第12話 凡人の心
やっぱり話すしかないんだろうなぁ。
黒城さんを前にしてもなお僕はまだうじうじ悩んでいる。
悩みの種は及川の存在。
あいつ、一日ごとに「どうだ? 返事はどうだった?」って聞いてくるんだ。
そして、その度に僕は「いや、まだ聞いていない」と返すこともう一週間。
一週間も同じ返答しかないのなら諦めるか、それとも自分で言えよ。
なんで飽きもせず僕に尋ねるんだよ。
……断わっておけばよかった。
今更ながら後悔してしまう僕である。
「なんか大変みたいね」
若干呆れを込めた言葉で黒城さんは息を吐く。
「最近及川君に付きまとわれているみたいじゃない」
「ああ、そうだね」
男に付きまとわれても全く嬉しくないけどね!
「そういえば及川君とは同じクラスだったそうだけど、何かあったの?」
黒城さんがそう聞いてくる。
丁度良い機会か。
と、僕は観念して話し始めた。
「ふうん。私と及川君。時宮君と姫神さんとのダブルデートをねぇ」
その平坦な声音から黒城さんの機嫌を察することはできない。
「断りの返事を出しておくよ」
黒城さんに問う必要はない。
「例え黒城さんが良くても僕が嫌だし」
誰が見るか、誰が。
NTR展開になるぐらいなら鬱ゲーも真っ青のリョナ展開にしてやる。
「それで良いよね。黒城さん?」
一応聞くには聞いた。
これで僕は及川の約束を履行したことになる。
……文句があるなら人を仲介せず自分から誘うんだな。
「時宮君。先入観で人を判断してはいけないわ」
鋭い、一閃のような言葉が僕を現実に返す。
「曖昧な予測で動くのは大やけどの元になる。人が絡んでいる以上、事実のみを積み上げていくべきよ」
「……確かに」
不正確な情報や先入観で判断した事実程怖いものはない。
黒城さんの言葉は正論だ。
「じゃあ、聞こう。黒城さんは及川君とデートしたい?」
「いえ、全然」
「おい!」
一瞬の迷いすらない即断に僕はずっこけそうになる。
うん、この一連の流れは素晴らしいと思うよ。
大阪なら間違いなく拍手されると思う。
「それじゃあ、断りの返事を入れておくよ」
僕は溜息を吐いた後にそう告げる。
後は知らない。
及川自身が頑張れ。
と、そこまで考えたところで黒城さんが口を開いた。
「ねえ、時宮君はどう思うの?」
「何が?」
「姫神さんとのデート」
「……」
黒城さんの問いかけに詰まる僕。
未練がないとは言い切れない。
及川を見る姫神さんの表情など見たくもない。
「行きたい気持ちはあるけど、姫神さんが好きなのは及川だ」
僕じゃないんだよ。
もう姫神さんの眼には及川しか映っていないんだよ。
「だから諦めるの?」
「……」
無言が肯定を表す。
「やれやれ、時宮君。信じ始めて日が浅いから仕方ないとはいえ、ご本尊様の力を甘く見ているわ」
どうしようもないとばかりに黒城さんは首を振る。
「いいこと? ご本尊様に不可能はない。時宮君が本気で姫神さんが好きならば、ご本尊様は必ず力を貸してくれるわ」
「……うん」
さすがにそれはないんじゃないかと考える僕。
その様子に黒城さんは指先で頭をトントンと叩いた後。
「疑っているようね。だったら証明をしてあげようじゃないかしら--私、及川君の申し出を受けるわ」
「え?」
驚く僕に黒城さんは続ける。
「私が頑張って及川君を引き付けるから、その間に時宮君は姫神さんに告白しなさい。大丈夫よ、ご本尊様の力を信じて」
黒城さんの言葉には力があり、全く疑っていない。
けどね、黒城さん。
言い訳させてもらうと、僕はあのどん底から立ち直らせてくれたご本尊様を疑っていないよ。
けれど、想像してしまうんだ。
もし、黒城さんが及川と恋人同士になったら僕はどうなるんだ?
正直に言えば、僕の中で黒城さんの存在が大きくなってきている。
そんな中、姫神さんに続いて黒城さんも及川に奪われたら僕は一体どうなってしまうのだろう?
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