61 旅は道連れ、世は情け

「エリクさん、聞いてください! ソニアさんが古代竜エンシェントドラゴンをひとりで討伐したんですよ!」


 なんとなく気まずい雰囲気を振り払うように、サーシャが明るい声で言った。

 うん、これは確かにビッグニュース。師匠であるエリクさんからしたら――エリクさんからしたら。


 何故かエリクさんは3歩くらい後ずさり、「エグっ!」と叫んでいた。


「1パーティーの中に古代竜ソロ討伐できる人間がふたりいるとか、どうなってるんだ!? それに、物理攻撃ならともかく、全属性耐性の古代竜を魔法で倒したって……ソニア、俺が思っていたより人外だったんだな……」

「ひっどーい! さすがに私だって魔力が尽きましたー! 師匠の杖を使ったから3倍くらい魔力持って行かれた感がありましたからね!?」

「あの魔力抑制効果のある杖を使って古代竜を? ますますおかしいぞ!」


 ……とても言えないな。その前に火竜ファイアードラゴン倒してますなんて。


 師匠と弟子の掴み合いが始まって、あっさりとソニアはレヴィさんに引き剥がされていた。ソニアが飛び抜けてるのは「魔力だけ」だから。


「ソニア、落ち着け。古代竜ソロ討伐は誇れることだ。副ギルド長もそれは承知して言ってる」

「うん、まあ、そこは凄い! それは認める! だがなあ、規格外過ぎる……唯一の救いは、魔力がそこで尽きたってことか。ハロンズに行ったら気を付けておとなしくしろよ? 『東の田舎の猪娘がなんか言ってますわ』とか嫌味を言われるからな」

「えええ、ハロンズってそんなところなんですか」

「そんなところなんだよ……貴族もいるしな」


 エリクさんは遠い目をしていた。これはきっと、レヴィさんたちと同じで、過去に痛い目を見たパターンかもしれない。


「レヴィさんが、狩った古代竜はハロンズに着いてから冒険者ギルドで叩きつけてやれと言ってたんですが、エリクさんから見てもそれが正解の対応って感じですか?」


 目の前に一番事情に詳しそうな副ギルド長がいるのだからと、俺はレヴィさんの提案の裏をとることにした。途端にパッとエリクさんの顔が明るくなる。

 

「おー、それが一番良い! ハロンズの周囲はアホみたいに強い魔物があまりいないからな……まあ、ロキャット湖にはヒュドラとかいるけども。周りの魔物があまり暴れるタイプじゃないから、あっちの冒険者は弱いものを馬鹿にする割りになまりがちだ! ぶちかましてやれ! お前らのギルドの身分証はネージュ支部発行だからな。ははははは! ざまーみろ、ハロンズ本部!」

  

 これは、ハロンズとネージュはかなり因縁が深いな。

 俺たちはエリクさんと別れると、いつもの建築中ベーコン工房に家を出して夜を過ごした。

 


 翌朝、アオとフローを馬小屋から引き出して、昨日の終着点だったニューマへ魔法で移動。

 できるだけ街道沿いの街外れを選んだのは、目立たないため。

 ――だったのだけど。

 

「な、なんだ今のは!」

「人が突然現れた!?」


 見られちゃったよ……。何もやましいことはないんだけども。


「おはようございます! 朝から驚かせてすみません。移動魔法です! 今ネージュから来ました!」


 開き直って挨拶する俺。

 釣られて挨拶する数人の旅人。

 うーん、朝から和やかでいい感じだ。


「な、なあ、兄さん。その移動魔法、俺たちをネージュに送ることもできるか?」


 今まさにネージュに向かっているらしい商隊が、俺の顔色を伺いながら尋ねてくる。

 おおっと、その発想はなかった。でも、確かにできるよな。 

   

「できますが……」

「出た先がネージュだと確認する方法はあるか? それに、対価はどれだけ払う?」


 俺と商人の間にレヴィさんがすっと割り込んでくる。

 それだ。例えばこれで俺がサブカハのタンバー神殿とかにドアを繋げる可能性もあるんだし、本来この人たちが通過するはずだった宿場町に落ちる金が落ちなくなる。


「大丈夫だ、城門を見ればネージュだとわかる。対価は……そうだな、ここからだとネージュまで本来5日だから、1万マギルでどうだ?」

「い――」


 いいですよ、と言おうとした俺の口をレヴィさんが手で塞ぐ。


「安すぎる。宿泊費を全部浮かせて、貴重な時間を5日短縮できるのに、どうして宿泊費の合計よりも安い金額を提示してくる?」

「ああ? 今だって簡単にドアを開けて出てきたじゃないか! 簡単に使える魔法なんだろう?」

「ジョー、結論はお前に委ねるが、俺は断れと助言しておく。人のスキルを、それを習得するまでの努力を、甘く見てくる相手は信用に値しない」


 ……えっ、そんな重い話になっちゃうのか、これ。

 俺の感覚だと「1万マギルでいいですよ」って通しちゃうところだったけども。


「ジョーさん、忘れないでください。あなたのその移動魔法は、空間魔法の中でも伝説級なんですよ」


 サーシャもそっと囁いてくる。

 そうだった。

 経験値2048倍の御利益があったとしても、移動魔法を習得するには古代竜を運んだり、大規模討伐の99頭の大猪ビツグワイルドボアを運んだり、サブカハの泉の水を短距離だけども運んだり、ベーコンをソミュール液に漬けたり……あれ?


 俺、移動魔法を簡単に習得しすぎじゃないか?

 むしろ、テトゥーコ様の加護のおかげ100%じゃないか?


「1万マギルでいいです。但し、これは偶然俺に行き逢った幸運だと思ってください。それで、もし商売がうまくいったら、少しでもいいので女神テトゥーコの神殿に寄進をお願いします」


 レヴィさんに正論を言われて悔しそうな顔をしていた商人は、まじまじと俺の顔を見つめてきた。完全に断られる流れだと思っていたのだろう。


「ほ、本当に1万マギルでいいのか?」

「そこで罪悪感を感じるなら、その分寄進してくださいと言ってるんです。幸いこちらは空間魔法のおかげでお金が切迫しているわけではないので。――ただ、本来あなたたちが通るはずだった宿場町の宿屋が損をするので……」


 しまった。これは、俺たちも一緒だ。

 俺は商人に向かって語りながら唐突に気付いてしまった。

 落とすべきところにお金を落としていない。

 乗合馬車も使っていないし、夜はネージュまで戻っている。

 街道沿いの、旅人相手の商売で成り立っている街の存在を、完全に無視してるのは俺たちも同じだ。


「移動魔法は、空間魔法の中でも伝説級と言われるほど習得するまでの修行が必要な魔法です。若造の俺が使うことができるのは、ひとえにテトゥーコ様のおかげです」


 俺は荷馬車が通れる大きさのドアをイメージして、ネージュに繋げた。パントマイムでドアを開ける仕草をすると、その先にネージュの城門が見えている。


「俺は浅はかだったよ……。それに比べてあんたは若いのに考えがしっかりしてて偉いな。恩に着るよ! これは1万マギルだ。取引が終わったらテトゥーコ様の神殿に寄進することも約束する! 良かったら、あんたの名前を……いや、やめておこう。うっかり吹聴したらあんたが困るだろうからな」


 商人は俺の手に金貨を握らせてくると、それを俺が確認してからドアをくぐっていった。何度も振り返り、手を振りながら。


「あ、あの……」


 一件落着かと思ったら、今度はおどおどとした女性が声を掛けてきた。


「私もネージュに送ってくれませんか? ネージュの近くの村に住む母が重い病気だと連絡が来て、急いで戻っているところなんです。対価は、できるだけそちらのご希望に添えるようにします! どうか、どうか……」


 レヴィさんがため息をつきかけて、途中で息を飲み込んだ。

 俺も声を掛けてきた女性を見て、ハッとしていた。

 ろくに休むこともなく馬に乗って駆けてきたのだろう。彼女は埃まみれで、あちこちに泥が付いていて、目の下に隈ができていた。馬も疲労の色が濃い。


 これは、本気の本気で「一刻も早く帰りたい」案件に違いない。


「ネージュ以外の場所にも移動させることができます。場所は限られてますが。あなたが行きたいのはどこですか?」

「カンガという小さな村なんです。ここからなら、馬で飛ばせば2日ちょっとで行けるはずなんですが」

「カンガ! 俺、そこに行ったことがあります! 酪農の村ですよね。――ドアを繋げました。早くお母さんのところに行ってあげてください」


 俺がドアを開けると、木の柵の中に牛がのんびりとしているカンガの風景がその先に見えた。女性が息を飲む音がはっきりと聞こえる。


「あ、あの、お礼はいくらくらいお支払いしたら」

「いりません、早く行ってください。あなたも馬も限界が近いように見えますから。――俺は、もう二度と母に会うことはできないんです。だから、俺の分も」


 女性は俺の言葉を聞いて目に涙を浮かべると、何度もありがとうございますと繰り返し、ドアをくぐっていった。


 ドアがバタリと閉まると、サーシャが俺の腕に抱きついてきた。

 珍しい、凄く珍しい!


「ジョーさん、格好良かったですよ。ふふ、なんだか私まで誇らしいです」

「格好良かった? サーシャにそう言ってもらえると嬉しいよ」


 俺たちがくっついてアハハウフフと笑い合っていると――。


「待ってーな! サーシャはん、ジョーはん! 自分もオーサカまで飛ばしてくれへんか!?」


 なんだかどこかで見たことあるような人が、俺たちの方に向かってドタドタと走ってきた……。

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