9 勇者アーノルドのシスコン疑惑
「はっ!? あ、あわわわわ」
慌てて俺の手を離して、サーシャは赤面しながらうろたえている。
ど、どうしたもんだろう。
嫉妬のために取った行動なんだろうか。あの女性職員に対しての態度は、いつものサーシャからは考えられないものだった。
……というか、俺も人のこと言えないけど、サーシャも大概鈍いっぽいのに、自分以外の態度というのは気がつくものなんだなあ。女性職員の目の色が変わったとか、全く俺は気がつかなかった。
女の子ってそういうものなんだろうか。
とりあえず、もし嫉妬だとしたら、俺は嬉しい。
サーシャはまだパニクってるから、俺は彼女の手を取ってぎゅっと握った。
「はわっ!?」
「これで、おあいこ」
「――――――ぴゃあっ!」
サーシャ、意外に奇声のバリエーションが多いな……。
俺が手を離した途端、ふらぁっと彼女の身体が傾いたので、俺は慌てて彼女の細い身体を抱きとめた。
「だ、大丈夫?」
「だいじょうぶじゃ、ないれす……」
うわ、目がぐるぐるしてる! これはヤバいよな。
「とりあえず、そこで休もう」
テラス席がある酒場っぽい場所が目の前にあったので、彼女を抱きかかえるようにしてそこまで運び、椅子に座らせる。
俺は店に入るとリンゴジュースをふたつ注文して、それを持って席へ戻った。
こういう店はイスワにもあったし、日本にあるような店とあまり変わらない。それが助かった。
「はい、サーシャの分」
「あ、ありがとうございまふ」
ヘロヘロになっていたサーシャは、木でできたジョッキを傾けるとリンゴジュースを一気飲みした。
それを見ながら俺も口を付ける。酸味が強いけど、リンゴをそのまま搾ったものだから凄くリンゴ感があって美味しい。
「――はぁ」
やっと目のぐるぐるが落ち着いて、サーシャは人心地付いたのかジョッキをドンと置くと深い息をついた。
「お恥ずかしいところをお見せしてすみませんでした」
「いや、俺こそ急にあんなことして、凄く驚かせてごめん。あのさ、さっきのギルドの職員の人が、って話なんだけど。俺全然気付かなくて」
「ジョーさん、もっと戦闘経験を積むべきです! あれは獲物を見つけたときの猛獣の目でしたよ!」
キリリとサーシャの眉がつり上がった。
獲物を見つけたときの猛獣の目……。そ、そうなんだ。女の勘じゃなくて、戦士の勘なんだ。
そして、俺が積むべきは戦闘経験なのか。
うーん、圧倒的に違う気がする。
「とりあえず、落ち着いたらハワードさんの店に行こう。あまり遅くなると困るだろうし」
「そうでした! あ、あの、ジョーさん。手を……」
「手を?」
「手を出してもらえませんか」
俺はサーシャに言われるままにテーブルの上に手を置いた。
すると、女性職員がしたようにサーシャは俺の右手を両手でぎゅっと握ってきた。
「ぴゃっ」
あ、俺も変な声出た! これは、出る! 仕方ない!
「な、何?」
俺が焦っていると、何か満足したのかサーシャはにこりと笑って手を離した。
何!? 今のなんなんだ!
「さっきの人の時とジョーさんの反応が違ったので安心しました」
やっぱり完全にやきもちだ! どうしよう、喜んでいいんだろうけど、反応に困る!
俺は考えて考えて――目がぐるぐるになってテーブルに突っ伏してしまった。
「どうしました!?」
「お、おれも……いきなりそんなことされると、恥ずかしい……れす」
「あわ……す、すみません。ジョーさん普段はあまり表情が変わらないから。誰にあんなことされても同じなのかなって思って」
「同じじゃないよ……だって、サーシャは」
俺にとってはただひとりの特別だから。
好きって直接言葉にするのは難しくて、そう答えようとした瞬間――。
「おー、サーシャちゃんにジョーくん! こんなところにいたのか!」
「ハワードさん!?」
サーシャの声に慌てて顔を上げる。確かに、道路から声を掛けてきたのは武器防具屋のハワードさんだった。
……ナイスタイミング? それとも、最悪のタイミング?
「いやあ、ギルドに
「あーっ、ごめんなさい! 私たちも皮を持ってハワードさんのお店に行く途中だったんです」
「ああ、そうだったのか。ここで会えて良かったよ。じゃあ一緒に店に戻ろうか」
「わかりました」
俺は慌ててジョッキに残っていたジュースを飲むと、サーシャのジョッキと一緒に店に戻しに行った。それで小銭が戻ってくる。どうも食器の持ち逃げ防止の措置らしい。
ハワードさんの店でカウンターの上にどすんと古代竜の皮を出して、俺の革鎧製作に使った残りはハワードさんの買い取りということで話が付いた。もちろん、革鎧の制作費もこちらが払うから、かなりハワードさんには好条件なのだろう。
「そういえば、古代竜ってどのくらいで売れたの?」
ギルドでは最後はサーシャに腕を引かれて出て行ってしまったので、肝心なことを聞きそびれていた。
「えーと、実は」
あまり大声で言えない話題なのか、サーシャが背伸びして俺の耳元に内緒話のために手を当ててぼそりと呟いた。
「500万マギルです」
「はあっ!?」
サーシャは小さい声で話したのに、完全に俺は大声を出してしまったよ!
いや、ビビるだろ、500万マギルってことは、5000万円相当だぞ!?
売却したらちょっとした小金持ちになれるとか言ってたけど、ちょっとした、どころじゃない。
「正確に言うと、皮の一部はこちらで買い取らせてもらったので、こちらに入ってきたのは460万マギルです」
「サーシャ、ちょっとした小金持ちって言ってなかった? 俺の感覚からすると違うんだけど」
「はい……実は、私も勘違いしてまして。いつもはアーノルドさんたちと一緒だったので、分け前は5等分だったんです。だから、ジョーさんとふたりだと倍以上になるということを忘れていて。
しかも今回は丸ごと1体だったので、全然買い取り価格が違ってたんですよ。前に一度狩った時は、買い取りは牙や爪、それに重要な内臓中心だったので、200万マギルくらいで」
「ああ……」
確かに、手取りが400万円と2500万円では感覚が違う。
それでも、一度のドラゴン狩りでそれだけ稼げるのはとんでもないことだけども。
いやいや、そもそもドラゴンを倒せる冒険者パーティーは限られてるんだった。
――やっぱり、サーシャの周りだけがおかしいんだ。というか、おかしいのはサーシャの強さか……。
「40万マギルが入っても、装備も買い換えたりする必要がありますし。普段だったらドラゴンと戦ったりしたら、結構武器も防具もガタガタになるんですよ。私の盾もブレスで少し傷みました。まだ買い換える必要はないですが、お金に余裕がある今のうちに買ってしまおうと思います。ジョーさんの空間魔法でしまっておいてもらえばいいですしね」
「なるほど、それは確かにそうだね」
「それに、冒険者はいつ怪我などで引退するかわからない職業ですから、お金はいくら貯めても困りません。私は教会に寄付もしますが」
「そうか……そうだね、確かに危ない仕事だった。あと、俺もテトゥーコ様の教会に寄付するよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
サーシャがいつものようなふわふわした笑顔を浮かべる。それに俺はささやかに笑い返した。
ハワードさんが皮を吟味して、その場で俺の採寸をする。あちこちにメジャーを当てられているときに、ドアが開いてカランコロンとベルの音がした。
「ハワードさん、この前お願いした武器の修理なんだが……さ、サーシャ!」
「アーノルドさん!」
ドアから入ってきたのは、サーシャを追放した勇者のアーノルドさんだった。
俺とアーノルドさんは思わずビクリとしてしまったけど、サーシャはためらいもせずに彼に近づいていく。
「お久しぶりです! お元気でしたか?」
「あ、ああ」
「新しいプリーストは見つかりましたか?」
「見つかったよ。……サーシャ、俺のことを恨んでないのか?」
「恨んでません。ちゃんとした事情があるってあの時説明してくださったじゃないですか。それに、新人冒険者だった私を育ててくれたみなさんには感謝しかありません。みなさんさえよければ、また一緒にご飯を食べたりしたいです」
それは俺も聞いた話だったから、サーシャの言葉に嘘はないことを知っている。そして、2年もサーシャと一緒だったアーノルドさんは、尚更彼女の言葉が本心だと身に染みたらしい。
「そうか、メリンダたちもそれを聞いたら喜ぶよ。とにかく元気そうで俺も安心した」
「今は、そこにいるジョーさんとふたりでパーティーを組んでるんです。……ジョーさんにもアーノルドさんたちのパーティーに戻りたいんじゃないのかと訊かれたことがあるんですが、今はただ懐かしく思うだけです」
「サーシャ! 本当にお前はいい子だな!! お兄ちゃんは……間違えた、俺は感動してる!」
俺の目の前で、長髪長身イケメンの勇者が、ガバッとサーシャに抱きついた……。
熱烈なハグだった。すぐ終わったけど。
それだけだったら「収納してやろうかこいつ」と思うところなんだけど、アーノルドさんの言葉の中に混じった言い間違いが気になって仕方ない。
「ジョーくんといったな、今採寸の途中か? 終わったら俺に付き合ってくれないか?」
「はい? まあ、いいですが」
サーシャはアーノルドさんにハグされても、別に赤くなっていたりもせず平常心らしい。もしかしたら慣れっこなのかもしれないな。
そして俺の採寸の間にサーシャとアーノルドさんは仲良くお喋りをしながら武器を見たりしていて、俺がハワードさんに解放された途端、今度はアーノルドさんに捕まった。
「じゃあ、少しふたりだけで話してくるよ。いつもの宿の酒場にいる」
「わかりました。しばらくしたら私も行きます」
そして俺は訳がわからないまま、酒場にドナドナされていった……。
「ジョーくん、酒は飲めるか?」
「いえ、飲めません。というか、飲んだことがないです」
「そうか。じゃあエールをひとつと、リンゴジュースで」
「あ、払います」
「いや、無理矢理連れてきたのは俺だから、奢らせて欲しい」
目の前のアーノルドさんは妙に目をキラキラとさせていて、俺はその勢いに負けて奢ってもらうことになった。
テーブルに着いて、今日2杯目のリンゴジュースを一口飲む。
向かいのアーノルドさんは、テーブルに肘を突いて俺の方に身を乗り出してきた。
「サーシャはいい子だろう?」
「はい、凄くいい子です」
「だろう? だろう? 俺の自慢の妹なんだ!」
アーノルドさんの言葉に、俺は口に含みかけていたリンゴジュースを吹きだした。
サーシャが、アーノルドさんの妹!?
そんな話初耳だぞ!
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