第11話 無自覚な悪意
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
朝の日課になっていた勤行と唱題。
信心を始めた目的であるクラスへの復讐や姫神さんに対する想いは実らなかったけど、今の状況もそれはそれで良い。
目指していた場所にはたどり着けなかった。けれど、良しとする場所を見つけられた。
新しいクラスで、黒城さんとの学校生活。
それで良いじゃないか。
と、僕は考えていた。
--その考えが、ご本尊様の力をこの程度だと侮っていたことだと知らずに。
「なあ、時宮」
後ろから声をかけられた僕は特に深い考えもなく振り向き--心の中で舌打ちする。
「うん? ああ、及川君か」
及川裕也。
僕が過去のクラスから出て行かざる原因を作り、何より姫神さんから慕われているスーパースター。
周囲はちやほやしているかもしれないが、僕からすれば全てを奪った唾棄すべき因縁の人物なのでもう関わりたくない。
「おはよう。それじゃあ、また」
なので言質を取らせない様表面上は穏やかだけど、明確な拒絶を滲ませる態度を取ってみる。
空気を読むことに長けた及川なら読みとれると考えていたのだけど。
「おいおい、つれないなあ時宮。少しとはいえ同じクラスメイトだったじゃないか」
ああ、そうだよ。
もう一生関わり合いたくないけどね。
「それで、同じクラスメイトの誼として挨拶したのかい? それならおはよう。そしてさようなら」
それだけだったらどれだけ嬉しいか。
「ハハハ。なんかとげとげしいな、時宮らしくない」
及川は困ったように笑う。
だって基本、僕は誰に対しても敵対しない様優等生の仮面を被った対応をしていたからな。
どん底にまで堕ちてしまった今はもうその仮面を被る必要がないので素の状態が出ており、どちらかというとこっちが本当の僕なのだけどね。
「はあ……で、何の用?」
僕の真意を知ってまで接触してくるんだ。
余程の理由があるのだろう。
案の定、及川は素早く視線を左右には知らせて周囲が聞き耳を立てていないことを確認した後、僕に一歩近づいて小さな声で囁く。
「お前って黒城さんと仲が良いよな」
「まあ……仲が良い方だろうね」
学会繋がりだけど、現時点において一番黒城さんと話しているのは僕だろう。
個人的に密かな自慢だ。
「なあ、だったら黒城さんに俺とデートして欲しいと頼んでくれないか?」
「え?」
予想外の言葉に思わず声が出る僕。
そしてすぐさま言葉の意味を認識して左右に首を振る。
「嫌だよ。及川君が直接声をかければいいじゃないか」
百歩譲って人気者の及川が黒城さんにデートを誘い込むのは良い。
だけど、何が悲しく黒城さんを僕の好きな姫川さんが慕っている及川に紹介しないといけないのか。
「俺もそれが一番良いんだけどな。けれど、何故か黒城さんは俺を嫌っているようなんだよ」
「スーパースターといえど万人受けすることはないか」
僕は皮肉気にそう呟くと「全くその通りだ」と頭をかく及川。
「じゃあ諦めたらどう? 僕としては黒城さんを君に紹介する義理がないね」
恩や貸しもなく、どちらかというと仇ばかりだから。
と、ここで及川は何やら考え込む表情で腕組みした後。
「そういえば時宮。お前って姫神に気があったよな?」
「っ!?」
図星を刺された僕は息を呑む。
「こんなのはどうだ? 俺は姫神を誘うから時宮は黒城さんを誘ってのダブルデートというのは?」
憧れていた姫神さんとのデート。
そこに及川という余計なおまけがつくが、それでもデートであることに変わりはない。
衝動的に頷きそうになった僕は咄嗟に胸中で唱題をしてみる。
(南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経)
以前の僕なら一も二もなくとびついたかもしれないけど。
唱題することでいくらか落ち着くことが出来た。
「……それは酷すぎないか? 姫神さんは及川君のことが--好きなのに、隣で別の女性とデートするのはどうかと思う」
「ハハハ、大丈夫。姫神はその程度じゃあ傷つかないよ」
僕が傷つくんだよ!
と、いうかその四人においてピエロなのは紛れもなく僕じゃないか!
誰がそんなことをするか!
「一応黒城さんに話を通してみる」
突っぱねる選択肢もあったが、そうしたところで及川がごねて時間と体力の浪費になることは明らかなのでお役所的返事にしておいた。
「そうか、ありがとう」
嫌だな、人気者って。
そんな良い笑顔を向けられたら、僕の惨めさが際立つようでやるせなくなるよ。
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