93 天才VS天災

 バタバタという複数の足音。

 俺の叫び声にも教授はニコニコとしたまま動じていなくて、ルイだけが頭を抱えている。


「上位聖魔法が使える人って誰だ!?」


 応接室にレヴィさんが駆け込んできて、教授とルイを見て「ああ……なるほど」と呟いた。続けてソニアがやってきて、「ああー……」と同じニュアンスで呟く。

 なんだろう、その、若干がっかりした様子は。


「微妙に残念そうな顔をされている理由がわからないのだが?」

「いや、正当な評価だと思うぞ。冒険者って柄じゃねえしな」

「そうは言っても、僕も一応星2冒険者ではあるんだが」

「えっ!? 冒険者ギルドに登録してるんですか!?」


 俺、コリン、レヴィさん、ソニア、それぞれの「えっ!?」が室内に響く。


「してるんだよ。ギルドに登録しねえで勝手に魔物狩ってると睨まれるからな」


 ルイが深い深いため息をつく。これは以前に何かやらかしたと見た……。


「でも、だって、学者なのですよね? その、男爵は」


 ソニアがこんなに困惑した声で喋るのは聞いたことがないな。


「学者だよ。だが、座学だけで研究がなせるわけではない。僕は必要があればどこへでも行くとも」

「行きそうー」


 コリンが笑いながら言った。そうだよな、鍛冶ギルドにふらふら「面白いことはないか」って立ち寄る人だもんな。


「ああ、コリンくんの口調については気にしないでくれたまえ。僕もルイくんも生まれも育ちも平民でね。僕なんて孤児で15歳までテトゥーコ神殿の養護院で育ったから貴族らしいことは何もできないんだ」

「だからテトゥーコのプリーストなのか」


 何か納得したようにレヴィさんが頷いたけども、ジンジャーエールを一口飲んだ教授は「違うよ」とバッサリ切り捨てた。


「養護院の先生たちにはプリーストになれプリーストになれとしつこく言われたんだけども、僕は魔法の研究がしたくてね。15歳で独り立ちしてから独学で勉強をして、入学試験で史上最高点を叩き出して奨学金を貰って国立大学院に入って、自分で立てた理論で4属性魔法使いになった。それをルイくんにも試してもらって、再現性も実証できた」

「できちまったんだよなぁ……」

「それで聖魔法についても研究したくなって、20歳を過ぎてからプリーストの修行を始めて4年で上位聖魔法を習得したんだ。最年少記録はそちらの聖女だそうだが、最短記録は僕だね」


 ……天才が飽和してるな……。

 努力型とはいえサーシャも天才だし、ソニアもある意味天才だし、教授に至っては本物の天才だ。


 俺が教授の規格外っぷりに呆然としていると、ソニアが急に目の色を変えた。


「あ、あの! その自分にない属性を後天的に獲得する方法だけど、私もできるかしら!」

「もちろんだよ! 属性というものはあくまで向き不向きに過ぎない。魔力が一定基準を超えれば自分に適した属性の魔法が自然と使える。それが現状の『魔法』だよ。これは幼い頃から発現するから無意識に自分に合った魔法を使っているのであって、意識的にやれば他の属性も使えるようになるんだ。4属性魔法というのはそういうものだね。聖魔法になるとまた理論が根源から違っているのだが。君もやってみるかい?」

「成功率めちゃくちゃ低いぞ……」


 笑顔の教授に対して、テンションが低いルイが怖い。なんか怖い人体実験とかするんだろうか。



「……と、これが風魔法の《送風ブロワー》の魔法式だ。これを図に表すとこうなるね。風魔法の中核であり、最も基本的かつ単純な構造をしている。ここの回路が魔力を空気の流れに変換する役割を持っていて、全ての風魔法にはこれが共通している。これが《突風ガスト》の魔法式だ。出力を上げる機構がひとつ付いて、図に表すとこうなっていて……」


 応接室では、突発的に教授による魔法の勉強会が始まっていた。

 ソニアは真剣な顔でそれを聞いていたけども、図や式を見せられても眉の間に皺が寄るばかりで納得できた様子はない。

 

「どうしよう、私風魔法使いなのに、ちょっと何言ってるか全然わからないわ」

「安心しろ、教授以外誰もまともにわからねえから」

「なんでルイはわかっちゃったの?」

「あれは子供心にはなんとなく『へー、そうか』でやってみるとできるんだよ。俺以外の成功例も10歳以下の子供ばっかりだ。大人が聞いてできるようになるとは思えねえな……」


 身も蓋もないな……。でもある意味「子供のうちなら属性を増やせる可能性がある」とも取れるな。


「風魔法使いなら、反対属性の土を覚えるよりも水を覚えた方が汎用性が高いよ。《氷柱アイシクル》なんてほとんど生活魔法だしね」

「《氷柱アイシクル》!? あれを使えるようになれたら凄く良いわ! 夏は死ぬかと思ったもの!」

「《氷柱アイシクル》は《水生成クリエイトウォーター》もしくは《水操作マニピユレートウォーター》と《送風ブロワー》を組みあわせているからね。これが《水生成クリエイトウォーター》の魔法式。これを図にするとこう。《送風ブロワー》と重ね合わせるとこうなって、これがそのまま《氷柱アイシクル》の魔法図になるんだよ」

「えっ!? そんな簡単なことなの!? そういえば、水魔法使いと一緒に氷生成をする時って、私は《送風ブロワー》で相手は《水生成クリエイトウォーター》だわ」

「魔法を分析していくと、小さな回路の組み合わせでできていることに気付いたんだ。《水生成クリエイトウォーター》は水魔法の根幹になる、風魔法で言うところの《送風ブロワー》と同じ魔法だよ。発生させるのが水か風かという違いだけだね」


 ソニアはまじまじと教授の書いた図を眺め、杖を取り出した。

 半信半疑と言った顔ながら、杖を構えて集中している。


「《水生成クリエイトウォーター》」


 ソニアが呟いた途端、杖の先から水がドバッと噴き出した!

 えええええええええええ!!!!


「嘘ーっ! できたわー!!」

「マジかよ……大人で成功したの初めてだぞ」

「ほら、ほらルイくん! 僕の理論は合ってたじゃないか! じゃあ、《送風ブロワー》と《水生成クリエイトウォーター》を同時にやってみよう。それぞれの制御が必要だが……」

「えーと、えーと……ここの回路がこうで魔力をこっちの流れに乗せるのよね……えーい、《氷柱アイシクル》!」


 今度は杖が指した床から、一気にビキビキと氷の柱が育っていく。これは前に盾の特訓をした時メリンダさんが使ってた魔法だ!

 ていうか、勢いが凄すぎて氷の柱が天井にぶち当たった! それ以外のところも凍り始めてるし!


「ソニア、凍ってる、凍ってるから止めて! このままだと天井ぶち抜く!」

「止め方がわからなーい!」

「ソニア、室内で魔法を暴走させるな!」

 

 その後、ソニアは部屋の半分を凍り付かせてやっと魔法を止めることができた……。

 教授は大喜びだったけどルイは複雑な顔をしていて、ソニアは嬉しさ半分困惑半分という様子だった。


 ソニアはさ……室内で魔法を使っちゃ駄目だと思うんだ……《送風》以外のものは……。



 いくつかの水魔法の魔法式と図を書き残して、教授はスキップをしながら帰って行った。「何か依頼があったら手伝おう」という言葉を残して。

 ルイは残って掃除を手伝ってくれると言ったんだけど、氷を壊すのは大変そうなので周囲に水を吸い取るための布を置くのだけ手伝ってもらった。

 口は悪いけどいい子だなあ……。


「どどどどどうしよう! 私水属性の魔法が使えるようになってしまったわ!」

「制御が相変わらずだけどね……」

「ちょっと外で《氷柱》をもう一回試してくるわね!」


 一度ソニアは外に飛び出していったが、何故かすぐに戻ってきた。

 解せぬ、って顔に書いてある。


「できなかった……《水生成クリエイトウォーター》単独でもできなかったわ」

「えっ、なんで」

「自分でもわからないけど、さっきはできたのにできなかったのよねえ。図を見ながらじゃないと駄目なのかしら。でもそれだと街中とかの安全な場所で集中しないと駄目ってことになるわね。えーと、魔力をこう流してここで水と混ぜて……あら? そもそも水と混ぜるって何? 何を何と混ぜてるの? 概念!?」

「あー、我に返ったな。こうなるともう駄目なんだぜ」


 スティレア織りの端切れを持ったルイがぽつりと呟いた。


 そして、ソニアはそれ以降いくら図を見ても水魔法を再現できることはなかった……。

 


 ルイが帰ってから、今度は普通にサーシャの部屋のドアをノックする。


「サーシャ、教授たち帰ったよ」

「はぁ……よかったです……」


 サーシャはベッドの上で、テンテンを抱きかかえた状態で座り込んでいた。薄いとはいえ毛布まで被っていて、雷に怯えている子供のようだ。

 そういえば、暑さのせいかこの家に越してきてから何度かゲリラ豪雨があったんだけど、雷が鳴るとクロが怖がってベッドの下に潜り込んじゃうんだよな。可愛いんだけどちょっと可哀想だ。

 賢い聖獣だけども、そういうところはとても犬っぽい。

 テンテンの方は雷が鳴ってもあんまり気にしてないな。マークさんが鍋を落として凄い音を立てた時にはさすがにビクーン! ってしてたけど。


 教授が帰ったと聞いてほっとしているサーシャだけど、残念なお知らせをしなければいけない。はぁぁぁぁ……。うっかりしてたよ。


「サーシャに残念なお知らせです」

「えっ、なんですか?」

「あの教授とルイ、今度の依頼手伝ってくれることになった」

「えええええっ!? なんでそんなことになっちゃったんですか!」

「ごめん……。上位聖魔法が使える冒険者パーティーに所属してない人って希少だから……」


サーシャのベッドに腰掛けながら、申し訳なくて頭を下げる。

 

「ああああ……そ、そうですね……レヴィさんたちもそれを気にしてましたもんね……。でもあの人に会うとどうやって聖女になったかとか問い詰められるはずで、そうしたらあの時のことを話さないといけなくて! ひゃああああ! 目の前で好きな人がいきなり殺されて、それを生き返らせるためって物凄く自分勝手では!? こんな理由で聖人や聖女になった人なんて歴史上きっといませんよ!」

「サーシャ、サーシャ、落ち着いて。俺が細かいところは省いてざっと話しておくから。テトゥーコ様に実際に会ってるのも俺だし、きっと俺の方に釣られてくれると思うから」


 実際さっき俺が異世界で生まれ育ったって言った時の教授の目の輝き方、凄かったもんな……。


「じゃ、じゃあ、お願いします……」


 サーシャが小さな声で答え、俺の肩に頭をもたれかけさせた。

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