39 ジョーは○○機能を手に入れた!

 翌朝、俺は揺さぶられて目を覚ました。

 肌に当たるのはちょっとごわつく毛布の感触。

 目を開けると、そこにはギャレンさんがいた。どうもギャレンさんが俺を起こしたらしい。


「ジョー、人間に戻ってるぞ。……だから全裸だ。声を出すな、その毛布で体を包んだままで浴室に行って着替えてこい」


 極力ひそめた声でギャレンさんが俺に告げる。

 俺は蒼白になってこくこくと無言で頷くと、ギャレンさんのアドバイスに従って毛布に包まったままでできるだけ音を立てないように浴室へ向かった。

 魔法収納空間から服を出して身に着ける。確認してみたけど首輪は嵌まったまま、そして耳もまだ犬耳だった。


 靴を手に持ち足音を忍ばせて戻ると、家のドアが薄く開いていて、ギャレンさんの節くれ立った手がその隙間から俺を招いていた。

 外に出てみると、本当に日の出の直後だ。空の上の方はまだ夜空の色をしている。


「危なかったな……全裸のままサーシャたちに見つかったら居たたまれないだろう」

「はい……本当にありがとうございます、ギャレンさん」


 聞けば、ギャレンさんはたまたまさっき目を覚まし、トイレに行こうとしたら俺が人間に戻って全裸で寝ているのを見てしまったらしい。

 大変申し訳ないことをした……。


 けれど、女性陣に見つかる前で良かった。本当に!!


「まだ早いな、もう一眠りするか」

「そうですね、寝るのも遅かったですし……俺もベッドを出して寝ます」


 ギャレンさんの大きな手が俺の頭にぽんと乗って、先に家に戻っていった。

 頼り甲斐のある背中だな。俺もいつかあんな大人になれるだろうか。

 ……アーノルドさんも場面によっては頼りになるんだけど、全体的に残念感の方が高い。タンバー神殿で《幽霊ゴースト》を相手にして戦っていたときは俺の中でのアーノルドさん支持率は最高潮に達していたが、犬耳が生えてからは最大の下げ幅を記録している。


 俺は家の中に戻ると、空いている場所にベッドを出し、そこに潜り込んだ。

 石床に毛布を敷いて寝るのとは快適さが本当に段違いだ。

 昨日叫びすぎたのと、犬になった精神的ショックはかなりの疲労をもたらしていたようで、俺はすぐに眠りに落ちていった。


 

「あ、戻っちゃったんですね……」


 目覚める直前の眠りの浅い状態で、そんな言葉を聞いたら誰だって目が覚めるだろう。

 俺がパチリと目を開けると、案の定サーシャが複雑な顔をしてそこにいた。

  

「おはよう。残念そうに言われると……」

「ご、ごめんなさい。でもジョーさんが犬のうちに、もう少し触らせて欲しいなあなんて思ってたんです。でも昨日はいじられすぎてお疲れだったみたいですし、ネージュに帰るまで耳に触るなとメリンダさんにもきつく言われていましたし。

 それに、ちょっと私たちははしゃぎすぎてしまいましたが、ジョーさん自身はきっと困ってるだろうなと思って」


 ああ……やっぱり昨夜のサーシャの謎の態度は、「ちょっと触らせてもらってもいいですか?」の我慢だったのか。

 うーん……。

 

 正直、サーシャにモフられるのはやぶさかではない。

 むしろ、思う存分モフってもらっていい。抱きついたり顔を埋めたり、思いっきりしてもらいたい。

 ただ、アーノルドさんとレヴィさんがいるところではやめて欲しい。あのふたりももれなく混ざってくるから。


「日の出と同時に戻ったみたいなんだ。ギャレンさんに教えてもらって、服を着てから寝直したんだけど。――正直、何が理由でまた犬になるかわからないよね。耳もそのままだし。もしかすると今夜もまた犬になるかも」 

「そ、そうですね」


 言外に「もしまた犬になったら触っていいよ」と言ったんだが、サーシャには正確に伝わったらしい。とても嬉しそうな顔をしている。


 その後すぐにレヴィさんが起きだし、次々と他の人たちも起きてきた。意外にソニアが朝に強く、一番寝汚いのはメリンダさんだ。血圧が低いのか、起きてしばらくぼーっとしている。


 一応人間に戻っていることについて口々に良かったねと言われたけど、サーシャにも言った通り、何が理由で犬になるかわからないのが怖い。

 満月がキーなのか、夜がキーなのか。

 満月だとしたら、今夜はもう大丈夫だろう。


 しかし、犬耳どうしよう……。


「この世界って、獣人とかいるんですか?」


 朝食を食べているときに、俺はそんなことを尋ねてみた。

 ネージュで見たことがあるのは普通の人間だけだ。エルフも、ドワーフも見なかった。もしかしたら見ていて気付かなかったのかもしれないけど。


「獣人か、ごく僅かだがいるぞ。隣の大陸の南の方にな。でも――」


 レヴィさんが語尾を濁す。テーブルに肘を突いて麦粥をスプーンでぐるぐるとかき混ぜながらメリンダさんがその続きを口にした。


「ほとんど奴隷にされてるのよ。地位はとても低いわ。たまーに逃亡に成功してこっちの大陸で生活してる人もいるわね。耳は目立たないようにしてるわよ。ジョーもその耳を隠すものを何か考えないといけないわね」

「奴隷……」


 その言葉に俺は激しく動揺していた。

 元の世界では奴隷は過去の存在で、歴史の教科書には出てきてもそれは単なる知識でしかなかったから。

 そっちの大陸だったら、今の俺はきっと捕まって奴隷にされるんだろうな。


 ネージュのタンバー神殿に依頼完了の報告に行ったときに解呪はお願いするとして、街に入る前に帽子は調達した方がいいだろう。

 


 その日は移動日になり、街道から近い森などに俺はタンバー神殿にあった動物の死骸と、タンバー様の像と魔法陣を洗ったときの汚れた水を少しずつ置いていった。

 コディさんに確認してもらったけど、ただの汚れた水で、瘴気を発したりはしていないらしい。本当によかった。そんなものは迂闊に森に撒けない。


 そして、夜――。

 少しだけ欠けた月が昇り始め、日がすっかり落ちた頃、俺はまた犬になっていた……。


 その時のサーシャとアーノルドさんとレヴィさんの嬉しそうな顔と言ったら!

 忘れないからな!


「耳じゃなければいいんだよな」


 ネージュに帰るまで耳を触るの禁止したからって、「そこ以外なら触っていい」と逆手に取った解釈を振りかざしてきたのは変態勇者だ。

 俺は頭を撫で撫でされ、首の下をくすぐられ、抱きつかれて思いっきり背中や腹を撫でられた。


 嫌だ! あっちから見て俺は犬でも、俺から見たら変態勇者に抱きつかれているんだ!


 少しは我慢したけども、すぐに限界は訪れた。


「ぐるる……ガウッ!」


 いい加減にしやがれ! と怒りを込めて俺が吠えた途端――なんと、俺の口から火の玉が飛んだ!


「うわっ!?」


 意図していなかったせいか威力は弱く、アーノルドさんの鎧の胴の部分に当たって火の玉は消えたけれども……みんな驚いている。そして一番驚いているのは俺だ。


「今の、アヌビスが使ってたのと同じ《火球ファイアーボール》よね?」

「そう見えました」


 呆然と呟くメリンダさんとサーシャの声を聞きながら、えらいことをしてしまったと俺は《火球ファイアーボール》をぶつけたアーノルドさんの鎧を前脚でかしかしと引っ掻いた。多分、耳はぺたんこだ。

 見た感じでは何も変化はないし、焦げ臭いような匂いもない。アーノルドさんに被害がないとわかって俺はほっとした。


「ジョー、大丈夫だ。俺の鎧はミスリルだから弱い魔法は効果がないからな。心配してくれたんだな、いい子だなー!」

「ぎゃん!!」


 ちょっと心配して見せたら抱きつかれた! 未亡人と可愛い年下以外に犬も大好きか、この人は!


「アーノルド、ジョーが嫌がってるから離してやれ」


 今日の助け船はレヴィさんだった。ギャレンさんとふたり掛かりで、無理矢理俺からアーノルドさんを引き剥がしている。


 それにしても驚いた。まさか、呪いのせいとはいえ俺が《火球ファイアーボール》を使えるなんて。

 ――待てよ、そうすると、もしかすると俺が密かに悩んでいる「あの問題」が解決するかもしれない!


 アーノルドさんから解放された俺は、一直線に風呂場へ向かった。風呂桶に浅く水を入れ、それに向かって、「《火球ファイアーボール》出ろ!」と意識して息を吐く。

 俺の口から放たれた火の玉は、水に当たって消える。

 それを何度か繰り返した後、風呂桶の縁に前脚を掛けて立ち上がり、俺は中の水に触ってみた。


 温かい!

 やった! 追い炊き機能を手に入れた!

 湯は持ち歩いてるけど、温められないのが若干問題だったんだよな。この家を建てるときに、竈やコンロをつけなかったから。

 沸騰した湯を別に用意して収納しておくというのも選択肢として考えたんだけど、単純に面倒だった。

 

「ジョー、何をやってるの?」


 風呂場の小さなドアから、ソニアを初めとしてサーシャやレヴィさんがこちらを覗いている。俺はくぅんと鳴きながら一生懸命前脚で風呂桶の中の水を指し示したが――。


「お風呂に入りたいの?」

「昨日は入り損ねたからな。俺が洗ってやろうか」

「そうしたら私が《送風ブロワー》で乾かしてあげるわね!」


 ……ソニアとレヴィさんに思い切り誤解された。

 犬のジェスチャーではさすがに伝わらないな!


 その後、俺は風呂場でレヴィさんにわしわしと洗われ、犬らしくブルブルと震えて水を切った後、ソニアの魔法で乾かされた。

 そして、洗い立てふかふかになった俺は、辛抱できなくなったらしいサーシャに抱きつかれていた。


「うわあー、ふかふかで可愛いです!」


 動物用のブラシなんて流石に持ち歩いてないから、乾いたとはいえあちこちを向いてしまっている俺の毛をサーシャが丹念に撫でて整えてくれる。時々俺の首筋に顔を埋めて「犬吸い」をしたりしながら。


 ああ。

 俺。


 犬になって良かった……。

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