第22話 報告

 次の日、僕は駅前近くの公園にて人を待つ。


 もちろん、待ち人は及川でない。


 あいつなど死んでも待つもんか。


「もうそろそろかな?」


 昨日にメールを送り、向こうから了承メールが来た。


 いつもの登校時間を鑑みると来るはずだ。


 そして、僕の予想の結果は。


「おはよう時宮君。良い天気ね」


「おはよう黒城さん、生憎と、今の僕に晴天を楽しむ余裕はないんだよ」


 女帝――黒城弥生。


 自らの行動がどんな結果を齎したのか知っているのか、そのたたずまいは自信に満ち溢れていた。


 僕と黒城さんは並んで歩く。


 黒城さんの影響なのか、進む先がモーゼのごとく人波が二つに分かれている。


 黒城さんは別段奇抜な服装やしぐさをしていない。


 大多数の女子と同じく薄い化粧をして黒髪を自然に伸ばし、カバンを両手で持って静かに歩いているだけ。


 それだけなのに自然とその姿を追ってしまう。


 これが本物のカリスマというものか。


 黒城さんを見ていると流行を追っかける行為が如何に馬鹿らしいのかを痛感するよ。


「私とこうして歩くなんてどうしたの? やはり昨日のあれの影響?」


 それは分かっていているのか。


 まあ、その言葉にからかいのニュアンスが感じ取れるから絶対にわかっているんだろうな。


「黒城さん、今は時間が限られているから端的に聞くけど……全て予想通り?」


「何のことかしら? 今の私には何が起こっているのか全く知らないのだから」


 可愛く小首をかしげてそう応える黒城さん。


 振り返れば、僕は昨日黒城さんに何も説明していなかったね。


 まあ、おおよそ予想はついているものの、憶測でものを話すことを是としないだけかもしれない。


「ごめん、質問が悪かった」


 けど、客観的に見て僕に非があるのは明白なので謝って説明しよう。


「実は昨日、こういうことが起こったんだ」


 僕は及川からの話を簡潔に伝えた。




「中々の行動力ね」


 すべてを聞き終えた黒城さんは及川の言動をそう評する。


「言うは易く行うは難し――普通なら考えはしても実際の行動に移せるかどうかは二の足を踏むわ」


「そうだね、そこは僕も同意だ」


 及川のことを憎くて憎くて堪らない僕でもその時の行動は評価せざるを得ない。


「十分の一でも良い、僕もそれぐらいの行動力があれば変わったのかな?」


 姫神さんを振り向かせることができた――いや、そこまではいかなくともあの悶々とした日々を過ごさずに済んだかもしれない。


 もう何度目になるかわからないぐらい、僕自身の面倒くささに辟易してしまう。


「時宮君駄目よ。他人の長所を認めて褒める菩薩界の働きは推奨するけど、その他人を嫉妬したり自分自身への失望へと繋がったりする修羅界へと堕ちることまでは認めていないわ」


 すかさず黒城さんから注意が入る。


 そうだね、菩薩界とか修羅界とかいう学会用語についてはピンとこないけど一般常識からみても褒めても良いけど嫉妬するのは駄目という理屈は分かるよ。


「まあ、でも私がしたことについての結果が知れて良かったわ、ありがとう」


 素直に礼を述べる黒城さん。


 けど、その目が『それだけじゃないでしょ?』と言っている。


 ……敵わないね。


「お礼を述べるのはもうちょっと待ってほしいかな?」


 先ほどまで僕は黒城さんに対して礼を述べようと思っていた。


 突然向けられた悪意の罠。


 僕では脱出不可能な罠で、人生が終わったと思えるぐらい絶望を覚えていた。


 その絶望を取っ払ってくれた黒城さんに感謝の言葉を贈らなければ人としてどうかと思っていた僕だけど。


「まだ事態は解決していない。お礼を述べるだけでなく、その後の決着までちゃんと終了させて黒城さんに報告したい」


 直接の関わりがなかったとしてもキーパーソンである及川が動いたことは事態の解決に大きな進展がみられるのは確実だろう。


 だけど、まだ決着がついていない。


 及川の取り巻きと元担任の先生から謝罪を受けない限り、僕の中で終わることは永遠にないだろう。


「ごめんね、わざわざ呼び出してそんなことを言っただけで」


 直前の心変わりをしてしまった意味も込めて頭を深く下げる。


「気にしなくて良いわよ」


 そんな僕を見た黒城さんは嬉しそうに笑う。


「何か困難な問題が立ちふさがった時、ヒーローやスーパーマンが突然現れてあれよあれよと解決し、自分はただ震えて泣くか弱き存在じゃない。立ち上がり、自分の手で決着をつける心意気こそ創価学会員に相応しい生き方じゃないかしら?」


 確かにそうかもしれないね。


 けど、どうだろうか。


「黒城さんがいなければここまで上手くいかなかったと思うけど」


 及川を動かしたのは間違いなく黒城さんのおかげだと思う。


 そんな僕の疑問に黒城さんはチッチと指を振って。


「問題の解き方は一つじゃない。貴方が諦めず、祈り続けたからこそ今の状況があるのよ。だから、私がいなくても遠からず別の方法で解決していたと思うわ。それが効率的かどうかは横においてね」


 相変わらず黒城さんの視点は広いなと思う。


 と、ここで気になった点があったので聞いておこう。


「黒城さん? 頑張り続けたよりも祈り続けたという表現を使ったのは何故?」


 その疑問に黒城さんは鼻で笑って。


「二つの意味があるわ。一つは頑張り続けたところで報われるとは限らない。そしてもう一つは、全ての始まりは祈りから始まるからよ。祈るからこそ現状に逆らおうと思い、足掻けるの」


 なんとも哲学的な言葉が飛び出した。


 その言い分を理解するには相当な時間が必要だろうなと思った。

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