100 続々・山とテントを語る会

 サイモンさんが実家から解放されて引っ越してきたのは、空間魔法講習会の直後だった。

 ショーンさんとアンナさんに挨拶して、お店が賑わっているのを見て安心した。オールマン食堂の経営が安定したのも嬉しいけど、自分の故郷の料理が受け入れられているのも嬉しい。


「ジョーはん、来月になったらな、パーグへ交易船が出るそうなんやけど。一緒に行こか?」


 ショーンさんがそう声を掛けてくれて、俺は「行きます」と即答しかけてぐぬぬぬぬ、となった。

 最近の魔物の謎の活性化を受けて、ギルド長から「高ランク冒険者はあまり遠くへ行かないで欲しい」と通達が入っている。タイミングが悪い!


「行きたい、行きたいんですが今行けなくて……。醤油の他に、味噌と鰹節と昆布とみりんとお米があったら買ってきてください!」

「残念やなあ。ほんなら、欲しいモンは紙に書いといてな、米はあれやろ? こっちで食べてるのと違う、パーグの粘り気の強い米」

「そうそれ! それです! やっぱり存在したー!」


 俺は涙を流しそうになった。こっちでは米は穀物としてみられるのが半分、野菜としてみられるのが半分みたいな感じで、主食じゃなくて付け合わせになってることが多い。丸くて粘り気の強い日本の米と違って、細長くてさらっとした食感のものだ。香りはあるけど、甘みがいまいち。

 ……いや、現代日本の品種改良された米の美味しさは求められないと知ってるんだけど! でも炊いてほかほかしているご飯が食べたいんだ!

 

 ショーンさんにメモを託している間に、サイモンさんの準備が終わった。実家が近いからサイモンさんは最低限の荷物しか持っていかないらしい。レヴィさんの持ち物も相当少ないけど、それより少ないくらいだ。

 それを収納して、サイモンさんと共にハロンズの家へ移動。家を見たサイモンさんが驚いていたので「幽霊物件だったので370万マギルだったんですよ」と言ったら、ニヤリと笑って「そら、いい買い物をしましたな」と言われた。


 サイモンさんの引っ越しはあっさり終わり、俺はコリンとテントの骨組みのことを相談することに。

 食堂でコリンと金属についていろいろ話し合う。俺は金属にそれほど詳しくないし、精錬のことになったりしたらもうお手上げだ。

 軽くて、強度があって、できればしなりもある程度ある金属――アルミニウムの作り方は俺ではわからないしなあ。


 コリンとふたりでうんうん唸っていたら、玄関のドアがガチャッと開いた。


「ジョーくん! 遊びに来たよ!」


 教授だった……。この人、うちのドアをノックしないんだよな……。誰かしら中にいるってわかってるみたいで、自分の家みたいに上がり込んでくる。しかもうちに来てるってわかってるから、ルイも一定時間が過ぎないと呼びに来ない。すっかり身内認定されている。

 そして、暇さえあれば俺から地球の知識を聞き出そうとする。地味に大変だ。


「あー、教授だー。こんにちはー!」


 コリンが元気よく挨拶すると、教授はいつものようにニコニコしながら勝手にコリンの隣に座った。


「そうだ、ジョー! 教授に相談しようよ! テントの骨組みのこと」

「あああ、そうだー! きっと教授ならいい案を出してくれる!」


 灯台下暗しって奴だ。ハンドミキサーの仕組みをあっという間に作ったり、多方面に知識のある、しかも発想が飛んでるこの人ならきっと何か面白いアイディアを出してくれる気がする。


「ふむ? とりあえず話を聞こうか」

   

 俺はドームテントの構造図を広げ、ポールや布の素材について悩んでいることを教授に説明した。

 今よりも居住性が高く、軽くて持ち運びのしやすいテントが欲しい。そのために軽くて丈夫な金属はないか模索している。――そう言った途端、教授はごくごく当たり前の顔でとんでもないことを言いだした。


「ミスリルでいいじゃないか。軽いし強度もある」

「えっ……」

「軽いし強度もあるけど、高いよ!?」


 ミスリルを、テントのポールに!?

 その発想はなかった! 確かに軽くて丈夫だけど! あと、コリンが言う通り、高価だ。


「高価だが、錆びたりしないし恐ろしく長持ちするものができるよ。それこそ、一度買ったら紛失しない限りはずっとパーティーの財産になる」

「で、でも、初心者パーティーが購入するには高価すぎる……そうか、ギルドでお金を取ってレンタルにしたり、支払いを分割にすればいいのか……な?」


 そうするとギルドを巻き込むことになるけど、あのギルド長なら大丈夫な気がする。持ち逃げしたらペナルティーとかがあれば、そうそう馬鹿なことをする人間もいないだろうし。


「ミスリルでポール、行ける気がしてきた……コリン、強度を落とさずに材料を減らす方法とか知らない? 俺が知ってるのだと溝を入れたり、パイプの中を空洞にしたりとかあるんだけど」

「テントに必要な強度を保ってできるだけ素材を減らすんだね。それでもミスリルの剣とかよりはずっと材料が必要だけど。ギルドで親方たちに相談してみるよ」

「とりあえず一個試作しよう。それから原価考えよう。販売じゃなくてギルドで貸し出しにしてもらえば、一度使うのにめちゃくちゃな金額とられないと思うし、今のテントよりずっと快適だから遠出の時には体力に関わってくるし」

「そうそう、ひとりひとつではなくてパーティーでひとつ持てばいいようにすればいい。それに布とポールを別にすることで、ポールの強度を最大限に生かせる。布が駄目になってもその部分だけ買い換えればいいということだね。

 貸し出しではなく買うにしても、買い換える必要がなくて一度買えばずっと使えると思えば冒険者の必携品になるだろう」


 俺たちが急にバタバタし始めたのを、出しておいたジンジャーシロップで勝手にジンジャーエールを作って飲みながら教授がニコニコとして見ている。……この人、ルイがいると何もしないけどそれなりに自分で自分のことやるんだよなあ。いつものあれは完全に甘えか、ルイの存在意義に配慮をしてるんだろうな。


「後は布だよ! 教授、何かありますか?」

「撥水性と丈夫さという点では、この間のヒュドラの皮なんかが一番だね」

「そ、そんな希少素材を求められても」

「水を弾くという点なら水魔法で防水効果を付与することもできるが、多分今あれを使える魔法使いは僕だけだね。僕が作った魔法だから」

「無茶を言わないでください……数が作れないじゃないですか」

「ははは、後は蜘蛛の糸で布を織るという手もあるよ。蜘蛛の糸はとても強さがあって水を弾く。雨上がりに蜘蛛の巣に水滴がついているのを見たことがあるだろう? まあ、蜘蛛の糸も友好的なアラクネでもいない限りは集めるのは至難の業だが」


 そうだ、蜘蛛の糸って凄い強度があるんだよな。それより更に強いのがミノムシの糸だと聞いて、昆虫おかしいだろって思った覚えがある。

 ……待てよ、友好的なアラクネでもいない限りって。


「います! アラクネの知り合いいます!!」


 そうだ、俺にはレナというアラクネの知り合いがいる! レナに頼めば蜘蛛の糸で織物が作れる!! しかもあの村、元々織物の産地だから設備はバッチリだ!!

 俺の言葉に教授が凄い勢いで立ち上がり、俺の肩を掴んで真顔で「詳しく!!」と叫んだ。もしかしたらこの反応を見る限り、ヒュドラの皮から続く一連の話は単なる無茶振りだったのかもしれない。


「行きましょう、今から!」

「いいね! 是非連れて行ってもらいたい!」

「ジョー、俺も連れて行って!!」

「あっ、お土産お土産」


 俺は厨房へ行って、メレンゲの入っている瓶をひとつ持った。そして、レナたちの村へのドアを開く。

 山間の村は緑の匂いが濃くて涼しく、息を吸うとほっとする。

 俺たちが現れたのを見て、近くにいたキールが駆け寄ってきた。


「あっ、兄ちゃん久しぶり! 今日はどうしたの?」

「こんにちは、キール。レナとアニタさんに用事があるんだけど」

「レナならあそこのでっかい木のところで子守してるよ。アニタさんは家だと思う」

「ありがとう! あっ、そうだ。キール、口を開けて」


 素直に開けたキールの口に、メレンゲをひとつ放り込む。それをカリカリと噛んで、ぱっとキールは顔を輝かせた。


「なにこれ、美味しいよ!」

「メレンゲっていうお菓子だよ。また持ってくるね」

「ありがとう、兄ちゃん!」


 スティレア織りを増産して欲しいっていう話もあるし、この村には今後もっと足を運ぶことになりそうだな……。

 レナは前回と同じく木にハンモックを作って、そこで子供たちを遊ばせていた。キャッキャという子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


「これは、蜘蛛の糸で作ったハンモックかい!? 乗ってみたい! 僕も乗ってみたいんだが!」


 見た瞬間教授が突進していって子供たちとレナがビクッとしていたので、俺は慌ててコリンと一緒に後を追った。


「教授、待ってください! ほらみんな驚いてるじゃないですか」

「お兄ちゃんだ! 聖女様は?」

「ごめん、今日は一緒じゃないんだ。レナとアニタさんに用があってきたんだけど、一緒に来てもらっていいかな」

「うん、いいよ」

「ジョーくん、そのアラクネの彼女を紹介してくれないか!?」


 無理矢理ハンモックに乗り込んだ教授が、はしゃぐ子供たちを抱き上げながら凄い勢いで要求してくる。あれ、この人もしかして子守できるのか? 養護院で育ったって言ってたから、本当にできるのかもしれない。

 

「アラクネのレナです。レナのことは後で説明しますが、この村の一員ですよ。精神的には完全に人間なので安心してください」


 大蜘蛛に生け贄にされたとかそういう悲しい過去はレナの前で喋りたくはない。教授はひとつ頷くと、ハンモックの上でバタバタしてその反動を楽しんでいた。自由だなー。


「ジョー、アラクネの知り合いがいるなんて凄いね! 俺はコリン。ジョーの親友だよ、よろしくね、レナ!」


 堂々と俺の親友を自称するコリン……。いや、コリンのそういうところ別に嫌いじゃないけども。


「この前サーシャと一緒にケルボに行っただろう? あの時途中で知り合ったんだ」

「あ、サーシャとふたりで行った時の……ふーん」


 途端に目が冷たくなるしな! 何に対抗してるんだ、何に!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る