52 開発! パンダ団子 

 聖女認定の儀は、軽いトラブルが目白押しだったけれども無事に終わった。

 そして、俺たちの元にはクロに続いて仔パンダがやってきた。


 俺から見たらこれは「仔パンダ」っていうのがはっきりわかるんだけども、この世界の人はパンダを記録でしか知らないため、「成長したらクマと同じ大きさ」という認識がなかった。

 量りを持ってきてもらって調べたら、なんと10キロ。ミスリルの盾より余程重い。


 これは、可愛いけど若干困ったぞ。歩くのも凄く遅いし、クロみたいに勝手に付いてきてってわけにいかない。

 10キロを、ずっと抱きかかえて歩くか? 米袋と同じだぞ?

 それとも、背負い籠でも買ってそこに入れて運ぶか? それなら、俺としてはワンゲル部の練習より軽いけれど……。


 今はサーシャが軽々と抱っこし、離さないからいいけども。

 でも、依頼を受けたときとかは困るだろう。


「クロが大きかったらなあ……」


 俺の口から出たのは、益体もないそんな一言。ただの思いつき。


「ワン!」


 それに対してクロは元気よく吠えると、俺たちの前でみょみょみょみょ、と大きくなった。


「く、クロ!?」

「ええええっ! そんなことができるの!?」

「サブカハにいたアヌビスと変わらないですね……」


 そう、クロの今の大きさは大型犬。もしかして、と思って上に仔パンダを乗せてみたら、仔パンダはしっかりとクロにしがみついている。

 最初は心配だったけど、クロが歩いてもちょっと揺れるだけで危なげない。

 聖獣同士、そういうところは心得ているのかもしれない。


「よ、よかったー。依頼の時にどうやって連れていこうって考えてたんだよ」

「クロ、お利口ねえ!」

「か、可愛い……尊……ぐふっ」


 黒いもふもふの上に白黒のもふもふ。

 上に仔パンダを乗せたままで器用に歩き回るクロを見て、俺たちばかりか居合わせた女神テトゥーコのプリーストが次々に撃沈していく……。


 そして、俺はひとつの事実に気付いていた。

 クロは、なにがしかの要因――クロ自身の意思か、俺の中にある願望――によって、仔犬の姿を取っていたのだ。

 その気になれば、成体になれる。


 つまり――聖獣は、基本的には成長しない。


 ほっとする一面と、がっかりする一面がそこにはあった。

 仔パンダはいつまでも自力では歩かないんだー、っていうことと、いや、成体のでかいサイズになられてもそれはそれで困るよな、ということ。


 まあ、クロのことを考えれば意思疎通はできそうだから、最悪成体になって走ってもらうのも手だ。

 ……パンダが走るのがどのくらい早いかあまりわからない上に、目撃した人にクマと間違えられて恐れられても困るけど。

 


 家に戻ってから、俺たちは2匹のもふもふを眺めてでれーんとしてはハッとし、またでれーんとしてはハッとすることを繰り返している。


「この子の名前はどうしましょう」

「白と黒だからシロクロ」


 サーシャの問いかけにあまりにも雑なソニアの返事が返って、俺は思わず吹いた。

 パンダの名前と言ったら、上野式か和歌山式!

 俺に馴染みが深いのは上野式の方なんだけど……。


「俺のいた世界では、同じ音を2回繰り返すのが馴染んだ名前だったんだよ、ランランとかリーリーとか。だから……テトゥーコ様から1文字いただいて、『テンテン』とかどうかな」


 物凄くオーソドックスな名付けだったけど、「黒いからクロ」の前科があった分、ソニアが驚愕の表情を浮かべている。


「ジョー、そんなまともな名付けもできたのね?」

「テトゥーコ様からお名前を1文字いただいてテンテン……素敵!」


 実は「サーシャの名前を取ってシャンシャン」っていうのも考えたんだけど、その名前の子は実際にいるからな……。


 テンテンは生後1年未満のパンダがモデルになってるっぽくて、お世話が大変と言えば大変そうだ。

 この時期、パンダってまだ離乳していないはず……。

 テトゥーコ様、お世話については俺の知ってる通りとか言ったけど、俺は別にパンダのスペシャリストじゃありません……。

 この世界の誰よりも詳しいのは、間違いないけども。


「テンテン、お口見せてー」


 まず確認すべきは歯だ。俺が先にお願いをしたせいか元々従順なのか、テンテンは俺が口をこじ開けると抵抗せずにあーんと開いてくれた。

 歯は……よし、がっつりじゃないけど生えてる!

 ということは、離乳食の必要がない。完全に必要ないわけじゃないだろうけど、ここで「人工哺乳のためのミルクが必要です」とか言われたら詰むところだった。


「俺、これからレベッカさんのところに行って、テンテンのおやつを作ってもらえるように頼むけど、クロとテンテンは置いていってもいいかな」

「連れていきましょう! レベッカさんにも見てもらいたいです!」


 お、おう、サーシャが「可愛いうちの子見て」モードに入ってる……。

 まあ、「女神テトゥーコの聖女に、聖獣パンダが与えられた」という情報は、興奮気味のプリーストたちによってあっという間に広まってるだろうから、別に置いていく必要もないのかもしれない。



 俺たちは蜜蜂亭に着いて、一応外からレベッカさんを呼んだ。

 飲食店の中に聖獣とはいえもふもふを連れ込む勇気はない。


 もちろん、ここに来るまでも二度見三度見は当たり前で、「もしかして女神テトゥーコ様の聖獣ですか!?」と尋ねられることも数度あった。

 一度だけ「もしや冥界神タンバーの聖獣のアヌビスでは!?」と話しかけれたこともあったけど。


「サーシャー! 聞いたわよ! 本物の聖女として認定されたそうね!」


 すぐに中からレベッカさんが駆けだしてきて、サーシャにハグをする。その様子はとても嬉しそうで、なんだか俺はほっとした。


「ええ、まあいろいろありまして……」

「そうね、そこのところも聞いてるわ。ジョーも大変だったわね。でも終わり良ければ全て良し、よ。

 今日は何かしら? 昨日はソニアが買い物に来たけど」

「今日は、この聖獣パンダの食事になる『パンダ団子』というものを作ってもらいたくて。人間が食べやすいようにアレンジして売れば、蜜蜂亭の名物にもなりますよ」

「いい話を持ってくるわね、ジョーのそういうところ好きよ」


 キラリと目を光らせたレベッカさんだったけども、俺たちの後ろにいたクロとテンテンに気付き、「ぷぎゅっ」と初めて聞くような呻きをあげて崩れ落ちた。


「よ、予想以上に可愛いわね……少し触らせて? 後で着替えて手も洗うから」

「どうぞ! とっても可愛いんですよー!」

  

 レベッカさんの衛生観念さすがだなと俺が思っているうちに、レベッカさんは地面に膝を付いてテンテンを膝の上に抱き上げ、わーしわしわし、もふもふもふ、と撫で回し始めた。その合間に中型犬の大きさになったクロも遊んでとばかりにちょっかいを出すので、クロに頬を舐められたりして屈託のない笑い声を上げている。


 気がつくと、周囲に人が集まっていた。

 全員が、クロとテンテンに釘付けだ。


「あ、あの、なでても……いい?」


 10才くらいの女の子がスカートを掴んで思い切ったように尋ねてきたので、俺とサーシャは笑顔で「いいよ」と返した。

 

「タンバー様の聖獣であるアヌビスと、テトゥーコ様の聖獣であるパンダです。どちらも人の言葉を理解しますから、危ないことはないですよ」


 子供が犬と触れ合うことを警戒している大人に向かってそう説明する。

 この世界では、都市部の飼い犬は富裕層のもので、後は残飯を漁ったりする野犬がほとんどだ。簡単に触れ合えるものじゃない。農村部に行けばまた違うだろうけども。


「わあ! 可愛い!」


 クロの頭を撫でて喜んでいる女の子に向かって、俺はしゃがみ込んで触れ合い方を教えた。もちろんただ撫でているだけでも楽しいだろけど。


「こうやって手を出して、『お手』って言ってごらん」

「こう? お手……わあ、わあ! お母さん、見て!」

「そうそう、次は『おかわり』って言って」

「おかわり! すごーい!」

「クロ、伏せ。よしよし。おまわり!」


 俺の指示に従ってクロが次々に芸を見せる。周囲からはどよめきが上がった。


「あっ、私は顔と手を洗って着替えてくるわね」


 レベッカさんの一言で我に返る。そうだ、俺もここでアヌビスを布教している場合じゃない。


「サーシャとソニアは、クロとテンテンを見ててもらえるかな。俺はパンダ団子の材料を買ってくる。ソニアの実家の店って、食料品も一通り扱ってたよね?」

「ええ、ルゴシ叔父さんのお店よりは在庫も豊富よ。すっごい買うんでしょう?」


 さすがにソニアもわかってる……。俺は頷くと、クエリー商会に向かって走り出した。



 今日はカウンターにはソニアの父とは別の店員がいて、俺が紙に凄い勢いで書き出した注文を見て目を丸くしている。

 ちょっと心配してたんだけど、米粉もあった。炊いた米は食べたことがないから、やっぱりこっちは主食じゃなくて野菜感覚なのかもしれない。今まで気付かなかった俺の不覚!


「トウモロコシ粉に大豆粉に米粉、砂糖……卵、こ、こんなにですか? 在庫を確認してきます! 他はともかく大豆粉と卵があるかどうか」

「あるだけでいいです!」


 店員が「会計代わってください」という合図のベルを鳴らす。そして現れたのは、ソニアの父だった。俺と目が合ったので会釈すると、明るい笑顔を向けられる。


「君はソニアの友人のジョーくんだったね。昨日はありがとう」

「昨日……あ、昨日なんですね。いえ、昨日いろいろありすぎて、もっと何日も前かと思ってしまいました」

「ふむ? 待っている間によかったら話を聞かせてもらっても?」


 俺はクエリーさんの求めるままに、昨日ソニアの家を出てから起きたとんでもない事件について話した。もう面倒だから、俺が異世界からの転移者でテトゥーコ様とタンバー様の加護を受けてることも全部話した。

 そして、ソニアが昨日の出来事で、今まで知っていた彼女よりもずっとしっかりして見えるようになったことも。


「なるほど、聖女聖女と随分と騒がしいと思っていたが、昨日の彼女が……。しかし、君たち当事者にとっては、大変なことだったろうね」

「はい。……まあ、それは過ぎたことなのでいいんですが、聖獣の食事がいささか……」

「ははあ、なるほど。今後仕入れを強化しておこう。卵の数を急に増やすことはできないがね。大豆粉は一応置いてある程度だから、工房に頼んで挽いてもらえば済むし。というわけで今後ともクエリー商会をご贔屓に」

「はい、よろしくお願いします!」


 したたかだなあと思いながらも、事情を知って協力してもらえるのはありがたい。

 クエリーさんは俺の書き出したメモを手に取って、しみじみと眺めていた。


「しかし、君が特異な経歴を持っているとはいっても、聖獣の食事などよく知っていたものだ……。それとも、そちらの世界では誰もが知っていることなのかね?」


 ぐぅ……痛いところを突かれた。


「いえ、テトゥーコ様の聖獣パンダは、こちらの世界では自然界にいないようですが、俺のいた世界では珍しいながらも見ることができたんです。

 そ、それでですね……それこそ、1才くらいで立って歩き始めた頃から何度も親に連れて行ってもらってまして……好きなんです、パンダ。このパンダ団子も、動物園という珍しい動物を展示している施設で何度も食べましたし、好きが高じて材料を調べて作ったこともあったので」


 俺の黒歴史……パンダ好き……。

 小学校低学年までの写真は、もれなくパンダのぬいぐるみと一緒に写っているし、中学以降はパンダ団子再現に血道を上げた。言い過ぎだけど。

 まさか、こんなところで役に立つとは思わなかったけど――テトゥーコ様の言い方を借りれば、これも運命なんだろう。


 いや、パンダ団子、結構美味しいんだよ……。あくまで人間にあわせたアレンジしてあるものの話だけど。



 大量に買い込んだ材料を魔法収納空間に入れて、急いでレベッカさんの店に戻る。レベッカさんは既に着替えて準備を整えていた。


「今日はある在庫を売るだけにするわ。さあ、蜜蜂亭新名物、パンダ団子を教えてちょうだい!」


 気合いが入りまくってる……。

 ついでにクロの為の肉も焼いてもらいながら、俺は大きいボウルを出してもらって、計量した材料をどんどん入れていく。

 ぶっちゃけ、材料を混ぜて蒸すだけだ。生地の硬さは耳たぶくらい。

 プリンの時も思ったけど、蒸すという調理法がこっちでは普及していないからそこだけが少し面倒だ。今度コリンに蒸し器を作ってもらおう。


「人間用にするときは、作るときに甘みと水分を足すといいです」

「逆に、パンダ用に全て作ってしまって、人間に出すときには薄めた蜂蜜を掛けたりするのはどうかしら」

「やったことがないですが、やってみる価値はありますね」


 こうして俺は大量のパンダ団子をレベッカさんに発注することができた。パンダ団子についてはこれで一安心だ。


 その間、ソニアとサーシャはというと。

 切ったリンゴをテンテンに食べさせて、テンテンが器用に前脚で押さえながらしゃくしゃくと食べるのを見て転げ回っていた。

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