71 ソニアを称える日
北の18番通りにある帽子屋までは魔法で移動して、後はひたすら西に向かって歩く。
職員さんは初めての移動魔法に、子供に戻ったように喜んでいた。
「幽霊屋敷……」
「まだぼやいてるの? プリーストがいたら出てこないって言われてたじゃない。サーシャがいるから大丈夫よ」
「出てこないって言っても、どこかに潜んでるってことだろう? 『出てこない』だけでどこかにいるってことだよね!?」
俺的にはこれは正論だと思うんだけど、3人は一斉にため息をついた。
「ジョー、ネージュに行ってコディを連れてきたらどうだ? あいつは霊の気配に人一倍敏感だから、『いるかいないか』も判別してくれるだろう」
「はっ!? そうですね! 宿にいるかな?」
「宿にいなかったらタ・モリ神殿を当たってみるといいですよ。タ・モリ神殿はテトゥーコ神殿の隣です。神様同士が仲が良いそうで、その2柱はだいたい神殿が隣同士なんですよ」
「とりあえず、目的地に着くのが先よ、わかったわね、ジョー」
今すぐネージュに飛びたいところだけど、ソニアに釘を刺されて我慢。やがて東の53番通りが見えてきた。
おどろおどろしい――かどうかはわからない。俺には普通の家にしか見えないけれど幽霊屋敷。
貴族の屋敷にしては小さいのではと思ったけども、領地がある貴族が王都に滞在するときに使う家だからこんなもんらしい。庭は、俺の家がぎりぎり建つくらいしかない。
多分だけど、馬小屋ともうひとつの小屋は、馬車関係かな。
そして、クリーム色をした石材に白い壁の家は――幽霊屋敷じゃなければ――綺麗だった。
「ちょっと俺、コディさん呼んできます」
「宿と神殿にいなかったら諦めるのよ、依頼でどこか行ってるかもしれないし」
ソニアにまた釘を刺された……ぐぅ。
俺はアーノルドさんのパーティーと一緒に泊まっていた宿にドアを繋いで、周囲の驚いた顔も気にすることなく店の人に「コディさんいますか?」と尋ねた。
「コディは午前中から出かけてるよ。どこへ行ったかは知らないけど」
「くっ……ありがとうございます!」
そこからテトゥーコ神殿へドアを繋げる。顔を出して見渡すと、少し離れたところに見知った背格好の男性が見えた。
「コディさーん!」
大声で呼んだら立ち止まってくれた。ビンゴ!
「ジョーさんじゃないか。今ハロンズに行ってる途中だよね?」
「ハロンズに着きました。それで家探しをしてるんですけど、レヴィさんとソニアが幽霊屋敷を買おうとしていて」
「嫌だねー」
「嫌ですよねー」
霊を嫌う者として、俺とコディさんは手を取り合って「嫌だ」を連発した。
「それでですね、プリーストがいると出てこないという狡猾な霊なんですよ。ソニアが退治に行くんですけど、その後にちゃんと幽霊がいなくなってるかをコディさんに確認してもらいたくて」
「ええー、嫌だなぁー」
「嫌ですよねー、俺その家にずっと住むかもしれないんですよ……コディさんに確認してもらわないととても無理です」
俺が思いっきり縋り付いたので、コディさんは根負けしたようにため息をついた。
幽霊屋敷にコディさんを連れて戻った瞬間、コディさんは「うわっ」と叫んだ。
「す、凄いですね。その強い霊に引かれて弱い霊までたまってますよ」
「そうなんですか。私にはわからないですね」
「同じプリーストでも、サーシャはそういうのはわからないのね」
「僕のはプリーストであることと関係ありません。修行前からなので。サーシャさんも、聖魔法の気配ならわかりますよね」
「それはわかります。聖魔法の気配って独特ですよね。きっと幽霊もこれを感じ取ってるんじゃないかと思います」
そうか、サーシャがいろいろ気にしないタイプだからわからないのかと思っていた。
それにしても、例の子爵夫人だけじゃなくて他の霊まで集まってるなんて。
「サーシャ……」
俺は少し情けない声でサーシャの腕に手を置いた。
「どうしました、ジョーさん」
「お姫様抱っこしてもいい?」
「ここでですか!? そ、それはちょっと私の求める何かとは違いますよ……」
だよなあ……。
「じゃあ、手を繋いでてもいいかな」
「もう、手だけですよ」
口では「もう」なんて言ったけど、サーシャは笑顔を向けてくれた。
「一旦僕たちは離れないと駄目ですねえ。しばらくしたら戻ってきますから、首尾を教えてください」
「わかったわ。10分もあれば終わると思うわよ」
片手にシミター、片手にレヴィさんの腕を掴んだソニアが自信満々で言う。レヴィさんは子爵役、ソニアはその浮気相手役として霊をおびき出すらしい。
よくそんなことができるよな……。
通りをふたつほど行ったところで、俺たちはしばらく待った。そして戻ってくるとそこには――。
「終わったわよ」
俺たちが出て行くときと同じく、片手にシミターを持ち、片手にレヴィさんの腕を掴んだソニアがいた。
レヴィさんはいつもの顔。これだけだとよくわからない。
「あ、本当だ。綺麗さっぱりいなくなってますね。これは、きっと強い霊が退治されたから他の霊はどこかへ行ったんでしょう」
「おおお! プリーストが退治できない霊を本当に退治されてしまうとは!」
商業ギルドの職員さんは凄く驚いている。彼の前でソニアはシミターを何度か振って見せた。
「探し回るのが面倒だったから、玄関で小芝居をしたの。『もう~、旦那様ったら~』『ははは、こいつめー』ってね。レヴィは棒読みだったけど、すっごい勢いでボロボロのドレスを着た女の霊が襲いかかってきたわ。『赤毛の女……許さない!』なんて言ってたから、その浮気相手の女は私みたいに赤毛だったのかもね。で、目の前に出てきたところをスパッとやって終わり」
「……凄かった」
ぽつりとレヴィさんが呟く。だろうなあ。それ以外言えることがないんだろうな。
「中を見てみましょうか」
サーシャの提案で俺たちはコディさんを先頭に邸内を見て回ることになった。もちろん俺はサーシャと手を繋いだままだ。ソニアにくすっと笑われたのが腹立たしい。
「あ、凄く綺麗ですね」
玄関を一歩入ってホールを見た瞬間、浮き立った声でサーシャが言う。
「そうなの! 私たちもざっと入り口近くしか見てないんだけど、壁紙も新しいし、凄く綺麗なのよ」
「前の持ち主が、これだけ明るく模様替えをすれば霊は出ないに違いないって頑張ったらしいんですよね。それでも駄目で。なので、模様替えは去年、家具も全て去年の最新のものが入っています」
職員さんの言葉にサーシャとソニアは感心し、俺はコディさんの様子を窺った。コディさんは笑顔で、両腕で丸を作って見せてくれた。お墨付きのOKってことだろう。
「凄い、厨房も最新だわ。オーブンが入ってるわよ。それに、水道が付いてる!」
「わあ、凄い! 見てください、ジョーさん! 食器棚まで全部残ってますよ!」
「そういうのを全部残したままでも逃げたかったくらいの幽霊屋敷……」
「もう! それは過去の話ですよ。ソニアさんが退治してくれましたから」
「サーシャ、ジョーのことは放っておいて、上を見にいきましょ!」
「待って! 俺を置いて行かないで!」
慌てて俺はサーシャの手を掴んで、ソニアとサーシャの後を追った。
2階は使用人部屋なのか、比較的小さい部屋が6部屋で、ベッドがふたつずつ置いてあった。とはいえ、俺の感覚だと6畳くらいだから、ここが個室で使えたら十分だろと思うレベル。それと、リネン室っぽいもの。
そして3階は馬鹿みたいに広い寝室がふたつに、それよりは小さい部屋がふたつ。
「これは主人の寝室と女主人の寝室、それに、子供部屋ですね」
職員さんが解説してくれて、とりあえずこの階には住みたくないなと思った。だって、多分主人の寝室と女主人の寝室で事件が起きたんだろうし。
「立派な家ですねえ。ここに住めるんですかー、羨ましいな」
「コディさん、裏切りましたね」
「ええっ!? だって、今はもうなんともないですよ! 明るくて綺麗な建物です。賑やかにしていれば霊が寄りつくこともそうそうなさそうですよ」
そうか……。
それじゃ、俺はコディさんを信じよう。俺の側にはサーシャがいることだし。
即金で買い取りを決めて、俺はコディさんをネージュに帰し、残りのメンバーは移動魔法で商業ギルドに戻った。
魔法収納空間の中から370万マギルを出してテーブルに詰む。
家の名義は4人の連名になった。こうしておかないと、冒険者だから名義人が死んだときに面倒なことになるらしい。
「えっ、あの幽霊屋敷売れたの!?」
「売れたら報奨金出るって言われてたよな?」
「イエーイ、報奨金!」
ギルドを出る間際、そんな会話が奥から聞こえてきた。
俺たちにとっても商業ギルドにとっても、良い結果になったらしい。
「あの家、今日からでも泊まれますね。どうします?」
「ベッドもそれなりに良いやつがそのまんまだもんね。俺、2階の部屋だったらいいなあ」
そして、前は誰か使ってたんだろうけど、そのベッドを使うのに抵抗がない自分が凄い気がする。まあ、ホテルのベッドもそうだろうし。
「せめてリネン類は洗って取り替えたいわね」
「そういえばリネン室ありましたよね」
俺の移動魔法で、俺たちの持ち物になった元幽霊屋敷にとって返す。夏の日差しの中で過去に惨劇があったことなど何も感じさせない家は、明るく俺たちを迎えていた。
馬小屋にアオとフローを出し、クロとテンテンもようやく出してあげられた。
そしてサーシャの言う通り、リネン室に行ってみたら未使用のリネン類がこれまた綺麗に保存されていたので、埃を被っていそうな一番上だけどけて使うことにする。後は洗えばいいや。
各部屋のベッドは1個だけ残して後は収納、階段に近い方から部屋は俺、サーシャ、ソニア、レヴィさんの並びになった。
「掃除だけすればもう寝られるわね、でも気力も体力もちょっと今日は限界だわ」
「そうだね、ソニアは今日は……、あ、良いこと考えた。こういう時は『金貨で殴る』だ」
冒険者ギルドにドアを繋ぐと、そこにいた冒険者が全員物凄く驚いた顔で突然現れた俺を見ていた。
見回してみたけど、ティモシーのパーティーの人もいる。ティモシーは剣士だから訓練場かな。
「大きいお屋敷の掃除をしたいんですけど、美味しい夕食食べ放題で奢るんで手伝ってもらえませんかー」
その一言で5人ほどの人が集まる。訓練場からティモシーとイーレイも戻ってきて、全部で7人になった。
7人の助けを借りたら掃除はあっという間で、俺はその間に余分なベッドなどをガンガン収納していった。
3階の主人の寝室と女主人の寝室が広すぎるんだよなあ。これ、レベッカさんの店の従業員も住めるレベルじゃないだろうか……。これから行くつもりだから相談してみよう。
そう、俺が手伝ってくれた人たちを連れて行ったのは、ネージュの蜜蜂亭。
ハロンズ風とはまた違う料理や俺のベーコンにティモシーたちも喜んでくれたし、家を買った話をしたら早速明日レベッカさんが見たいそうだ。
大きくて持て余しそうだと俺がこぼした主人用の寝室は、仕切りを付けて使えば良いと提案されて、解決策があまりに早く出てきたことに驚く。
ハロンズの新しい家に戻ってきた瞬間、ソニアはラウンジに置かれていたソファーにダイブした。
これも綺麗に埃を払って、使うのには何も問題はない。
「私、明日は1日寝てるわね……」
「ソニアさん、頑張りましたもんね。回復魔法掛けます?」
「そ、それはやめて。特訓の時のことを思い出すわ」
ソニアの言葉に、エリクさんとソニアが特訓していたときのことを思い出した。疲れて足腰立たなくなったら回復魔法を掛けての特訓……そりゃトラウマになるよな。
「お風呂だけ入ったら本気で寝るわ。ジョー、湯船にお湯を入れてくれない?」
「かしこまりました、ソニアお嬢様」
「ええ、お願いね」
ソニアがわざと澄ました顔で言う。
長い1日だったなあ。
そして、「ソニアを称える日」って名付けても良いくらい、ソニアが頑張った1日だった。
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