48 女神の部屋再び
「
「テトゥーコ様!?」
気がつくと俺はまた、アールデコ調の調度品が並ぶのテレビ局のセットとしか思えない空間に立っていた。
初めて来たときと何も変わらない。テトゥーコ様の白いドレスも、悠然としたその姿も。
「ここにいるってことは、俺は……」
「はい、それは後で話しましょう。今日はアナタに大事なことをふたつ伝えないといけないの」
「大事なこと、ですか」
俺はゴクリと唾を飲み込みながら、テトゥーコ様が手で示したソファに座った。
ああ、今思うとこれすっごく座り心地がいいな。こういうものを作れる知識チートが欲しかった。
「ひとつ目だけど、おめでとう、アナタ移動魔法を習得したわよ」
「はいっ!?」
俺が欠片も予想もしていなかった「大事な話」に、つい思いっきり叫んでしまった。
「アナタ、ご自分が私の加護を受けてることはご存じ?」
「それは、うすうすと。空間魔法もテトゥーコ様に授けていただきましたし」
「それでサーシャのことなんだけど」
俺のことを話していたと思ったら突然飛び出すサーシャの名前!
相変わらず話題の切り替わりが唐突だ。
「彼女も私の加護を受けてるの。だから、アナタたちとても相性がいいのよ。お互い一緒にいると成長ボーナスが入るのね」
「あっ、そこに繋がるんですね!?」
「というわけで、レベルが上がったから空間移動ができるようになりました」
「え……えっ!? あれって伝説レベルって聞いたんですが、どれくらいボーナスが入ってるんですか!?」
「そういう仕様なの。それに従って空間魔法の経験値が入って、一定レベルに到達したのね。
「そ、そんなに早く……。ちなみに、俺とサーシャが一緒にいると、何倍の経験値が入るんです?」
「えーと、いくつだったかしら……あ、これこれ。2048倍ですって。アラ凄い」
手元の資料を確認しながら早口で喋る女神様。相変わらずすぎて緊張感が薄れる。
しかし、2048倍ってなんだその数字……2のn乗感が凄いぞ。
「――そういえば、まさかテトゥーコ様、それを狙って俺に加護を与えてサーシャの側に?」
「サーシャの側に飛ばしたのは、彼女がちょうどピンチに陥っていたから。
ただ、アナタに加護を与えたというか、あの日あの時この場所に私がいたのはただのシフトです。あと3時間ずれてたらタ・モリさんがいました。
いきなりあそこに放り込まれるのはちょっと辛いかもしれないわね。テンション高い空間だし、曜日によってはクイズもあるし」
「シフト制なんですかー!」
想像もしていなかった神々の事情に思わず仰け反る。
シフト制、シフト制って! しかも時間ずれてたらタ・モリがいたとか! 曜日によってはクイズがあるとか!
「全ては偶然であり、あるいは見方を変えれば必然。私の提示したスキルの中からアナタは空間魔法を選び、サーシャの側に飛ばしはしたけども、実際に彼女を助けるために行動したのはアナタ。
そして、うまくスキルが噛み合って冒険者として活躍できたのも、偶然と言えば偶然であり、人によってはそれを運命と言うでしょうね。アラ、ロマンチックね」
凄く軽く言われた……。
確かに、もし俺が剣聖や勇者を選んでいたらサーシャとうまく噛み合うことはなかっただろう。消去法で選んだ空間魔法がまさか大正解とは、あの時は全く思ってなかった。
「それと、大事なことのふたつ目。アナタの首のそれのことだけど、呪いじゃないということまではご存じね?」
「あ、はい。タンバー様のプリーストをしている人からもそう言われて……正直、困ってます」
「それはね、タンバーさんの恩寵よ」
「はいぃぃ!?」
犬耳が生えて夜になると犬になる恩寵がどこにある!!
いや、身体能力は上がってるし、《
「首は急所でしょう? その首を守ってるの。犬は……よくわからないけど。タンバーさん、呼びましょうか?」
「いえ、結構です」
俺はこれ以上……この場をややこしくしたくなかった。
テトゥーコ様ひとりだけでも相当ややこしいんだし。
「頸動脈とか斬られるとあっさり死にますからね。そこをガードしてくれていたんだけど……さすがに心臓を一突きされたら死ぬしかなかったわねえ」
「ちょっと待ってください! 大事な話の中にもっと大事な話をさらりと混ぜないで下さい! 俺、やっぱり死んでるんですか!?」
思わず立ち上がり、テーブルに手を付いて俺はパニック気味に叫んだ。
テトゥーコ様は涼しい顔をしたままで、ごくごく当たり前のことを世間話しているかのように話す。
「道を歩いているときにすれ違った男が、後ろから心臓を一突き。アナタ今死んでます」
「ま、待ってください! 今までのレベルアップの話とか全部意味なかったんじゃないですか!? 一番大事な話じゃないですか、これ!」
「ややこしくなるから後で話すつもりだったのだけど、ちょっと順番を間違えたわね。先にタンバーさんの恩寵の話を片付けましょ」
「はぁぁぁぁ……」
マイペースなテトゥーコ様に疲れ果て、俺はソファにぐったりと座り込み、背もたれに体をもたれさせた。
いや、俺死んでるのにタンバー様の恩寵の話って……。
待てよ? 霊界神タンバーの、恩寵!?
「も、もしかして、俺はその恩寵で生き返ることが!?」
「いえ、アナタを生き返らせるとしたら、それは多分私の役目です」
「テトゥーコ様の……?」
「ええ、そう。ただ、まだその時ではないというだけ。なので少し話を急がせてもらいます。サブカハの神殿で、アナタは恐れることなく誠意を持ってタンバーさんの神像を洗い清めたわね、あれを大変あの人は喜ばれたのよ。そのお礼として、アナタのためにあの黒い腕輪が置かれたというわけ」
「……その後起きたことは全く呪いとしか思えなかったんですが」
「どうして?」
「どうして、って……犬耳は隠さないといけないし、夜になると犬になるし。俺にとっては凄く不便です」
「アラ、そう。ちょっと待って、相談してみるわ」
テトゥーコ様は何もないはずの空中から、何かを掴み取った。それは、公衆電話の受話器のような……いや、間違いなく受話器だ、あれ。
「もしもしタンバーさん? 例の恩寵だけど、条さんが不便がってるのよ。ああ、分離できるのね、はい、それで結構。ではよろしく」
チン、と音がして受話器が消える。
俺に相談せずにさくっと神様同士で勝手に話を決めたようだったけど――。
仕方ないか、神様だしな……。
「アナタと同化してるアヌビスを分離してくれるそうよ。……アラ、よく考えたら私とタンバーさんとふたりの加護を受けてることになるわね。珍しいわよ、アナタ」
「珍しいんですね、はい、わかりました……」
どんなに珍しかろうと、俺が死んでる以上関係ない。俺の声からも力が抜けまくっていた。
――サーシャは、ショックを受けてるだろうな。
並んで歩いていた俺が突然死んだら。
彼女の心を守るって誓ったのに、守れなかった……。
『ジョーさん!』
気のせいか、泣き叫ぶサーシャの声が聞こえる。
俺の胸が張り裂けそうな、魂を引き裂かれるような、そんな声。
『我が女神、我らが母、テトゥーコ様……どうかただ一度の請願をお受けください……我が生涯、我が魂は永遠に女神の
「来たわよ、条さん」
「……サーシャ?」
サーシャの声に妙にエコーが掛かり、女神の部屋に満ちていた。
彼女が俺の蘇生を願っている、それだけはわかる。
「上位聖魔法を習得した者の中でも、特別に私の加護を受けている人間のみに許される、生涯一度の特別な請願。
――つまり、私への直訴ね。本来誰が私の加護を受けているかはわからないことだから、請願が通じないこともあるのよ。でも、今回は正しくそれを行使する権利を持った者の、誠心誠意を尽くした請願です」
『ジョーさん、私はあなたが好きなんです。やっとわかりました。あなたのことが、好きなんです! ジョーさんを失ったら、生きていけないくらい好きなんです! 私の心を守ってくれるって言ってくれたじゃないですか! 女神様、お願いですから私からジョーさんを奪わないで!』
「サーシャ……サーシャ! テトゥーコ様、俺は戻れるんですか!? サーシャの願いを、請願を受け入れてもらえるんでしょうか!?」
「アナタの願いはどうかしら? アナタもまた、私の特別な加護を受けている。上位聖魔法は使えないけども、請願する権利はお持ちよ」
俺を好きだと泣きながら訴えたサーシャ。
今なら、迷うことは何もない。
生き返ったら、俺も彼女に好きだと伝えよう。
「俺の望みは、サーシャと一緒に生きることです」
俺の答えに、テトゥーコ様が口元に手を当てて品良く微笑んだ。
「我が愛し子、サーシャ。その請願を聞き届けました。女神の僕として生きる覚悟がおありね?」
『はい! 私の生涯を女神に捧げます!』
迷いないサーシャの声。真っ直ぐに女神に向けられた声は、俺の心も射貫いていた。悲痛な声は痛みをもたらすけども、その痛みは、どこか甘い。
「結構よ、アナタの願いを叶えましょう。サーシャ、アナタはこれから聖女として生きなさい。本物の愛を知ったアナタなら、女神テトゥーコの聖女という役割を背負っていけるのよ。あまねく命に慈愛を――そして、ジョーを大事になさいね」
サーシャに向けたテトゥーコ様の声はどこまでも優しく、慈愛の女神にふさわしかった。
「俺は……」
「はい、生き返らせましょうね」
「簡単!?」
「これは神の分野ですから。そういえば、ひとつだけ聞きたいことがあるのだけど――アナタ、勇者アーノルドのことをどう思っていて?」
何故今アーノルドさんの事が出てくるのかはわからなかったけども、テトゥーコ様の表情からは何も読み取れなかった。なので、正直な気持ちを俺は話した。
「嗜好とか性格とか残念な部分もありますけど、裏表がなく面倒見が良くて、気さくでいい人です。頼りになるときは頼りになるし。……正直なところ、俺は結構あの人のことは好きです」
「なるほど、そうなのね。ありがとう、参考にさせていただくわ。では、お戻りなさい、生あるものたちの場所へ。せっかくサーシャと想いが通じ合ったのだから、その奇跡を大事にね」
「はい、ありがとうございます、テトゥーコ様」
以前ここに来たときと同じように、テトゥーコ様が立ち上がって俺に向かって手を差し伸べた。その柔らかな手を握ると、やはりあの時と同じように視界が光に包まれる。
そして気がつくと、俺は涙で顔をぐしゃぐしゃにしたサーシャに抱きしめられていた。
「サーシャ……? ごめん、君の心を守るって言ったのに、守れなくて傷つけて泣かせて……俺の油断で」
「ジョーさん、あなたが好きです。だから泣いちゃいました。これが、この感情が恋なんですね。……私は、『恋』を自覚してやっと本当の『愛』に気付きました」
ああ、泣いていてもやっぱりサーシャは可愛いな。
でも、俺が死んだせいで泣かせたから、本当にそれはまずかった。
というか、魔物と戦ってとかじゃなくて、まさか都市の中で即死するなんて思ってなかったし。
互いに気持ちを伝え合った俺たちに、何故か拍手が降り注ぐ。
そして、その間俺はずっと違和感に悩まされていた。
体の下に何かいるような、しかももぞもぞしてるような。
あ、やっぱり何かいる!
俺の首を絞め気味だったサーシャの腕から抜け出して、俺は体を起こした。
てか、血だまり凄いな! 俺もサーシャも本気で血まみれだ。
その事にも驚いたけども。
「クゥン」
俺の体の下から這い出てきたのは、先日殺した仔狼ほどの大きさのアヌビスだった。
ピンと立った黒い耳、すらりとした体格、そして首の周りを彩る金色の模様。
「い、犬ゥ!」
「ワン!」
小さなアヌビスは俺に向かって長くて細い尻尾をブンブンと振り、何度もびょんびょんと飛び上がった。
仕草がもう全部可愛い! アヌビス自体はドーベルマンっぽかったけど、この大きさだとミニチュア・ピンシャーみたいだ。
「あっ、もしかして!」
俺は自分の頭に手をやった。帽子越しでもわかるけれども、そこには犬耳はない。本来の耳があった場所に、人間の耳があった。そして、首に嵌まっていた黒い首輪も消えていた。
タンバー様が分離させてくれるって、こういうことか!
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