第35話 ランチ会

 授業が終わって昼休み。


「黒城さん、行こうか」


「ええ」


 僕は黒城さんを誘って教室を出る。


 僕と姫神さんが付き合い始めた頃から僕と黒城さんと及川と姫神さんの4人でランチをすることになっていた。


 実はこのランチ、一悶着あった。


 発端は僕――恋人同士なのだから僕は姫神さんと昼を食べるべきだと強硬に主張。


「姫神さん、お昼を一緒に食べよう。恋人同士なのだし、親睦を深めるにもってこいだ」


 姫神さん――難色を示す。


「ええ……私は及川君と一緒に食べていたし」


 ここで及川が助け舟。


「良いんじゃね? そろそろ俺以外の奴と食べてみろよ」


 思わぬ攻撃に姫神さん涙目。形勢不利を悟った姫神さんは黒城さんを道連れにすることを決める。


「だったら黒城さんともどう? 4人なら良いと思わない?」


 突然振られた黒城さんは驚いた後に反対する。


「え、嫌よ。一緒に食べる必要があると思えないし」


 そんな黒城さんに姫神さんは及川と僕を巻き込む。


「及川君も黒城さんと食べたいよね?」


「まあ、それは出来るなら」


 黒城さんに惚れている及川はまんざらでもない様子。


「時宮君もそうよね?」


「いや、僕は無理して誘わなくても良いんじゃない?」


 僕としては姫神さんとの2人で食べたいのであり、及川や黒城さんがいるのなら魅力が半減しているので反対。


「だったら私も食べない!」


「……黒城さん」


 きつい口調で言い切られたことにダメージを受けた僕は涙目になりながらも黒城さんに助けを求める。


「……仕方ないわね」


 不承不承黒城さんが了解し4人でのランチが決まった。


 集まりたいから集まったわけでなく、打算と成り行きの結果のランチなので険悪な雰囲気かと思いきや、意外にも早々良い仲。


「黒城さん、先日の試合の俺の動きはどうだった?」


 及川はリア充のせいか話題に事欠かず、率先して口火を切ってくれる。


「前半はともかく後半のあの余裕は何なの? あそこで頑張ればもう1点いけたでしょ?」


 黒城さんは及川相手であってもそうたやすく肯定はしない。


「あ~、やっぱり黒城さんもそう思ったか」


 厳しめの採点だが及川はまんざらでもない様子。


「ちょっと黒城さん、及川君に厳しすぎない? あれだけ活躍したんだからもうちょっと褒めても」


「いや、良いんだ姫神。むしろこういう評価の方が俺はありがたい」


 惚れた弱みなのか、それとも普段からちやほやされている反動からなのか姫神さんの抗議を遮った及川は嬉しそうだ。


「う~」


「まあまあ、姫神さん。大丈夫、姫神さんの気持ちは及川に絶対伝わっているよ」


 で、僕は落ち込んでいる姫神さんをフォローして慰める。


「……本当に?」


「ホントホント、姫神さんの存在は及川にとって凄い助けになってるよ。だってクラスでも唯一姫神さんが及川の味方だし」


「うん、そうだね。私しかいないんだね」


「そうそう。だから自信をもって姫神さん」


「ありがとう、ごめんね時宮君。迷惑をかけて」


「気にしない、気にしない。僕は姫神さんの彼氏だし、好きな気持ちは変わらない。だから悲しんでいるのは見過ごせないよ」


「時宮君……」


 少し臭いセリフだったかなと思ったけど、姫神さんが感じ入ってくれたので良しとしよう。


 と、いうか姫神さんってベタなセリフというか、少女漫画に出てくるような状況や言葉に弱い傾向があるんだよね。


 姫神さんが好きな及川はアイドル並みのイケメンに加えて学年で常に十位に入るほど頭良いし、サッカー部のキャプテンを務めているし。


 ……うん、及川ってホント現実離れしているよね。


 まあ、それは黒城さんも言えることだけど僕と同じぐらいの年で、あそこまで絶対の確信を持てるものなのかな?


 容姿は人より少し優れているという程度で勉強もスポーツも人並み程度。ただ、巨大なカリスマ性による言動の一つ一つが、人の目を捉えて離さない。


 何を言っても何をやっても黒城さんだから、の一言で済まされる事実は、及川と同じぐらい黒城さんは現実離れしていると僕は考えている。


 で、その現実離れした2人は何をしているかというと。


「嬉しいね、黒城さんが俺の試合を見に来てくれるなんて。これまでどんなに誘ってもこなかったのに」


「あら? 以前も誘われていたのかしら? 覚えていないわ」


「黒城さん、それはないよ」


 楽しくランチタイムというか青春を謳歌していた。


 こうなると及川と黒城さんは他の人物と話題をシャットアウト。


 だから僕はこのチャンスを最大限に生かして姫神さんと話す。


 ここで僕は前々から気になっていたお弁当の話題を出す。


 上手くいけば姫神さんの手料理を口にできるかもしれないなと打算しながら。


「姫神さん、中々おしゃれなお弁当だね」


「ありがとう、及川君の好物の練習がてら作っているの」


「……」


 痛恨のダメージをカウンターで喰らってしまった。


 滅茶苦茶痛いけど気力を振り絞って笑顔を浮かべる僕。


「へ、へえ。及川は家から持ってきているみたいだけど」


 及川の弁当を姫神さんが用意したなんて話は聞いたことはない。


 もしあったら――どうしていただろう? 諦めていたのかな?


(南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経)


 止めろ止めろ。


 弱気になっていた僕は胸中唱題をして気を持ち直す。


 現実にはそんなことなどなかったし、仮にあったとしても姫神さんを慕う気持ちは変わらなかっただろう。


 それに何といっても現在では付き合っているのだから意味のない問いだ。


「……たまに食べてくれるもん『お、美味そうだなそれ』と、言ってひょいっと」


「うんうん、何か想像できてしまうよ」


 及川ならやりそうだし、そのためだけに用意する姫神さんも凄いなあと思ってしまう。


 嫉妬? もちろんあるけど今は些細な問題だよ。


「及川君って本当に喜んでいるのかなぁ? いつも『美味しいよ、ありがとう』だけで感想をくれないの」


「それは問題だね。僕からも言っておくよ『美味しい以外の感想を言え』ってね」


「ありがとう時宮君。お礼だけど、このお弁当を少し食べてみる? 男性からの意見を聞きたいの」


 よっし、成功。


姫神さんの手料理を口にできるのだから些細な問題などノープロブレム。


「もちろん、大歓迎。真剣に批評するよ」


 そう言って僕は卵焼きと唐揚げを分けてもらう。


 感想? 天に上る気持ちで昇天しそうになった以外にあるのかな?


 まあ、それだと姫神さんが満足しないので8割褒め2割意見の構成で批評する。


「ありがとう時宮君。もし良かったら今度もお願いして良いかな」


「大歓迎だよ、姫神さん」


 この時僕はとても良い笑顔を浮かべていたと思う。


 そんな風に互いの親交を深めていた時、黒城さんから唐突にある疑問が投げかけられる。


「そういえば及川君。貴方って最近クラス内で孤立していると聞いたけど本当?」


 及川に向けられた質問だったが、僕と姫神さんは反射的に黒城さんの顔を見る。


 黒曜石のような黒の瞳に浮かぶ月のような怪しい光。


 多分黒城さんは無意識だけど、そんな瞳で見つめられたらほとんどの人は正気でいられないと思うんだ。


 深淵に潜む得体のしれない何かに自分の核をのぞき込まれているような錯覚を受けるんだよ。


「なんだ、黒城さんにも話がいっていたのか」


 タハハと、ばつが悪そうに頭をかく及川は凄いよね。


 黒城さんからの影響をまるで受けていない。


「まあ、時宮関係の一件がな。少し尾を引いているんだ」


 少しどころじゃないだろう。


 及川の取り巻きは姫神さん以外離反し、担任の教師も及川を徹底無視。


 スクールカースト内の変動どころではなく、その枠組みそのものから弾き飛ばされていた。


「ふうん。で、後悔しているの? やり過ぎたって」


「まさか。何度やり直す機会が与えられても俺は同じ選択をする。何故なら、それを見過ごすことは俺の信念に反するからだ」


 堂々とそう言い切る及川。


 その様子から嘘偽りなく、本当に実行するつもりだ。


「及川君……」


「……」


 及川のその宣言に姫神さんは泣きそうになり、僕は視線を落とす。


 及川の今の状況――それは信心を始める前の僕の状況だ。

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