第34話 現実と矛盾

「何か朝から凄く暗い顔をしているわね時宮君」


「黒城さんか、凄い挨拶だね」


 開口一番直球をぶち込んでくるのが僕の救世主黒城弥生。


 信心歴が浅い僕とは違った筋金入りの創価学会員。


「良いじゃない、貴方と私との仲よ」


 長く艶やかな黒髪をかき上げてそう宣言する姿は格好良い。


 女傑という言葉が似合う。


「否定はしないけどね」


 僕と黒城さんは出会ってから僅かな期間だけど、誰よりも濃密な時間を過ごしている。


 昨日も互いの家で決まった時間に唱題を行う同盟唱題をやってきた。


「なのになんで辛気臭い顔をしているの? 私達には御本尊様があるし、昨日も唱題をしたわ。暗くなる要素がないと思うのだけど」


うん、黒城さんはご本尊様に唱題すればすでに今日は勝っていると本気で信じている性質だからね。


祈れば勝ちという領域まで達していない僕にはまだ共感できないけれど、これは黒城さんなりに心配していると解釈する。


「僕が及川に勝てる日は来るのかなぁって考えたら憂鬱になったんだよ」


 僕は黒城さんに今日の出来事を説明する。


 及川は先の一件でクラスカーストから転げ落ちたのにほとんど気にしていないこと、そしてそんな及川に姫神さんはこれまでも変わらずに、自身がどう思われようとも献身的に傍にいること。


「何というか、本当に2人はお似合いで、僕がお邪魔虫のように思えてくるんだ」


 夫がどんなに落ちぶれようとも献身的に尽くす妻の姿。


 及川と姫神さんは理想的な夫婦で、僕2人の邪魔をする間男のような印象がぬぐえなかった。


「時宮君、桜梅桃李という言葉を知ってる?」


 全てを聞き終えた黒城さんはそう前置きして。


「他人と比べても仕方ないわよ。時宮君が比べなきゃいけないのは昨日までの自分。桜を梅と比べてどうするの? 比べるべきは同じ桜――つまり自分自身よ」


「っ」


 相変わらず黒城さんは直球で返してくる。


 心にぐさりと刺さって痛いけど、事実なので受け止めなければならない。


「それは分かっているんだよ。だけど、姫神さんは僕を見てくれないんだ」


 姫神さんの心は常に及川に向かっている。


「どれだけ努力しようとも、認めてくれないのであればそれはやっていないのと同じことだろう?」


「ご本尊様は見てくれているわ」


 間髪入れず黒城さんは断言する。


「時宮君が思っている以上にご本尊様は私達を見てくれている。今のまま信心を続けていれば想像もつかない幸福の境涯が待っているわ。そう考えたら今の苦労も何でもないことのように思えるわよ」


「僕は今、幸福の境涯が欲しい」


 具体的には姫神さんが僕だけを見ている状態が欲しい。


「時宮君、いきなりは無理よ。農業に例えると、種を植えたら1日で収穫できると思う?」


「それは無理だね」


 種を植えたら1日で収穫できるはずがないというのは小学生でも理解すると思う。


「今の時宮君は種を植えたばかり、姫神さんと付き合い始めた最初の最初――収穫の時期はまだまだ先よ」


 僕は姫神さんと付き合い始めてからまだ1か月も経っていない。


 相思相愛になるにはまだまだ時間と経験が必要。


「それに、厳しいこと言うけど時宮君がどれだけ努力しても及川君のようには一生なれないわよ。素質が違いすぎるもの」


「う、確かに……」


 容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀かつ爽やかな男――及川。


 及川に唯一勝っているのが勉強だけど、たぶん及川が本気を出したら抜かれるぐらいの差しかない。


 僕が、及川が自然体でこなしているようなスポーツマンでヒーローのように振る舞う姿なんて想像もできない。


「だから結局時宮君は祈ることしかできないの。良い、分かった?」


「……はい」


 祈るしかやれることがないのだからうじうじせずやっとけ。


 黒城さんの言いたいことはそういうことなのだろう。


 これが黒城弥生。


 相手の痛いところをまっすぐ切り込んでくる。


 こういった物言いを忌避する人は多いだろう。


 だからこそ黒城さんの周りには人が寄ってこない。


 けれど、寄ってこないからといって嫌われているかどうかは別問題。


 横目でちらりと確認した程度だけど、説教している黒城さんの姿にクラス全員が見ていた。


 クラスの皆は黒城さんの存在が気になって気になって仕方ない。


 僕が後から質問されるのが確定しているように、皆は少しでも黒城さんのことを知りたいのだ。


「しかし、奇妙なことが起こっているよね」


 僕は独白する。


 創価学会――法華経は衆生の1人1人に尊極な仏の生命が宿っているから差別など存在しないはずなのに、学会員の黒城さんは皆と一線を画すほどの巨大な存在である。


 果たしてこれは矛盾していないだろうかと僕はどうでも良いことを考えた。

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