第20話 復活

「それで、何の話かな?」


 昼休み。


 もはや恒例となった屋上にあるベンチに僕と黒城さんは腰を下ろす。


「そうね、時宮君。確認だけど、姫神さんのことは今でも好きなの?」


「……」


 黒城さんのその問いに僕は咄嗟に答えを返せない。


 姫神さんは僕に対して脈はない。


 告白して振られた時の記憶を振り返っても彼女の想いは今も及川に固定されている。


 僕に入り込める余地はない――けれど。


「……諦めきれない」


 我ながら救いがたいなぁと自嘲してしまう。


 姫神さんは僕の想いを受け入れることはないと分かり切っているのに引きずられている自分がいる。


 僕は何故ここまで姫神さんに執着しているのか分からない。


「時間が欲しいと思う」


 振られてからまだ一日も経っていないから混乱しているのではと考える。


「ふーん、なるほどなるほど」


 黒城さんは僕の様子を見てなぜか納得したように頷く。


「時宮君。貴方は姫神さんが好きなのではなくて、及川が憎くてたまらないのではないの?」


 及川。


 その名前を聞いた僕はドクンと心臓がはねたのを知る。


 もし、姫神さんが好きなのは及川でなく別の他人であれば僕はどうしていた?


 多分、ここまでの執着はしなかっただろう。


 例え振られようとも割り切れたかもしれない。


「……そうかもね」


 僕は重く長い溜息を吐いた後に肯定する。


「及川が憎い、憎くて堪らないのが僕の始まりかもしれない」


 及川の存在が許せない。


 姫神さん、担任の教師、クラスメイト等々及川を持ち上げる様を見るのがとてつもなく辛い。


 クラスから離れたはずなのに、執拗に迫ってくる及川が憎い。


「その状況から手っ取り早く逃れる方法はあるんだけどね」


 考えすぎて息が詰まってきたので僕は肩をすくめて茶化してみる。


 口には出さないけど、その方法とは及川がこの世からの強制退場。


 僕の人生も終わる可能性が高いけど、生きていく限り及川に心を乱され続けるよりかはマシかもしれない。


「時宮君。共感できるけど、それを口にして実行したら学会員じゃなくなるわよ」


 僕の物騒な気配に気づいたのか黒城さんがそう窘めてくる。


 けれど、口元に笑みを浮かべているのは黒城さんもその方法を考えた経験があるからなのか。


「わかっているよ、あくまで思っただけだ」


 今のところはね。


 未来はどうなるかわからないよ?


「そうね。じゃあ時宮君を未来の犯罪者にしない一つの方法を教えましょうか」


「へえ、どんな方法?」


 黒城さんが冗談めかした口調なので僕も気軽にそう返す。


「私と付き合うの」


 なのでその言葉に僕は驚きを隠せなかった。


「え……」


 あまりの言葉に絶句し、二の句が継げなくなる僕。


 黒城さんは、会話のボールは僕に投げ渡したと言わんばかりに沈黙している。


 どう応えるべきか、冗談だと笑ってごまかすか。


(南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経)


 胸中唱題し、湧き出た答えを吟味せずにそのまま出した言葉が。


「黒城さん……それは無理だよ」


 拒絶だった。


 口に出した瞬間から後悔と自己嫌悪が襲ってくる。


 どうして及川を見返せるようなビッグチャンスを見逃したのか。


 黒城さんと僕との仲はそんなに悪くないのに何故……


「そう……まあ、予想していたわ」


 拒否したのに黒城さんの表情は変わらない。


「確かに、世間体が悪すぎるね」


 後ろ髪を引かれる思いはあるけど、振られたばかりで傷心中の人に告白するというのは、弱みに付け込んだみたいで敬遠される。


 もし、受けていれば黒城さんが軽蔑の対象となり、僕は罪悪感に苦しんだだろうと心の中で言い訳する。


「世間体なんて気にしても仕方ないわ」


 心外とばかりに黒城さんは艶やかな黒髪をかきあげる。


「時宮君。貴方は本当に警戒心が強い、だから降って沸いたかのような美味しい話には食いつかず、立ち止まって考えるタイプよ」


「及川なら戸惑わなかっただろうね」


「そうね、彼は数少ないチャンスをモノにできる人だわ」


 及川に比較されて落ち込む僕。


 将来、大企業で活躍する及川と、中小企業で四苦八苦している僕の姿が容易に想像できてしまう。


「自分を卑下してはだめよ。桜梅桃李のように人それぞれの良さがある。時宮君は大きな成功を収める可能性は低いけど代わりに致命的な失敗を犯す確率も低い。どんな状況であっても安定した結果を出すのも得難い資質だわ」


「及川のようになれとは言わないんだね」


「当たり前よ。そもそも創価学会の教えは他人になれなんては言わない。時宮君は時宮君のままで成功すればいいのよ」


 黒城さんの言葉は力強い。


 おかげで僕の心は幾分か救われる。


「そうか、これで良いのか」


 そう口に出した僕は安堵の感覚を覚えた。


「まあ、これで時宮君に私の気持ちがわかってもらえたようだし、次に繋げるわ」


「え? まだ諦めてないの?」


 黒城さんの意外な言葉に僕は思わずそう口走ってしまう。


 すると黒城さんは何を言ってるんだと言わんばかりに鼻で笑って。


「一度の失敗で諦めるわけがないでしょ。一回失敗したなら二回目、二回目も無理だったら三回目と再挑戦するのが普通よ」


「おお……」


 自分が納得するまでアタックするという宣言に僕は一歩後ずさる。


「なんというか、すごいバイタリティだね」


 僕にはとてもまねできそうにない。


 と、弱音をこぼした僕に黒城さんは半眼になって。


「自分とは無関係と思っているかもしれないけど、創価学会の伝統行事――折伏する学会員に比べたら私でもまだ弱い方だわ。学会の草創期の先輩方は、怒鳴られ水をかけられ塩をまいてきた相手だろうが他宗教の幹部だろうが折伏して同志にしてきたのよ」


 ……僕、その時代に生まれなくてよかったなぁ。


 絶対参加できなかったよ。


「話がそれたわね。ごめん、学会の話になるとどうしても脱線してしまって」


 コホンと咳払いする黒城さん。


「いや、謝らなくて良いよ。そうなった原因は僕にあるし」


 僕が黒城さんの告白を受け入れなかったので、黒城さんは気まずさを誤魔化すためにそういった路線にいってしまったと考えている。


「振られてしまったのは残念だけど、これで時宮君が私の気持ちを知ってくれたし、及川君の執拗なアタックも避けられる建前も手に入れられたわ」


「え? もしかして言うつもり?」


「ええ。『私が好きなのは時宮君です、ごめんなさい』って宣言するつもりだわ」


 そんな胸を張って言うことなのだろうか。


 まあ、僕がそんなことを言う資格なんてないと思うけど。


「だから、時宮君も頑張りなさい」


 僕の名前が出てきたので反射的に顔を上げる。


「一度振られたから何なの? 他に意中の相手がいるから何なの? 二度目、三度目の告白があっても良い、意中の相手は姫神さんを受け入れていないのよ。諦めるにはまだ早いと思うけど?」


 真面目だ。


 黒城さんは漆黒の瞳に確たる意思を宿しながら僕にそう問いてくる。


「……やるしかないよね」


 ここまではっぱをかけられておきながら動かないなんてまねができるほど僕はまだ枯れていない。


「わかった、やろう」


 一度目がだめなら二度目がある。


 僕はその言葉を胸に顔を上げる。


「すごい、抜けるような青空だ」


 この晴れ渡る空を感じ取れたのはいつ以来かな?

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