第13話 黒城の逆鱗
「ああ、気が重い」
僕は黒城さんが前にいるにも拘らず溜息を吐く。
「なんだってすんなり決まるんだよ」
黒城さんの返事を伝えた及川はガッツポーズし、僕の肩をバンバン叩いてきた。
「ありがとな。この借りは必ず返すから」
そう爽やかに笑った及川の表情が忘れられない。
返さなくて良いから金輪際僕の視界に映らないでくれと言いたかったよ。
まあ、言わないけどね。
その爽やかな顔で「黒城さんと付き合えたらそうするよ」などと言われたらもう本当にどうしようもないから。
「はあ……」
「時宮君、人前で溜息を吐くのは感心しないわね」
案の定、黒城さんが眉根を僅かに上げてそう告げる。
「そうは言ってもねえ」
分かっていても止められない事というのは世の中にいくらでもあり、これもその一つなんだ。
「月並みな意見を言うと、溜息を吐くと幸せが逃げるわよ」
「そう? 科学的には溜息というのは深呼吸と同じで、やればやるほど体がリラックスすると思うけど?」
わざと意地悪な反抗をしてみる僕。
僕の悩みの原因の一端には黒城さんが関係しているのだから、これぐらいの皮肉は許されるだろう。
けど、それで堪える黒城さんじゃないんだよね。
「じゃあ、学会風に言うわ。溜息を吐く際の表情は疲れ果てた地獄の相、相--表情の変化は体調に現れ気分に現れ、究極的には自分の存在が疲れ果てる立ち位置になってしまうのよ。だから無理にでも良い表情を浮かべなければ事態は何も好転しないわ」
「言い分は分かるけど、表情ぐらい自由に浮かべさせて欲しいな」
強要された笑顔は笑顔と言えるのか。
と、いうかそれ以前に僕の浮かべる表情は僕が決めるべきだろう。
「確かに自由は尊重されるべきだけど、かといって転げ落ちていくのを黙認するほど私は非情ではないわ。そしてそれが同じ学会員の同志なら尚更、ね」
同志……同志かぁ。
こうやってあの黒城さんが僕と一緒にいる理由が同じ創価学会員だからなのかな?
もし、僕が創価学会員でなかったとしても黒城さんは同じように振る舞ってくれただろうか。
「? そんな切なそうな目を浮かべてどうしたの?」
黒城さんの言葉に知らず笑みを浮かべる。
さて、どうしようか。
いつものようにこの場を誤魔化して終わってもいいけど、それは問題を先送りにするだけであり何の解決にもなっていない。
ご本尊様、僕に力を。
(南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経)
不思議だ。
胸中で題目を唱えると、背中を押されたような気分になる。
僕は奇妙な安心感に包まれたまま、口を開いた。
「可能性の話になるけど、もし黒城さんが及川と恋人同士になったらこの関係も終わってしまうのかと考えたら怖くてね」
--怖い。
結局のところ、また失ってしまうのかという恐怖感が僕の胸の奥に蠢いている。
しかもその相手が同じ相手というのならなおさらね。
「あら? それは私を異性として認識しているのかしら?」
暗黒面に堕ちそうになった僕を笑わせる為なのか、黒城さんは軽い笑みを浮かべながらそう聞いてくる。
その茶目っ気ある対応に僕はいくらか救われたので肩を竦めて冗談を返す。
「異性というより、友人としてかな。好きな人は一人にしておかないと失礼だろう?」
正直な話、僕は黒城さんを好きになりかけているけどまだ心の天秤は姫神さんに傾いている。
それに、なんといっても面と向かって二股発言をするのは僕的にどうかと思っていた。
「……まあ、そうね。二番手扱いされても嬉しくないし」
「あれ?」
黒城さんの奥歯にものが挟まったような発言に僕は戸惑う。
てっきり笑い飛ばして終わりかと思っていた。
……この雰囲気は少し拙い。
何が拙いかと言うと、ほんの少しだけ黒城さんの天秤が及川へと傾いた気がする。
それは嫌なので僕は口を開く。
「そういえば黒城さんは及川と付き合うことはないと言っていたけど、過去に何か嫌なことがあったの?」
クラスでの振る舞いは唯我独尊、好かれていようが嫌われていようが変わらず行動するタイプの黒城さんが忌避するというのは余程のことらしい。
「そうね……実は半年ほど前に及川君と偶然出会ってお茶したことがあったのよ」
黒城さん曰く、たまたま街にいた時、及川に声をかけられたらしい。
……何故だろう、偶然というよりは、それを装って待ち伏せしていたことにしか思えない。
僕は心の中で及川をストーカー扱いする。
「で、喫茶店にとりとめもないことを離した後、駅に向かう最中に別の宗教者が街頭説法していたの」
「あ~、たまに見るよね」
彼ら彼女らは一体何が楽しくて通行人からゴミを見るような眼で見られるような行動を取るのか。
相当なマゾじゃないと出来ないぞ、あれは?
「『信じる者は救われる』とか『神は全てを見ている』とか、そんな上から目線で語られて誰が感動するのよ、上位者がいるというのなら今すぐ出てきてこの世の戦争と悲惨の二つを消しなさい、と思うわ」
「黒城さん、黒城さん。話がずれてるよ」
創価学会以外の宗教批判はまた別の機会でやろうよ。
「そうね、その通りだわ。それを見ていた及川君は冷たい声音でこう言い放ったのよ『宗教なんて弱い人がするものだ』ってね」
「うわあ……」
確かにそれは許せないな。
カンニング疑惑をかけられた僕は全ての居場所だけでなく未来すら奪われそうになった中、ギリギリのところで踏みとどまれたのは創価学会の信仰と黒城さんという同志がいたからだ。
もしあの時に創価学会が無かったら? --考えたくもないね。
自殺者か、それともテロリストを一人産む未来が待っていたよ。
「だから私は及川君を付き合うことはないわ。ああいう考えを持つ人間に好かれても迷惑なだけよ」
断固とした拒否の言葉を放つ黒城さん。
「そっか、分かった。ありがと、話してくれて」
そしてその言葉で僕は幾分か救われたのは内緒だ。
「と、いうことで貴方は姫神さんに告白してきなさい」
「……はい」
そしてその言葉で落ち込んだのはもっと内緒だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます