33 山とテントを語る会
ソニアとアーノルドさんたちとの顔合わせを兼ねた夕食は、蜜蜂亭で食べることになった。いつもの宿屋でもいいんだけど、やっぱり一度知ってしまうとこっちの方が美味しくていいんだよな。最近俺の影響で新メニューも増えたし。
レベッカさんの人柄もあるせいか、冒険者だけじゃなくて普通に街の人も利用するから、あまり場が荒れないのもいい。
「風魔法使いのソニアです。訳あって一時的に冒険者をしているの。未熟者だけどサーシャとジョーのおかげでなんとかやれてるわ。よろしくお願いします」
ソニアの口から「未熟者」なんて殊勝な言葉が出たことに俺は驚いていた。
いや、間違いなく未熟者なんだけどさ……。
「ソニアさんは1度の依頼で星2に上がったんですよ。エリクさんの直弟子で、風魔法の威力だけならネージュ支部でも指折りだそうです」
サーシャの紹介が、ほとんど詐欺だ……。
嘘じゃないけど、重大な欠点をほとんど言ってない。
確かに初対面の紹介で「竜巻の制御ができずに暴走する」とか「魔法制御が下手すぎてエリクさんに剣士になれと言われまくった」とか「結婚詐欺に遭って家を勘当されて、店の金庫からちょろまかした30万マギルを貯めるために冒険者やってる」とは言いにくい。
「ほら、アーノルド、新しい妹ができたわよ」
「いや、俺的には妹じゃないな」
一通り名前と職業だけの簡単な自己紹介をした後で、メリンダさんがアーノルドさんをつつく。けれどアーノルドさんはあまりテンションが上がっていない。
そうか、年下ならなんでもいいってわけじゃないんだ。
ソニアはアーノルドさん的な「可愛い」の基準からは外れるらしい。
可愛いというよりは美人だしな。
「い、妹?」
状況を飲み込めていないソニアだけが狐につままれたような顔をしていて、アーノルドさんに向かって一言尋ねた途端に例のアレが始まってしまった。
「俺の好みは年上の未亡人なんだが、年下でも健気で可愛い子は好きだ! ただし、恋愛対象にはならないけどな! だから、可愛いサーシャとジョーは妹と弟なんだ! この前大規模討伐でガツリーに行ったときも俺のことを『お兄ちゃん』と呼んで声援を……」
「そのくらいにしておけ。初対面なのにソニアが困ってる」
慣れた動作でレヴィさんがフォークに刺した肉をアーノルドさんの口に突っ込んだ。むごむごと何か抗議をしながら、アーノルドさんは口の中の肉を噛んでいる。
「ごめんねー、勇者なんて大層な肩書きが付いてるのに、中身はこんな感じの変態なのよー。外見が良いだけに、尚更残念度が高いのよねー」
「だいたいいつもこんな調子だから、こいつのことはただの馬鹿だと思ってくれていいぞ」
「私とジョーさんも、お兄ちゃんと呼んでくれって何度も言われていて断ってたんですが、大規模討伐の時にはやむを得ず……」
メリンダさんとギャレンさん、そしてサーシャの、悪口にしか聞こえない、しかし真実100%の説明が入った。「でも面倒見はいいんだよ」くらいはフォローしておこうかなと思ったけども、ソニアが上の空の様子で返事をしたので俺は言葉を発するのをやめた。
「は、はい……」
ソニアは少しぼーっとした様子で、アーノルドさんの方を向いている。
いや、違う。アーノルドさんの隣のレヴィさんを見てるんだ。
レヴィさんはスカウトという職業柄、前線で戦うタイプじゃない。その気になれば短剣と弓で戦えて強いらしいけど。
山の話とかツボにはまればすっごい喋るけど、普段は物静かで、穏やかだ。
そして、ソニア的に言うところの「冒険者らしい」タイプではない。付くべき筋肉はしっかりついてるけど、ギャレンさんやアーノルドさん、なんならエリクさんよりも細身ですらりとしている。
もしかして、これはジャストでソニアの好みなんでは!?
俺の予想は恐らく当たったようで、ソニアはその後もずっと食事の間中レヴィさんを見つめ続けていたのだった。
「ジョー、この前のテントの話の続きなんだが、今晩時間あるか?」
「約束してましたもんね、大丈夫ですよ。また宿の食堂で話しますか?」
そろそろお開きというところで、レヴィさんが親しげに俺の肩に手を乗せた。
確かに大規模討伐から戻ってきたらテントの改良しようと言ってたのに、バタバタしててできてないんだよな。アーノルドさんたちも依頼に出ちゃったし。
テント改良は、食事の改善と共に俺のライフワークだ。ちょっと大げさかもしれないけど。
俺の知識で冒険者が便利になって、俺がいつか死んだ後も少しでも快適に過ごせたらいい、そんな気持ちでやっている。
「あら、ふたりで何の話をしてるの? 私も混ぜてくれない?」
予想通り、俺とレヴィさんの間にソニアが割り込んできた!
俺とサーシャの間にちょっかいを出されるよりはレヴィさんと良い感じになって欲しいという下心はあるんだけど、俺とレヴィさんの「山とテントを語る会」にソニアが付いていけるとはあまり思えない……。
どうしたもんだろうか。
ちらりと様子を窺ったレヴィさんは、いくらか困惑しているように見えた。
「レヴィさんと山の話をしたり、テントの改良をしたりしてるんだけど、ソニアはそういう話がわかるかな……」
遠回しに「この話題は危険だよ」と警告をしたつもりだったんだけど、元々押しが強いソニアはその程度では引き下がらなかった。
「あら、テントの改良? 確かに今のテントって、重くてかさばるしあまり快適そうじゃないわよね。布も蝋引きじゃなくて、軽くて防水性のあるもう少し別の素材が使えたらいいんだけど」
「ソニア!?」
詳しい! ナンデ!!
「そうなんだよ! 俺とジョーもそれを気にしていて、ジョーは床のあるテントを提案してるんだ。ソニアが詳しいなんて意外だったよ」
レヴィさんのスイッチが入った!
こうなったらもう止まらないぞ!
「私の実家の店で扱ってるもの。品出し手伝ったこともあるけど、本当に重いわよね。父さんも素材が改良できたら、って考えてたわ。
最近ドレスによく使われてるサテン生地っていうのがあるんだけど、あれって意外に水を弾くのよ。その代わり耐久性は大幅に落ちるから、サテンだけではテントは難しいわねえ。――私、案外こういう話好きかもしれないわ」
サテンか! 文化祭でよく見るツヤツヤの布! 確かにあれなら吸水性が低くてテントには使えるかもしれない。
そうか、そもそもソニアはクエリー商会の娘だから、自分の家で扱ってたものなら詳しいんだな。それに女性特有のドレスの生地とかについても知識がある。
これは俺やレヴィさんに欠けてる部分だ。
「ソニア、君も『山とテントを語る会』に入らないか? いや、入って欲しい。俺やジョーにない知識を君が持っているなんて、もう運命としか思えない」
「は、はい……! 入ります!」
気がついたらレヴィさんがソニアの手を取って熱烈な勧誘をしていた……。運命って、こういう場面で使う言葉だったかな。
「そうか、ありがとう。一緒に歴史に残るテントを作ろう」
レア度の高いレヴィさんの満面の笑み!
イケメン度なら圧倒的にアーノルドさんの方が上だけど、レヴィさんの笑顔は少し照れが入ってて、親近感があるんだよな。
ソニアはレヴィさんに笑顔で手を握られて、完全にとろんとした目をしながらこくこくと頷いていた。
ソニア……この人、山とテントの話をしたいだけなんだよ、本当に……。
…………頑張れ。
俺は心の中で声援を送ることしかできなかった。
結局、ソニアがいかにもな冒険者が集まる場所は苦手だということで、俺たち3人は蜜蜂亭に引き返していた。アーノルドさんたちとサーシャは先に宿に戻っている。
「サテンを使うなら、丈夫な裏地がいるんじゃないか?」
「そうね、でも蝋引きにする必要がないから結果的に軽くなるわ。織り目の詰んだ綿布でも十分じゃないかしら。2枚重ねにすることで、風を防ぐ効果も高まると思うの」
「……ソニア! 天才だな!」
「ええっ、そ、そうかしら。そんなこと言われたの初めてよ。……でも、嬉しい」
俺はレヴィさんとソニアの会話に全く入っていけず、ただリンゴジュースをちびちびと飲んでいた。
思ったより、盛り上がってる……。
若干の嫉妬を感じるな。山とテントを語る会は男の聖域だったのに、みたいな。
いや、ここは俺の些細な感情に流されるべきじゃない。
俺の知ってるテントといったら、ナイロンやポリエステルだった。確かあれって原料が石油だったような気がする。ペットボトルを資源として再生して作ったりもしたし。
俺の知識はそのレベルで、この世界でナイロンやポリエステルを生産したりはできない。知識チートが俺にも欲しかったな! 料理以外で!
「一度試作してみたらいいと思うわ。如雨露で水を掛ければどのくらい耐えられるかわかるし」
「凄いな、今までは布の部分は全く話が進まなくて、構造的なところをジョーと詰めていたんだ。ありがとう、ソニア。君に出会えて良かった」
レヴィさん、それ口説き文句!
無自覚に使っちゃ駄目な奴!
そう思ったら、レヴィさんがソニアを見る笑顔もいつも俺が見慣れているものと少し違っていて。
あれ? 結局うまく行ってる……のか?
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