第24話 A組の争乱

 四時限目もつつがなく終わり、僕は席を立つ。


「……ガンバ」


 僕は少々の後ろめたさを感じたので視線を黒城さんに送ると、彼女は口だけ笑みを浮かべ、ヒラヒラと手を振る。


 うん、やはり先ほどのあれは冗談だったんだな。


 九割理解していたものの、残りの一割が違っていたら目も当てられない結末が待っているというか、僕が耐えられそうになかったので安どのため息を吐いた。


 そして辿り着くAクラス。


 その前に立った僕は何かがおかしいと気付く。


 今はお昼休みの時間帯なので各クラスから生徒が続々と出てきている。


 しかし、Aクラスはそうでない。


 むしろ戸と窓を閉め切り、中の様子を分からないようにしている。


 その違和感に躊躇しているのは僕だけでないのだろう。


 他のクラスから見た人も中に入ってよいのかどうかわからずAクラスの前でたむろしていた。


「えーと、少し聞いて良いかな?」


 入るのは躊躇われるけど中の情報は知りたい僕はたむろしている生徒の中から聞きやすそうな生徒に近づいてそう尋ねる。


「一体どうしたの?」


 人にものを尋ねる場合、笑顔を浮かべながら下手に出たら大抵の人は応えてくれる。


 中には嫌そうに拒否する人もいるけど、そこは自分の人物鑑定次第。


 人の態度に文句を言う前に、その間違った人に声をかけた自分を恨め。


「ああ、どうやら四時限目の話し合いが白熱しているようだ」


 僕が声をかけた男子生徒は肩をすくめる。


「ラインによると朝のショートホームルームに続いて話し合いの真っ最中だとよ」


 クラスの誰だか知らないが話し合いの最中にも関わらず、気づかれずにスマホを操作するという無駄な高等技術に呆れることは後回し。


「一体何の話なのかな?」


 僕がそう問いかけると、その男子生徒は「ちょっと待て」と断ってスマホを取り出して操作する。


「あいつからの情報からだから真偽は分からないけど、なんか前のテストで及川より良い点数を取った生徒を嵌めて追い出したことに関することらしい」


「やっぱりか」


 半ば予想していた答えなので僕はさして驚かない。


 と、いうかそれ以外が理由なら僕はちょっと不信感を持つよ。


 その議題は人一人の人生を滅茶苦茶にすることよりも重要なのかって。


「それにしては長いよね」


 四時限だけでなくショートホームルームも合わせている時間であることを考えれば一時間は越えているだろう。


 そんなにも時間を使っていても解決しないのはやはり。


「想像の通り、認める認めないの水掛け論にまで発展してしまっている。これはもう、双方が疲れ果てるまで事態は動かないだろうな」


「まあ、追及される側としては絶対に認められないからね」


 感情でクラスの誰かを嵌めて足を引っ張った。


 そんなことを認めてしまえば良くて停学、最悪は退学にまで発展する。


 もちろん、それだけでなくこの先誰かを嵌めたという悪評が一生ついて回り、高校生活だけでなく普通の人生を歩むことが難しくなるだろう。


 僕を嵌めた奴らは今頃必死なんだろうな。


 どうして自分が人生の岐路に立たされているのか嘆き、被害者意識があるだろう。

 けどな、本当の被害者は僕なんだよ。


 自分の人生は守るのに、他人の人生は平気で踏みにじれるんだな。


 このカンニングを原因として僕が死を選んでいたら、果たして彼らはその責任を取ってくれただろうか。


 いや、断言しても良いほど責任を取ることはないな。


 代わりにこうのたまうんだ――そんなつもりじゃなかった、と。


 そんなつもりで高校生活や人生を滅茶苦茶にされかけた僕としてはどう応えるべきなんだろうね?


「こりゃあ、まだまだかかりそうだな」


 男子生徒が憂鬱な声を出す。


 確かに、当事者は及川と担任と自称及川の親友だけなのだから、関係ないクラスメイトやその友人は良い迷惑だろう。


「……」


 僕個人の感情を言わせてもらえればAクラスで行われている話し合いは徹底的にやってほしい。


 そして僕を嵌めた奴らはその針の筵で存分に苦しんでほしい。


(南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経)


 胸中唱題をする。


 しかし、それじゃ駄目なんだよな。


 物事の白黒をはっきりつけるのは僕の性分に合わない。


 白と黒が混ざったあいまいなグレー世界が僕にとって心地よいんだろうな。


(南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経)


 胸中唱題し、ご本尊様から勇気をもらう。


「それじゃ、やろうか」


 僕は一歩踏み出す。


 現在、Aクラスで起こっている混乱に終止符を打てるのは謙遜を除いても僕だけだと思うから。

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