第21話 及川との話し合い
秋の天気は女心のように変わりやすいという。
今の季節は初夏なのだが、僕はその言葉の意味を嫌という程噛み締める。
今の空模様は黄昏。
まるで僕の行く先を示すかのような暗い印象になり果てた。
心がどんよりと曇ってしまった原因は午後の授業が始める直前に届いたメールによる。
差出人は――及川。
……あいつ、僕を絶望に突き落とす使命を持った悪魔と知り合いなのか?
どうしてこう、絶妙なタイミングで僕の心を折りに来るのか。
おかげで午後の授業を最悪のテンションで受けざるを得なかった。
「はあ……」
ため息を一つ、僕はスマホを開いてもう一度メッセージを確認する。
及川の要件は『放課後、話す時間をくれないか?』と、いうこと。
特に断る理由もなかったので僕はその提案を了承し、現在に至った。
僕のいる教室からはグラウンドの様子が一望できる。
そのため、及川がキャプテンを務めるサッカー部の練習風景も確認することができた。
「サッカー部というのは熱心にやるんだな」
僕の中では野球部がガチでやり、続いて陸上部、柔道部と続く。
サッカー部はどちらかというとスマートな練習を心がけ、爽やかな練習風景だと勝手にイメージしていたが。
「まだまだ! 声を出せ! 後ワンセットだ!」
「「「「ウィ」」」」」
及川の檄に応えるサッカー部員。
あの涼やかな及川があそこまで熱血を見せるとは想像していなかった。
学業優秀、スポーツ万能、オマケに高ルックスに名家出身。
エリートかと思いきや、それらを上回る情熱、熱血、そしてカリスマ。
現在の状態に甘んじることなく進み続けようとするその姿。
なるほど、それは男子女子問わず人気が出るはずだよ。
姫神さんが惚れるのも無理はない。
けど、だからこそ湧き上がる暗い情熱がある。
及川が優れれば優れるほど、それを認められず貶めたくなる自分がいる。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
駄目だ、また暗黒面へと堕ちかけている。
僕は黒城さんから好意を寄せられる程度には優れた面がある。
そのことを意識すると、多少気分が軽くなった。
「すまん。練習に熱が入ってしまってな。つい完全下校をオーバーしてしまった」
及川の言葉に僕は肩を竦める。
「気にしなくて良いよ。面白いものを見られたからね」
僕はスポーツドリンクを手渡す。
手ぶらで及川に会うのは憚られたので、簡単に手に入ってかつ喜びそうなスポーツドリンクを自販機で買ってきた。
「これは観戦料」
「おっ、悪いな」
及川はニカッと笑うと躊躇なく蓋を開け、一息で半分ほど呑み干す。
人から渡された物にもう少し警戒心を持てないのか。
渡した本人が言うのもなんだけど、そう思ってしまう。
けれど、これがあるから及川は人気があるんだよな。
「さて、歩きながら話そうか」
完全下校を過ぎているので僕達は一刻も早く学校を出なければならない。
加えて、このままだと話しついでにファミレスへと寄りかねない。
男二人で、しかも相手が及川と長時間向き合うなど死んでもごめんなので歩きながら話すことにした。
「「……」」
しばらく無言で歩く二人。
高身長の及川は僕と比べて歩幅があるので微妙にずれてくる。
この場合は及川がゆっくり歩くか、それとも僕が歩く速度を早めるか。
僕としては及川に譲られるのは癪だったので僕が譲歩する。
「で、何の用かな?」
及川から話す様子がなかったので僕は口を開いて先を促す。
「メールや電話でなく、僕を完全下校時刻まで学校に残らしたんだ。相応の理由があるんだろうね?」
「ああ……実はな」
及川は歯切れ悪そうにそう前置きして。
「黒城さんから告げられた。『私が好きなのは時宮君よ』とな」
「……」
その言葉に僕は絶句してしまう。
黒城さん……僕と別れたその足で及川のところに向かったのか。
「う……もう言ったのか」
及川に対する優越感を感じるより先に黒城さんのバイタリティに圧倒されてしまう。
「? どうして時宮がそんな驚いているんだ?」
及川が僕の態度に首をかしげる。
「ああ、実はね――」
隠す理由もないので僕は一連の出来事は今日の昼休みに起こったことを伝える。
「相変わらず凄いな、黒城さんは」
「うん、僕もそう思う」
及川の驚きに対して僕も素直に同意。
行動力が僕の常識範囲を大きく超えている。
「で、時宮は黒城さんと付き合うのか?」
及川の言葉に僕は首を振る。
「いや、断った。理由は……うん、どうしても、ね。姫神さんが好きなんだ」
いくら振られたかといって姫神さんを好きな気持ちに変化がない。
だから、黒城さんの申し出を断らざるを得なかった。
「そうか」
及川の態度が目に見えて明るくなる。
その様子にムカッときた僕は続けて。
「だけど、黒城さんは諦めないとさ。『一度目でダメなら二度目がある』と、引く様子は見られない」
その様子に僕も大分救われたけどね。
「ああ、良い言葉だと俺も思う。時宮が黒城さんの気持ちを受け入れていないんだから俺にもまだチャンスがある」
うん……及川ならそう言うと思っていたよ。
諦めてくれれば良かったのに。
「しかし、姫神が好きって。やはり時宮はあの時に姫神に告白したのか?」
「まあね。結果は御覧のありさまだけど」
予想通り、僕は振られた。
「なるほど。で、諦めきれないとか?」
「悪いか?」
及川の言葉に僕は目を細める。
断られたのに諦めきれないのは見苦しいというのなら僕は断固戦うぞ?
「まさか。俺もお前と似たようなものだ。だから時宮を否定することはない」
及川は苦笑交じりに首を振る。
その様子に嘘は混じっていないと僕は判断した。
「で、話したいのはそれだけ?」
もう駅が近い。
あと数分歩けば僕と及川は別れるだろう。
「いや、まだ話したいことがある」
悲しいことに、及川の話は続くようだ。
「なるべく簡潔にしてくれよ。でないと電車が行ってしまうぞ」
次の電車が来るまでの時間つぶしに付き合わされるのは嫌だ。
「うーん、時宮には悪いが込み入った話だな」
マジですかい……
表情に出さなかっただけ成長したものだと自分を褒めてあげたい。
「ちょっと進んで右に公園があるだろう。そこで話そうか」
いえ、お断りします。
と、言えたらどれだけ僕の人生は輝くのかな?
ノーと言えない日本人である自分に対して嘆息した後、僕は及川が示す公園に歩き始めた。
姫神さんや黒城さんならともかく野郎と、特に及川と二人でベンチに座る趣味はない。
手早く終わらすようにという催促の意味を込めて僕は鉄棒にもたれかかる。
「実はな、黒城さんの言葉には続きがあったんだ」
及川がそう切り出す。
ん? まだ続きがあったんだ。
内容が気になったので僕は知らず体を前のめりになる。
「『時宮は及川君の取り巻きと先生によって濡れ衣を着せられた。時宮君が真相を知って許さないことには私は貴方を認識することはない』と」
語られた衝撃の言葉に僕は思わず目を覆う。
「黒城さん……」
やってくれたな。
そこまで世話を焼かなくても良いのにと一瞬考えるが、僕からそれを言い出すことはほぼないということを考えたら一番良い方法なのかもしれない。
けど、素直に感謝できるかと問われれば沈黙してしまうけどね。
「なあ、時宮。それは本当か? 時宮がカンニング疑惑を着せられ、クラスを変えざるを得なかったのは俺が影響しているのか?」
及川の目は真剣だ。
これは茶化したり冷笑したりして対応するのは人として間違っているな。
いくら僕でもそれぐらいの分別は持っている。
「クラス替えは違うけどね」
あれは事なかれ学年主任が保身に走った結果だ。
及川が関係していないと言えば嘘になるが、そこまで責任を問うのは酷だろうと考える。
「そうか……いや、やはりというべきか」
及川が深く嘆息する。
その動作に僕は片眉を上げる。
「気づいていたのか?」
「薄々とな。時宮のカンニング疑惑で俺がトップに立ったら先生や友達が『これが当然』や『正々堂々なら時宮に負けるはずがない』と、囃し立てられればおかしいことに気づくよ」
「なら――いや、何でもない」
僕は糾弾しかけた言葉を途中で止める。
僕が及川の立場なら真相を暴こうとしたか? いや、しない。
もし真相を知ってしまったら及川は非常に苦しむ立場に追いやられただろう。
彼らは悪意を持ってやったわけでなく、及川に良かれと思って行動した。
その気持ちを及川は察した以上、真相を追及してしまえばどう転んだとしても及川にとっては自己満足以外得るものはない。
被害者の僕も及川の前から姿を消した以上、記憶から消し去るのが一番と判断しても仕方ない。
「やはり黒城さんか」
しかし、すべてを覆す出来事が起こった。
黒城弥生――及川が片思いしている人。
彼女は真相を明らかにしない限り及川を認めることはないと宣言した。
それはもの凄い葛藤を生み出すだろう。
僕も姫神さんが好きなので、そう宣告された及川の苦悩を少しは理解できる。
それこそ、時間を置かずに僕と接触してくるぐらい追い詰められている。
「時宮……許せないか?」
及川は唇をぐっと噛み締める。
「お前を追い込んだ俺の友人と担任の先生を許すことはできないか?」
及川は本当に切実なのだろう。
僕は及川がここまで緊張している様子を初めて見る。
「もう済んだことだ、罰は求めない。が、彼らの口から真実を明らかにしてくれることを望む」
事ここに至って彼らが苦しんでもらおうとかは思えない。
罪を憎んで人を憎まず、という言葉がしっくりくるかな。
「真実だ。それを話してくれるのなら僕はこれ以上求めない」
クラスが別になった以上、彼らと交わることは限りなく少ない。
変に恨みを買って思わぬところで足を引っ張られては堪らなかった。
「時宮、ありがとう。後は責任もって引き受ける」
心底安堵したかのように及川は笑う。
普段は及川の笑みにイラつきを覚える僕だけど、この時は素直に爽やかな笑みだなと思うことができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます