25 その女、暴風娘につき

 ギルドの身分証を手にしたソニアは、見るからに暗い顔をしていた。

 対して、隣のサーシャは日本の宗教勧誘の人みたいな笑顔を顔に貼り付けていた。


「大丈夫かしら……私、確かに魔力量は多いんだけど、《送風ブロワー》しか覚えてないのよ。戦闘とかするなら必要な《烈風閃ウインドカツター》も使えなくて」

「そもそも覚える気がなかっただけですよね? 大丈夫ですよ、ソニアさんのお父様に謝罪したいという覚悟があれば、いろんな魔法をすぐ覚えられます!」


 逃げ腰のソニアに、サーシャの鋭い指摘。

 ソニアはうなだれて「覚悟……覚悟……覚悟って何かしら……」と呟いている。

 覚悟のゲシュタルト崩壊……これは大変そうだ。


「いやー、それにしても珍しいパーティーですよね。星5と星3と星1の3人組で、しかもプリーストに空間魔法使いに風魔法使いだなんて」


 初めてギルドに来たときに古代竜エンシェントドラゴンの買い取りを担当してくれた男性職員が、興味深そうに俺たちを見ながら気楽なことを言っている。

 珍しい……確かに、星がバラバラだよな。

 あと、全員が魔法職というのも確かにおかしいだろう。


 サーシャが前衛としても無類の強さを誇るのは知れ渡ってるから、「物理担当がいない」とは言われないんだけどさ。


「安心してください、ソニアさん。そんなに危険なところに連れて行くつもりはありませんから。4日に一度はジョーさんが大猪ビツグワイルドボアの納品をしないといけませんし。受ける依頼は本当に星1冒険者がやる近隣の害獣退治だけのつもりですよ。それと、最初の依頼を受ける前に風魔法使いの師匠につきましょう。それだけでも大分違うと思いますし」

「そ、そう? それなら……なんとか」

「じゃあ、ソニアさんの防具を買いに行きましょうか。杖は今のもので大丈夫そうですから、丈夫な革鎧が必要ですね」


 ああ……なんかどっかで経験したやりとりだなあ。

 あれは俺が初めてサーシャと会った日か。

 今回も、工房の見積もりのために廃工場跡に集まってから怒濤の展開だ。


「ジョーさん、私はソニアさんとハワードさんのお店に行きますから、ギルドから風魔法の1日師匠を明日やってくれる人を紹介してもらってください」

「俺が? うん、わかった。終わったらハワードさんのお店に行けばいいかな?」

「いえ、明日ギルドの訓練場でやることになりますから、大丈夫ですよ。ソニアさんは今日だけでもいろいろありましたし、装備を買ったら帰って休んでもらいます」

「えっ、ジョーは一緒に行かないの?」


 俺に向かって縋るような目を向けるソニア。俺はそっと視線をずらして斜め下を見た。

 悪い、ソニア。俺は嫉妬モードのサーシャには逆らえないんだ……。

 おとなしくドナドナされてくれ。


「……サーシャの言う通り、今日はゆっくり休んだ方がいいよ。明日は慣れない事をするんだろうし」

「そ、そうよね……わかったわ。サーシャ、その、防具とかだけど、どのくらいするものなのかしら」


 商家に生まれたと言っても、畑違いだと知らないものなんだろうか。

 冒険者をする理由が「手っ取り早く稼いで父親に30万マギルを返す」ことであるソニアは、当然金のことが気になるらしい。


「気にしないでください。これは、私とジョーさんからソニアさんにできる『手助け』の部分です。パーティーメンバーの装備を用意することくらい、先輩冒険者としてさせてください」


 そうなんだよなあ。

 サーシャが言うことは全面的に正しい。俺の確認も取らずに「私とジョーさんから」とか言ったけど、それは彼女が「俺なら必ずこうする」ことを理解してるからだ。


 正直、俺とサーシャなら今すぐ30万マギルをポンとソニアに貸すことは簡単だ。

 でも、それじゃ駄目だと思う。

 30万マギルは、ソニア自身が必死に働いて返さなければ意味がない。

 俺たちが手を貸していいのは、せめて装備を用意することくらい。

 世間一般の先輩冒険者が全員そうするわけはないと思うけど、俺たちは稼げているからパーティーの戦力を安定させる意味でもそこは投資していいところ。

 

「そうだよ、サーシャの言う通りだから。お金を貸すことは簡単だけど、それじゃ意味はないだろう? だから、ソニア、一緒に頑張って稼ごう」

「サーシャ、ジョー……あなたたち、本当に優しいのね。チャーリーは私に何もさせようとしなかったわ。甘い夢だけ語って、一緒に頑張ろうなんて言うことはなかった……。

 よーし! お姉さん頑張るわよー! 今度あの男に会ったら、私の風魔法でぎったんぎったんに叩きのめしてやるんだから! 明日の修行も頑張るわ!」


 いや、風魔法だと「叩きのめす」というより「切り刻む」になりそうだけど。

 空元気かもしれないけど、ソニアはさっきまでの弱々しい表情が消えて、以前の妙に余裕のあるお姉さんっぽい感じに戻っていた。


「じゃあ、サーシャ、ハワードさんのお店に行きましょう。ジョー、風魔法の師匠のことはよろしくね!」


 ソニアは俺にしたようにサーシャの腕を組むと、そのまま笑顔で一緒にギルドから出て行った。

 あの距離の近さは、割りと誰にでもなのかな。サーシャと仲良くしてくれるならいいことだ。


「……今の赤毛のは、クエリー商会の長女じゃないか? とうとう冒険者登録したのか?」


 一部始終をそっと見ていたのか、副ギルド長のエリクさんが職員の後ろから書類を覗き込んでいる。


「エリクさん、ソニアのことをご存じなんですか?」

「サーシャとジョーと一緒にパーティーを組むのか。それならある意味安全、か……」


 なんだろうか、この歯切れの悪さ。

 それに、どうしてエリクさんがソニアのことを知っていて、しかも「とうとう冒険者登録」とか言ったのだろうか。


「まあ、昔のことだから今の若い奴らは知らないだろうけどなー。クエリーのところの長女――つまりソニアだが、4歳くらいから風魔法を暴発させては大騒ぎになってたんだよ。当時からとんでもない魔力量でな、これは将来どえらい風魔法使いになるぞって冒険者ギルドでもマークしてた人材だったんだ。その頃付いたあだ名が『暴風娘』だよ、ハハハ」

「ぼ、暴風娘……」


 その二つ名、笑い事じゃない気がする。しかも4歳で付いたのか。

 殴り聖女に暴風娘……。二つ名がない俺が一緒にいていいのか疑問になってくる。


「まあ、ちびっこい頃から泣き虫で怖がりだったんだが、成長するにつれて冒険者になるつもりがないことがわかってきてな。だが、スタートとして遅すぎる年齢じゃないな」

「そのソニアなんですが、今は《送風》しか魔法を覚えていないそうなんです。それで、明日1日風魔法を教えてくれる師匠を探してるんですが、紹介してもらえませんか?」

「なん……だって?」


 さっとエリクさんの顔が青ざめた。

 慌てて職員の手元の書類をガサガサして、何かを探している。

 

「明日の俺の予定を丸1日完全に空けてくれ! あの魔法制御が壊滅的なソニアに訓練を付けられるとしたら俺くらいだ!」


 見つけ出した書類を職員に突きつけて、エリクさんが叫ぶ。

 普段おちゃらけたところの多い彼がこんな切迫した表情をするのは珍しい。


 ――つまり、ソニアはそこまでの危険物なのか……。

 というか、エリクさんって風魔法使いだったのか。てっきり見た目で物理系だと思ってたけど。


「ジョー、ソニアの師匠には俺がなる。だから」


 エリクさんの眉間に深い皺が刻まれていた。いっそ悲壮な覚悟を決めたかのような表情で、彼は一言付け加える。


「ベーコン売ってくれ」


 真顔で言われた一言に、俺は思わず肩を落とした。

 ベーコンか。マジ顔で言うことじゃないと思う。

 まあ、ギルドで燻製したときも言われたしな。

 

「……わかりました。お礼に差し上げますよ……。まさかソニアが魔法制御が駄目だったなんて知らずにすみません。大工ギルドとベーコン乾燥で《送風》してたのしか見てなかったので」

「《送風》はな……。ありゃ、ほとんど杖任せだ。ある程度の魔力がある奴なら、杖を構えてるだけでもできる。まあ、突風吹かせたりしてなかったなら、昔よりは多少ましになったのかもしれんな」

「エリクさんは風魔法使いだったんですね」

「おう、俺は風と土の2属性だ。よく戦士と間違えられたけどな。まあ、そっちも多少囓りはしたぞ」


 やっぱり間違えられてるんだ。

 だよな、ガタイはいいし、いかにも「歴戦の冒険者」らしい外見だし、義足だし。

 前衛で戦って負傷して引退して今は副ギルド長、みたいな経歴なのかと思ってたよ。


 

 そして翌日の朝、緊張気味のソニアと、何故かもっと緊張してるエリクさんを訓練場で引き合わせて、昼に差し入れを持ってくるよと励まし、俺とサーシャはその場を後にした。

 いくつかの軽い用事をこなしてから蜜蜂亭へ行き、ソニアとエリクさんが訓練場にいるから差し入れしたいと相談すると、レベッカさんは昨日のエリクさんと同じレベルの真顔になった。


「ソニアって、ソニア・クエリーよね? あの『暴風娘』の」

「有名なんですか!?」


 昨日俺から一通りの説明は聞いたが、エリクさんの生の反応は見ていなかったサーシャが驚いている。


「大変だわ……。昼食の差し入れの定番ならサンドイッチだけど、多分ふたりとも固形物が喉を通る状況じゃないわよ。この前の麦粥をアレンジして作るからちょっと待っててくれる?」

「そ、そんな大事なんですか!?」


 疲労困憊で固形物が食べられない状態、というのは俺にも経験がある。でも、魔法の訓練でそこまでなっちゃうものなのか!?


 そして俺たちは、「差し入れの定番」のサンドイッチを昼食に食べながら、レベッカさんが麦粥を作るのを待つことにした。

 いつもは粗く挽いた大麦を使うんだけど、今回は細挽きの穀物を使っている。ベーコンもかなりみじん切りになっていて、見た目的に病人食っぽい……。


「はい、できたわよ。こっちはレモンの蜂蜜漬け。水は大丈夫ね?」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 サーシャが会計を済ませている間に、俺は差し入れの食べ物を魔法収納空間へしまう。

 そして、目の前にあるギルドの訓練場へ向かったんだが……。


「これは……凄いことに」


 サーシャが隣で呆然と呟く。俺も全く同感だった。

 それしか言葉が出てこない。


 あちこちが抉れた地面、バッキリ折れている木人形、そして、壁に手を付いてぜえぜえと荒い息をついているエリクさんと、同じく肩で息をしながら座り込んでいるソニア。


 これは、確かに固形物が食べられる状況じゃなさそうだ……。

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