第25話 事の顛末

(南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経)


「入るよ」


 扉に手をかけて軽く唱題し、開けながら声を出す。


 扉を開けた瞬間、A組クラス全員の視線と、それまでに溜まっていた負の念に押されるが、引き下がるわけにはいかない。


 ほら、姫神さんも僕を見ている。


 彼女の前で無様な格好は見せたくない。


「及川君と姫神さん……まだ終わらないの?」


 おそらく、この空気を作り出しているのは及川だと思うのでそう声を出す。


「そろそろ昼食を食べたいのだけど」


 建前としては上出来かな。


 関係者である僕がそう言うことでAクラスにおいて小休止の言い分ができる。


 ちなみに姫神さんの名前を挙げたのはもしものことを考えて。


 万が一、及川と二人で昼食を食べるような事態は絶対に避けたい。


 もしそうなるならこのまま話し合いを続行してほしいね。


「時宮か……悪い、今はそれどころじゃないんだ」


 及川は申し訳なさそうに首を振る。


 それどころじゃないのは誰だって知ってるよ。


 そしてその上で僕がこのような態度をとっていることを察してほしいな。


「時宮君、待ってくれていてありがとう」


 姫神さんは僕の心情を察したのか立ち上がってそう発言する。


「ほら、及川君も行きましょう」


 そう言われれば及川も動かざるを得ない。


 現に、姫神さんの言葉を合図にしてAクラスの空気は動き始めている。


 普段の及川ならこの空気の変化を察し、諦めて動くのだろうけど。


「しかし……」


 当の及川は渋面を作り、消極的な拒否を示す。


 この呆れるぐらいの意思の固さ。


 元から頑固なのか、それとも黒城さんの影響が強すぎるのか迷うところだ。


「……」


 その様子の及川を見た姫神さんはきゅっと両手を豊かな胸の前で組む。


 ああ、本当に姫神さんは及川しか目に入っていないんだな。


 幾度となく突き付けられる現実に僕は奥歯を噛み締める。


「……黒城さんも一緒というならどうする?」


 大分迷った果てに僕は黒城さんの名前を出す。


 及川のために黒城さんを差し出す真似など、今すぐ死にたくなるがそれ以上に姫神さんの心配する表情は見てられない。


 どうか、その心の一分でも僕に向けてほしいと願うことは悪なのだろうか。


「本当か?」


 黒城さんの名前を聞いた及川は分かりやすいぐらい表情を変える。


「少し待って」


 僕はスマホを取り出して黒城さんに連絡してみる。


 個人的には拒否――そうでなくても未読状態が出てほしかったのだけど現実は無情。


「オッケーだってさ」


 すぐに既読マークがつき、了解の返事が来た。


「そうか。なら仕方ないな」


 ため息を吐きながらも喜色を隠し切れない及川。


「「……」」


 僕と姫神さんはそんな及川を揃って複雑な表情で見つめていた。




 今回は及川と姫神さんがいるので屋上ではなく食堂で食べることになる。


 屋上で食べるのは僕と黒城さんの二人きりのみ。


 他人から見ればどうでもよい小さなことだが、僕としては黒城さんとの時間を独占できる優越感があった。


「ここよ、ここ」


 なかなかの規模を誇る食堂に辿り着いた僕達三人。


 この学校の食堂には変なルールがあり、カウンターに近い場所から三年、二年、そして一年と決まっている。


 前時代的なルールだなぁと僕は呆れるが、よく考えれば僕は食堂を使うことなど滅多にないので気にしても仕方ないだろうと思いなおす。


 まあ、そんな賢しげな感情を抱くけど、実際のところは暗黙のルールすら破る度胸もない、ただの臆病者なんだけどね。


 こういった差別的なルールを撤廃できるのは選ばれた人。


「黒城さん……最前列は三年生の席だよ」


 黒城さんのような人なんだろう。


 後、おまけとして及川も含まれているよ。


「ごめんな黒城さん。待たせてしまって」


 及川は自然な様子で黒城さんの前に座るのだから。


 及川のそのごく自然な態度に軽く目をむく三年生はご愛敬。


「及川君。焦らなくて良いのに」


 ほんわか笑顔を浮かべながら当たり前のように姫神さん及川の隣に座り。


「……どうも」


 ルールを破って微かな怒りを見せる周囲の視線が気になった僕はやや背を丸めながら黒城さんの隣に腰を下ろした。


 赤信号 みんなで渡れば 怖くない。


 僕はそんなことを考えてしまったけど、間違いではないだろう。


 三年生の先輩方、怒るのなら及川にしてください。


 僕はあくまでやらされたのだから。


「なんだか大事になっているみたいね」


 Aクラスでの騒動を聞き終えた黒城さんは他人事とばかりにそんな感想を漏らす。


 そんな、自分は無関係とばかりの態度に声を上げたのは姫神さんだった。


「はい、誰かさんのせいで本当に大変なことに、ね」


「騒動を巻き起こしたら駄目よ、及川君」


「原因は及川君じゃありませんよ、黒城弥生さん」


 ニコニコと、双方笑いながら会話する微笑ましい構図なのだが、何故だか寒気が伝わってくる。

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