32 泡立て器と小さな疑念

 サブカハのタンバー神殿を調査に行った冒険者が戻るまでには、約4日かかるそうだ。

 その間に俺たちはただ待機しているのももったいないので、薬草摘みの依頼や殺人兎キラーラビツトとの修行をこなしていた。

 

 それとあとふたつ。

 ひとつ目は大工ギルドへ行って風呂桶の発注。四角い枡状のものに脚を付け、底に栓をすることで排水する仕組み。

 ヒノキは生憎なかったけど、存在はしてるらしくて、ときどき入荷するらしい。

 とりあえず、今回は木は何でもいいので作ってもらって、ヒノキが入ったらその時にも作ってもらえるように頼んでおいた。


 ふたつ目は、鍛冶ギルドへ行って、泡立て器を図に描いて作れる人はいないかと訊いたことだった。

 鍛冶ギルドのマスターと図を見ながら相談していたら、俺と同じくらいの年頃に見える青年が横から図を覗き込んできた。


「親方! これ、俺が作ってみたいです!」

「おお、コリン、やる気だな。まあ俺も作り方は考えていたが、まずはお前がやってみろ」

「はい! ありがとうございます!」


 コリンと呼ばれた青年は、明るい茶色の髪で顔にはそばかすが浮いていて、背丈も俺とあまり変わらないし、なんだかクラスメイトを見ているような気分になる。

 チーズ蒸しパン好きそうな感じ。

 

「じゃあ、詳しく説明するから」

「はい、お願いします。えーっと」

「俺はジョー。呼び捨てでいいよ。見たところ年頃も変わらなさそうだし」

「そっか。聞こえてたと思うけど、俺はコリン。よろしくね」


 鍛冶ギルドといったらドワーフみたいな強面で頑固でごつい人ばかりなのかと思ってたけど、コリンは明るくて物腰も柔らかい。

 詳しく話を聞いてみれば、鍛冶屋というより金属加工で細かいものを作るのが得意らしい。まさに俺の頼みたいことにうってつけの人材っぽい。


「変わった形だけど、何に使うものなの?」

「これは、卵とかクリームを泡立てるためのものなんだ。今はフォークでやっているけど時間が掛かるから、たくさん空気を含ませるために、こう、何本ものワイヤー? で一気に混ぜられるようにって考えた」


 考えたのは俺じゃないけど、それはこの際仕方ない。

 コリンは目を輝かせて俺の話を聞き、細いワイヤーを用意してパキンパキンと切ると、先端の部分をその場で作って見せた。

 うん、ここまではいいんだ。これだけだったら俺でもできる。

 問題はこの先で。


「基本的な形としては、これに柄がつけばいいんだけど、この先端のワイヤーがもっと固いものじゃないと、混ぜてる間に曲がっちゃうんだ」

「なるほどねー。それは確かに素人では取り扱いが難しいかもしれない」

「もっと固い金属を、こうやってぐにーっと曲げて。できればあまり太くなりすぎないといいんだけど」

「うんうん」


 俺とコリンは物凄く真剣に、「曲げられる程度の柔らかさと、ものを混ぜても変形しない程度の固さ」を持った材料の選定に頭を悩ませた。

 それは学校で友達と解けない宿題を囲んでうんうん言っていたのと凄く似ていて、なんだかとても楽しい時間だった。


「おい、コリン。ここが鍛冶ギルドだって事を忘れるんじゃねえぞ」

「あっ、すみません、親方――あああっ、そうだ! わかったよ、ジョー。明日までに作っておくから、また明日来てくれるかな」


 何かひらめいたらしいコリンの様子に頷いて、俺はその日は鍛冶ギルドを後にした。

 そして翌日に殺人兎との特訓の後鍛冶ギルドに寄ったら、まさに俺の思い描いていた泡立て器ができていた!


「えっ、本当に1日で、というかひと晩で作ったんだね? コリン凄いよ!」

「へへへ、昨日の親方の一言、俺たちのお喋りがうるさいとかじゃなくて、助言だったんだよ。確かに固い金属を使うと曲げにくいんだけど、熱を加えれば曲げやすくなるからね」

「そっか!」


 目から鱗が落ちた。金属は熱を加えると曲がりやすい。言われてみれば当たり前のことだけど、昨日試行錯誤していたときにはすっぽり頭から抜けていた。

 凄い、やっぱり餅は餅屋だ。

 ちゃんとワイヤーは持ち手の内側に溶接されてるし、握った感じは間違いなく泡立て器。

 

「試してみていいかな」

「うん、いいよ」


 俺は見えないファスナーを引いて、器と砂を取り出した。

 手持ちのもので考えられる限り、これが一番混ぜたときの感触が重いだろう。

 何度かぐるぐるしてみたけど、ワイヤーが曲がる感触はなく、砂の上には俺が泡立て器で描いた模様が残っていた。

 おお、これはバッチリだ!


「コリン、凄いよ、思った通りの――どうした?」


 試作の泡立て器の出来を褒め散らかそうと思って顔を上げたら、コリンが目を点にして立ち尽くしていた。


「今の――なに? 何もないところから突然器と砂が出てきたけど」

「あ、ごめん。説明してなかったら驚くよね。俺は空間魔法使いで、無詠唱なんだよ」


 途端に鍛冶ギルドの中がざわっとして、コリンは今度は限界まで目を見開いていた。


「無詠唱空間魔法……? 聞いたことないよ」

「物凄く珍しいみたいだよね」


 俺はそんな言葉でごまかした。嘘じゃない。俺という実例がいるから、物凄く珍しいのは嘘じゃない。

 そして、気がついたら背後に鍛冶ギルドのマスターが立っていて、肩に手を置かれていた。


「空間魔法使いと言ったな。仕事を頼んでもいいか?」

「予定が空いてるときでしたら……」

「鉱山で採れた鉱石を運搬して欲しい。なにせ、重くてかさばるから金が掛かって仕方ないんだ。採掘所の側に製錬所を作れりゃいいんだが、魔物が出るもんでな」

「それは確かに困りますね。魔物退治もできますよ。というか、ヘイズさんに頼んだりしなかったんですか?」

「ヘイズか、頼んだことはあるんだが、そういう仕事は受けないって断られてな」


 またか……。ヘイズさんとは一度しか会ったことがないけど、物腰も柔らかかったし、誠実そうに見えた。

 なにか、仕事に関する熱いこだわりでもあるんだろうな。俺には理解できなさそうだけど。


「今は次の依頼が入るかどうかの待機期間なので無理ですが、多分その仕事が終わったら予定が空くので大丈夫だと思います。俺は星5のサーシャと一緒に仕事をしてるので、だいたいの魔物だったら対応できると思いますし」

「あの『殴り聖女サーシャ』か! あんた凄い人だったんだな! そういえば最近空間魔法使いと組んだって聞いたが、そうか、あんたがねえ……。うん、いい、いいぞ。ヘイズみたいに『自分は特別です』って顔をしないで、気安く仕事を受けてくれるところが俺は気に入った!」


 鍛冶ギルドの親方は俺の背中を思いっきり叩き、俺は思わず咽せた。

 同じようなこと、大工ギルドの棟梁にも言われたんだよな。

 頭の片隅で、何かが引っかかる。

 

 ヘイズさんは確かに空間魔法の修行料として50万マギルを付けてきたりしたけど、それは特別すぎるスキルだからだと思っていた。教える人間がオンリーワンなら、市場原理で高値が付くのは当然。

 空間魔法は特別。まあ、それは希少性でいったら特別かもしれない。

 でも、それを使える自分が特別って思い始めたら、どこかで道を間違えるんじゃないだろうか……。


 そういえば、特定のパーティーに所属すると不公平になるから、毎回雇われて仕事してるって最初に聞いたな。

 もしもあれが、「特別な自分」の行き着いた先だとしたら――。


 いや、考えるのはやめよう。

 俺とヘイズさんは同じ空間魔法使いでも別の人間だ。

 あの人にはあの人の、俺には俺のやり方がある。


 

 その後はコリンと一緒にレベッカさんの店へ行き、泡立て器を使って砂を混ぜてもらった。これならプリンの卵液が簡単に混ざりますよと説明したら、凄く感動している。


「柄がもう1回り細いといいわね。私が握るにはちょっと太いわ。細くするのは本当に少しでいいわよ。きっと細すぎると握るときに力が入らないでしょうし」

「コリン、それで5個くらい作ってもらえるかな」

「待って、ジョー。20個くらい作ってもらっていいわよ。ルゴシの店に置きましょう。私も宣伝するわ。これは料理人は欲しがる品物よ」


 確かにクエリーさんの店に置いたら売れるかも。

 急に話が大きくなってコリンはあわあわしてたけど、「俺が原材料を買ってコリンに加工を依頼し、クエリーさんの店に卸す。コリンが自力で原材料を買えるようになったら、コリンが好きなだけ自分で作って直接卸す」ということで話がまとまった。


 

 泡立て器ができると、いろいろ便利になるな。

 そんなことを考えている間に、アーノルドさんたちが依頼を終えてネージュに帰還して、ついでにサブカハのタンバー神殿を調査していたパーティーも戻ってきたとギルドから報告があった。


 結果としては、黒。

 周辺の野生動物は姿を全く見せず、この辺りに棲んでいた狼の一部がカンガに逃げていったのは間違いないようだった。

 そして、神殿は入り口近くに黒い犬型の護り手のようなものがいて、中に入ることはできなかったそうだ。


 ギルドからは正式に、俺たちとアーノルドさんのパーティーに「調査と解決」の依頼が出た。なんと報酬は150万マギル。

 マジか? と思ったけど、タンバー神殿からの依頼になったかららしい。

 確かに、タンバー神殿としては放置できる事態ではない。神殿だからお金を持ってるのも納得だ。

 

 サーシャから話を聞いたソニアが凄い勢いで計算し、「18万……」と呟いて卒倒した。

 正確に言うと18万7500マギル。それにソニアが貯めた8万マギルとこの前の報酬を足したら、30万マギルまで本当にあと一歩だ。


 だけど、報酬が大きいということはそれだけ危険な依頼であるはずで。

 俺は死の神殿という不吉な名前に少し怯えながら、アーノルドさんたちと合流した。


 今夜はソニアの顔合わせを兼ねて、また一緒に食事をするのだ。

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