは不要」と割り切ったんだろう。


「ソニアさん、その髪型もとっても素敵です! それに、昨日みたいにドレスを着る機会があるかもしれませんけど、すぐに稼げますよ!」

「それよ。参ったわ、剣の修行のせいで腕に筋肉が付いてて、久々に着たら袖がきつかったのよ……。本当に参ったわ。だから躊躇なく売れたってのもあるのよねー……次のドレスは、袖がゆったりしても野暮ったくならないデザインで作らないと」

「くっ」


 ぼやくソニアにレヴィさんが笑う。その目は優しく目尻が下がっていて、決してソニアをからかったりして笑ったんじゃないとわかった。


「ソニアは、最初に見たときの印象と大分違うんだな」

「そうかもしれないわね。素敵な恋愛に夢を見てたお嬢様だった頃の私より、今の方が自分らしいって思えるもの」

「自分らしい……かぁ。ジョーさん、その内でいいんですが、一緒に私の故郷に行ってくれませんか?」

「ええっ、サーシャの実家ってことだよね!?」

「はい。私が生まれて育ったところを、ジョーさんに見てもらいたいんです」


 何故か、今更サーシャが酷く緊張している。

 人口300人に満たない田舎って言ってたよな。何かあるんだろうか。


 俺はサーシャに安心してと伝えるように手を取って、頷いて見せた。

 いや、待てよ?

 これって、「親にご挨拶」イベントでは?

 やばい、今から緊張してきた……。


「こんにちはー、ジョーいる?」


 タイミング良くコリンが来てくれたことで、とりあえず緊張するイベントを棚上げして、「山とテントを語る会」が始まった。

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