107 禁断症状

 俺の仕事は大規模討伐が終了してから本格的に始まる。

 ガツリーの街で買い取りたいという大猪ビツグワイルドボアだけは現地に置いていって、あとはネージュの冒険者ギルドに輸送するからだ。

 この辺は前回の大規模討伐と一緒。違うのは、100頭のうち50頭はギルドに買取をしてもらわずに自分たちのものにするということ。とはいえ、解体はしてもらうので、その費用はこっちの持ち出しになる。俺が受けてる輸送依頼でおつりが来るけども。


 悩んだ結果、解体と毛皮や牙などの買取はハロンズの冒険者ギルドでお願いすることにした。ネージュ支部はしばらく他の冒険者の狩った大猪の解体で手一杯になるからだ。

サーシャとソニアが狩った大猪は一応パーティーとしての資産になるんだけど、それを全部「俺の肉」にすることに関しては誰も文句を言わなかった。ギルドからの報酬は別に出るし、「俺の肉」がベーコンや他の美味しいものになることをみんな理解しているのだ。笑顔で「どうぞどうぞ」とまで言われた。空間魔法使いでよかった!

 


 5日に1度ほどネージュ支部へ行って、倉庫に置けるだけの大猪を置いてくる。全部終わるまでには半月ほど掛かる。

 その合間にマリオンの引っ越しを終わらせ、ポーラさんに発注したテントを受け取って、ネージュとハロンズの冒険者ギルドに「テント屋」窓口を設置した。

 今年いっぱいは1日300マギルで前金500マギルという格安料金設定だ。ハロンズの方ではティモシーたちに「返金するから借りて使ってみて」と頼んで、モニターになってもらった。

 3日ほどだったけども評価は上々で、今までに無い居住性にティモシーたちは大興奮だった。窓口に返却に来てくれたときにマリオンと並んでそれを聞いていたんだけど、ティモシーたちの興奮を見た周囲の冒険者が在庫を次々と借りていった。

 5個しか在庫がないから返却待ちになることが多いんだけど、オールマン食堂の建て直しの時のように「在庫がなくなるほど評判がいいのか!」という憶測で更に予約が埋まっていく。

 こちらの滑り出しは上々だった。



 そんな日々の合間、ヒュドラ戦からずっと気に掛けていた「溶岩を簡単にゲットできる山」へいくための計画を俺は立てていた。

 言った割りにレヴィさんがなかなか案内してくれないので、食後に食堂のドアの前で立ち塞がって直談判したのだ。


「レヴィさん、前に言ってた溶岩が簡単に取れる山に行きたいです」

「ああ、山、山か……ソニアとサーシャは行くのか?」

「私? 仕事でもないのに山なんて行かないわよ。どうして?」

「私は行きます! ジョーさんと一緒なら」


 突然話を振られて、食後にのんびりとお茶を飲んでいたソニアとサーシャが顔を上げた。


「サーシャが一緒なら、まあいいか……」

「どういうことです? 魔物が出るんですか?」

「魔物じゃない。熊が出る」


 理解!

 季節は秋だし、冬眠に備えて熊が活発に食料を漁る時期でもある。

 レヴィさんと俺は戦えるけどそれほど強くもないし、特に俺なんて防御一辺倒だからなあ。もちろん熊除けの鈴とかは、なければ作ってでも持っていくけども。


「こんなものも用意したんですよ」


 俺は魔法収納空間から一足の靴を取り出した。レヴィさんが乗り気っぽくなかったので、「これを見せたらイチコロだろう」というものを作っておいたのだ。


「登山靴です! ショートブーツの裏に金属製のスパイクを付けて作ってもらいました! 悪い道でもこれが滑り止めになって安全に歩けますし、足首の辺りの安定性をより強くしてあります」

「おおおおおお!」


 靴底に数カ所画鋲を打ち込むような形でスパイクは作ってある。だからちゃんと足に沿って曲がる柔軟性も保持している。これは靴職人さんとコリンの合作だ。俺の分だけじゃなくて、レヴィさんの予備の靴をこっそり持っていって型を取ってもらったので、レヴィさんの登山靴もできている。

 それも見せるとレヴィさんのテンションは爆上がりした。計画通りだ!


「これはいいな。平地じゃないときには活躍しそうだ」

「靴の形に合わせて、靴に被せるタイプの滑り止めも作れますよ」


 登山靴に滑り止めは必須だけど、スパイクまでいるかどうかは山による。日本にいたとき登山用品の店は暇があれば覗いてたけど、タイヤにチェーンを付けるのと同じように靴に被せるアイゼンも売っていた。汎用性という点ならあっちの方が高いかな。

 前にレヴィさんが言っていた感じだと、目的の山はそんなに難易度が高そうには思えなかった。歩くのに注意が必要な雪渓があったりすることもないだろう。だからアイゼンは不要。多分だけど、金属製スパイクも過剰装備かもしれない。

 登山靴はレヴィさんのやる気を最大限までアップさせるためのアイテムという意味合いが強い。

 

「最近移動魔法が当たり前になっちゃって、鈍ってる気がするんですよ。季節もいいですし、のんびり山に登りたいなあって」

「そうだな、確かに景色はいいところだ。ネージュからだと大街道から繋がる北東街道を北上して、馬で2日くらいだな。山の高さは大したことはないし、勾配もなだらかな方だ。ソニアも行かないか? 今の季節だと紅葉が綺麗だぞ」


 行かないと宣言したにも関わらずレヴィさんに誘われ、ソニアは眉間に皺を寄せた。

 

「えええ……ジョーが現地に着いたら移動魔法で呼んでくれればいいわ……」

「ソニア! それは邪道だよ! 俺は絶対そんなことしないからな! 歩きながら見る紅葉がいいんだから!」

「ジョーの言う通りだ! 汗を流して苦労しながら頂上まで登ったときに見える景色が登山の醍醐味なんだ! 一足飛びに頂上に行ったとしてもあの感動は味わえない」

「レヴィさんに全面的に賛成です! そう、あの頂上まで登ったときに、自分が上ってきた道を見下ろす感覚! 自分がやり遂げたことを実感するあの瞬間! そこで食べる温かい味噌汁――ええと、汁物とか! あれが最高なんだから!」

「ソニアさん……諦めてください。私は違いますけどソニアさんも『山とテントを語る会』の一員じゃないですか」


 サーシャにまで説得されて、ソニアはがっくりと肩を落とした。


「私はテントの素材に興味があっただけよ。生地のことなら結構詳しい自信もあったし、面白かったしね。だから、山は専門外です!」

「そうか……ニルブス山の辺りは紅葉が早いから、今くらいの時期ならネージュの近くやこの辺りでも決して見られない絶景が見られると思ったんだがな……あの絶景、ソニアに見せてやりたいと思ったのに」


 演技か本心かわからないけど、レヴィさんがしょんぼりと肩を落とす。というか、本当に演技なのか本心なのかどっちなんだ!!

 あの絶景をソニアに見せてやりたい、なんて俺から聞いたら愛の告白に聞こえるんだけども!?


 ソニアはティーカップを持ったままうんうんと唸り、たっぷりと悩んだ後で「わかったわよ……」と折れた。多分ソニアからしても、レヴィさんに名指しで「あの絶景を見せたい」なんて言われたら断れるところじゃなかったんだよな。


「そうか! サイモンとコリンは」

「自分は行きまへん。行く理由がありまへん」

「俺も行かなーい。ハンドミキサーを作っておかないと」


 こちらは目も合わせずに参加拒否。

 まあ、ドラゴンが出るとかでない限り、戦力としてのサイモンさんは必要ない。コリンはテントには興味があったけど山には興味なしというソニアと同じパターンだし。


 そんなわけで、サーシャとソニアの登山靴も注文して、山の麓まで馬で先に行くことにした。せっかくだから天気のいい日に登りたいし、馬で行けるところまでは行っておいて、あとは当日にその場所まで移動魔法で移動して登るというわけだ。


 久々の登山が楽しみすぎる。ドラゴンがいるとかいう緊張感もなく、サーシャもソニアもいるから万が一襲われても安全は確保されているし。

 マーテナ山を登るときは景色を楽しむとかじゃなくてひたすら上を目指すって感じだったから、あまり楽しみがなかった。


 前にオールマン食堂の試食の時に使った携帯型コンロをチェックしたり、それに使う薪を用意したり、山の上で何を食べようか考えたりしているだけで物凄く楽しい。

 ああ、俺は山に飢えてたんだなあ……。

 飯ごうがあってご飯が炊ければ最高なんだけど、いいお米がないから無理。鍋でも炊けるとかいう以前に米の問題。

 うちの顧問の先生は「インスタントでも山の上で飲むコーヒーは格別なんだ!」って必ずコーヒーを持ち歩いてたけど、芸能人で現地で豆挽いてドリップして飲んでる人もいたよな……あれ、一度やってみたかったけどやり損ねた。

 ちなみにこっちの世界ではまだ見つかってないのかコーヒーはない。他大陸との交易とかはあるそうだから、こっちの大陸にジャガイモとかあるんだしその内どこかから入ってくる可能性はある。いつになるかわからないけど。


 最近討伐依頼は増えたけど、その隙をついてネージュから北東街道を進む。

 目的地のニルブス山に着くまでは、なんだかんだで1週間掛かった。その間にサーシャとソニアの靴が出来上がったからちょうどよかったけども。

 標高は……確かにあまりない。麓の街が盆地だから街側から登ったら距離はあるかもしれないけど、裏側から行けば余裕で半日で登れる距離だ。

 なだらかというか、遠くから見た感じがマーテナ山と逆でボコボコした山で、磐梯山みたいだなとちょっと思った。磐梯山は溶岩の粘度が高くて噴火が爆発のようになって山が欠けたから、今はああいう形になってるそうだけど。

 同じような理由なのだとしたら、これは確かに火山だ。久々の登山に浮かれて主目的がずれてたけど、溶岩がゲットできるのは間違いない。



 ロクオ方面での討伐依頼を片付けた翌日、移動魔法でニルブス山まで行ってみる。空は少し雲があるものの、結構綺麗に晴れている。

 快晴じゃないけど、登山日和だ。地面もぬかるんでいたりしないし、山に慣れないソニアでも歩けるだろう。


「時間が掛かってもいいから、登りやすい迂回路を通って行こう」

「そうですね。案外標高もないですし、きつい場所もないんですよね?」

「ああ、前に登ったことがあるが、傾斜がきつい場所はない。景色がいいから娯楽で登る人間もいるし、一応道があるぞ」

「へえええ」


 確かにこの世界、俺のイメージしてる中世ヨーロッパより遥かにものが豊かで極端な貧困層とか見たことないけど、娯楽としての登山が確立してるのか。

 測量が主な目的で中世でも高山に登ったって話や、ルネサンス期に登山が流行り始めたって話は聞いたことあるけど、こっちの世界でも一般市民層まで趣味としての登山が浸透してるとは思わなかった。


 まあ、俺がこっちに来てからの半年くらいを見てる感じ、日本と同じように結構四季がはっきりしてるから、景色を楽しむっていうのも大きいんだろうな。


 そして、俺の念願の登山が始まった。

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