65 たのしいなぐりこみ
移動魔法でハロンズ城門前に現れた俺たちは注目を浴びていた。
どんどん浴びていい。
移動魔法が使える空間魔法使いがいるぞって、噂になるから。
それと、全員でギルドへ行って素材の買い取り手続きをしたら、仕立屋に駆け込んで服を仕立ててもらうことになっている。
これは道々ソニアとレヴィさんが相談して計画していたことで、サーシャの聖女認定の儀みたいに改まった服装が必要な場に備えてのことだ。
どちらにしろハロンズのテトゥーコ神殿にも挨拶に行かなければいけないので、礼服は仕立てておく話になった。
服のことは……とりあえずソニアと店員に任せる。ソニアはこれでも大店のお嬢様なのだから。
そして、宿に滞在するのではなくて、家を買うことになった。
これにはいろんな意味があって、冒険者としての箔を付ける意味合いと、俺が移動魔法でいつでも戻ってこられるから、快適な拠点が欲しいということと、クロやテンテンが周りを気にせず過ごせるところが必要ということが主だった。
これもソニアが詳しいので、明日商業ギルドに行くことになっている。
「いよいよですね」
俺はハロンズの城壁を見上げた。
ネージュも城塞都市だったけども、それよりもさらに壁は高く、歩哨も立っている。門番もいて、ネージュよりもずっと警戒度が高いのがわかった。
対魔物じゃなくて、対人なんだろうけど。
京都だったら「おこしやす京都」って、着物のマスコットがお辞儀して迎えてくれるのになあ……。
旅の間、サイモンさんからハロンズのことは少し訊いていた。
城郭は二重構造で、内側は王城と軍関連の施設と、市民が関係ない行政関係の省庁が入っているらしい。その壁より外は一般区で、王城に近い側から貴族の邸宅や格の高い店が主にある。
構造的にはオーサカに似ていると言っても過言ではないんだけど、1カ所違うところがある。
街全体が、碁盤の目のように道路を敷設して作られた計画都市であること。
やっぱり京都だ!!
俺の訊いた感じ、御所――じゃなかった、王城から二条辺りまでが内郭に入っているようだ。
この王城を北にして、通りの名前が決まっていて、東西に走る通りは「北の1番通り」と呼ばれている。つまり、南北に走る通りは「東の1番通り」。「北の3・東の4の26」みたいな住所の表し方になるらしい。
ややこしいな、池袋か。
そう思ったのは仕方ないけど、碁盤の目はコツさえ掴めば本当に迷わないから助かる。
冒険者ギルドは、「北の40・東の50の1」にあるとのこと。
城門の前を走る道は北の30番通り。これを基準に王都の中で東か西かが決まる。冒険者ギルドは中央より少し西の、行政区などを抜いた通りの中ではだいたい真ん中辺りにある、ということだ。
ぜーんぶ、サイモンさんから訊いたことの丸暗記。
入り口では顔をチェックされただけだった。犯罪者対策なんだろう。
馬に乗ったままで俺たちは冒険者ギルドを目指す。5と0の付く通りは特に大きく作られているそうなので、ギルドまでは馬に乗ったままで十分行ける。
「なんだか緊張してきましたー」
俺の腕の中でサーシャが振り返る。確かにいつもよりも顔が強張っている。
俺も人のことは言えないくらい緊張してるんだけど、左手だけ手綱から離して、サーシャの手を握りしめた。ちょっと彼女の耳に顔を寄せて、小さな声で「俺も」と囁く。
すると、サーシャは一瞬で真っ赤になった。この「耳元で喋られる」のが凄く弱いらしいと旅の間に気付いた。これは実に大事な情報。
「緊張解けた?」
「もー、ジョーさんったら」
「俺も緊張してるんだってば。まあ、最初はレヴィさんとソニアに任せておいて……」
「そうですね」
多少問題人物扱いされても構わない。まずハロンズギルドで「ネージュから来た田舎者」の実力をこれ以上ないインパクトでぶつける。
そこら辺は、エリクさんの意見を元にして、サイモンさんとレヴィさんとソニアが話し合って筋書きを決めていた。
冒険者ギルドハロンズ本部。その看板を確かめて俺たちは馬を降りた。念のため、アオとフローは魔法収納空間に入ってもらう。
俺の無詠唱空間魔法に周囲がざわついたけど敢えて無視。そのままギルドに入る。
ギルドの大きさ自体はネージュ支部と変わらない。受付人員が3人というのも一緒。その中で開いている窓口に、ソニアは星2のギルドの身分証を提示しながら話しかけた。
「こんにちは。ネージュからこっちに来る途中で狩ってきた魔物の買い取りをお願いしたいの」
「はいはい。ふーん、ネージュからぁ。遠いところをお疲れさんですね。それで、買い取りはなんです? 兎? 鹿? それなら肉屋に直接持っていった方がいいですよ」
中年女性の職員は柔らかい口調で辛らつな言葉を吐いた。ソニアが手に何も持っていなかったことも理由だろうけど。
こ、これがハロンズ文法……!
「いいえ、買い取りをお願いしたいのは
「ファイアー……えっ? 聞き間違えでなければ火竜と古代竜って言いましたよね!? あなた星2……ああ、後ろのお仲間が」
「いえ、私が狩りました。見てもらえばわかるわ。買い取りの査定をお願いできる?」
混乱した受付の女性に、とどめのようにソニアが笑顔を向ける。
一瞬で女性は立ち上がり、ガタンと椅子をひっくり返した。「ギルド長ー!」という叫びが聞こえる。火竜と古代竜の同時買い取りなんて恐らく前代未聞だから、上に報告をしに行ったんだろう。
すぐに、仕立ての良さそうな服に身を包んだ初老の女性が現れた。彼女は少しもうろたえることなく、堂々としている。恐らくギルド長なのだろう。
「ようこそハロンズへ。火竜と古代竜の買い取りだそうだね。しかも星2冒険者が仕留めたとか。昇格にも関わるから私が査定させてもらおう。私はギルド長のクオリアンカ・フェリス・スキャヴェリだ。長いから呼ぶならアンでいいよ」
穏やかな声に、漂う威厳。
背はソニアと同じくらいで、身のこなしからは剣士らしさが窺える。
武を極めれば舞に通ずというけども、本当に歩き方が優雅としか言いようがなかった。どこかの東の田舎ギルドの副ギルド長とは違いすぎる。
カウンターパンチだ……。女性のギルド長、しかも見るからに貴族っぽいのに奢ったところが見られず、「実力でギルド長をやってます」というオーラがビシバシと出ている。
京都文法もないし、「馬鹿にされる」こと前提で作戦を組んできたので、そこの部分はちょっと拍子抜けしてしまう。
「アンギルド長、お忙しいところをありがとうございます。では、倉庫の方へご一緒いただけますか」
そこで一歩も退かずに言葉を繋げたのはレヴィさんだった。一度痛い目を見ているハロンズギルドだから、リベンジのために気合いが入っているのだろう。
「は、はい。今鍵を」
女性職員は声を裏返しながら返事をして、机の中から鍵束を出すと倉庫に続くドアを開けた。
チラリと振り返ると、俺たちを見ているのは10人ほどの冒険者だった。
まあまあ、いい感じかな。
「あ、樽を用意して下さい。首を切断してあるので血が流れますから」
俺が魔法収納空間を空ける前に、サーシャが女性職員に声を掛ける。中年の女性は「樽、樽ね」と走って行ったので、俺たちも行って手伝った。どのくらいの血が出るのかわからないけども、とりあえずありったけの樽を用意する。
「ジョー、樽の側にまず火竜の頭を出してくれ。血は樽で受け止める」
「わかりました」
竜の血も強壮効果があるらしく、薬の材料になるらしい。前回はサーシャが「頭蓋骨陥没に頸椎骨折」という死因で片付けたので出血しなかったんだけど、今回はソニアが首を切り落としてたので血が出ている。
「いきますよ」
俺は火竜の頭をレヴィさんの持った樽のすぐ隣に出した。その首から流れる血はうまいこと樽で受け止めてもらえた。収納するまでの間に、結構流れちゃったんだよな。次からは気を付けよう。
「間違いなく火竜……しかもこの切断面は。確かに剣ではなさそうだ」
アンギルド長が火竜の頭を見て考え込んでいる。気のせいかもしれないけど、その目には楽しそうな光が踊っていた。
「血、止まりましたかね」
「ああ。じゃあ一度頭は収納して、体の方に行くか。ソニア、サーシャ、空樽を俺に渡す準備をしてくれ。ジョーは俺が渡す樽を別の場所に」
「了解です」
俺はアンギルド長の目の前に火竜の体を出して見せた。すると急に、彼女が俺の方に真顔でスタスタと寄ってくる。
「少年、まだ名前を聞いていなかったな。教えてもらえるか」
「ジョー・ミマヤです」
「空間魔法使いのようだが、呪文の詠唱が聞こえなかった。もしや、無詠唱か?」
来た!
俺はギルド長の言葉に頷くと、レヴィさんから火竜の血の溜まった樽を受け取り、斜めにして移動させた。
「隠し事はしないと決めましたので、ギルド長にもお伝えします。俺は星3の空間魔法使いですが、移動魔法まで習得しています。このように」
小さいドアを繋げて開けてみせる。その先はオーサカのバラック街だ。身近で特徴がある場所の方がすぐにわかると思ったから。
「移動魔法も無詠唱!? いや、それ以前にその若さで移動魔法を習得したというのか?」
「結論から先に言いますと、俺は別の世界で生まれて、事故に遭って死んだことになり、女神テトゥーコのお導きでこの世界で生きていくことになりました。その際に、テトゥーコ様からいくつかのスキルを提示され、選んだのが空間魔法だったんです。
そして、そこの金髪の少女は女神テトゥーコの聖女サーシャです。俺とサーシャはふたりとも女神テトゥーコの加護を受けているので、スキルのレベルアップに必要な経験値が入る量が2048倍というとんでもない数値で入ってきたので、古代竜や大規模討伐の魔物やサブカハのタンバー神殿の聖水などを運んでいる内に移動魔法まで2ヶ月ちょっとで習得してしまったんです」
俺の言葉にアンギルド長は目を見開いた。
ひとつ深呼吸して、口元に指を当てて考え事をしている。
「ふむ、にわかには信じがたい話だが、無詠唱かつ移動魔法まで使えることを考えると君の言うことはそのまま信ずべきことだろう。ふふ、なかなか面白い人材が来た」
「そう思っていただけて恐縮です」
何個か目の樽を転がしながら俺は頭を下げる。火竜の体側からの血も一通り樽に入れると、俺は倉庫の広さを考えて少し悪いことを思いついた。
火竜の体を置いたままで、古代竜をギリギリ出すことができる広さがこの倉庫にはある。ここは敢えて、古代竜の体も出してしまおう、と。
そうすると、希少素材の為に火竜と古代竜の解体が最優先になり、他の買い取り査定が若干滞る。
その時に冒険者から文句を言われても、古代竜には勝てないだろう。
つまり、「東の田舎者の土産による嫌がらせ」ということだ。
火竜の血を詰めた樽は蓋をして、職員が火竜の血と書き込んでいる。
それを確認して、準備万端のレヴィさんの前に俺は「古代竜の頭行きます」と声を掛けて古代竜の頭を出した。こちらは先程より勢いよく血が流れ出て、レヴィさんだけでなく俺も樽を受け取ってずらす作業にてんやわんやになった。
「この古代竜もやはり間違いなく風魔法での討伐だな、体を見ないとわからないが、この様子では《
広い倉庫にギルド長の拍手が響く。倉庫を覗き込んでいた冒険者たちは一様に驚いた顔で俺たちの様子を窺っていた。
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