第57話 結局は他力本願

「やあ、姫神さん。応えてくれて嬉しい」


 翌日は休日だったので昼前に姫神さんと落ち合う。


 姫神さんの私服姿というのは、白を基調としたワンピース。


 朗らかで慈愛に満ちた姫神さんの本質を表しているようだ。


「……」


 けど、肝心の姫神さん本人が沈んでいるのはどうにかならないかな?


 なんか全てが台無しになっているよ。


(南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経)


 胸中唱題を行って折れそうだった気分を持ち直す。


「せっかくのデートなんだから明るい気持ちでいて欲しいなぁ」


 彼氏としてはそれを望む。


「……私、まだ時宮君の彼女なんだね」


「うん。まあ、そうだね」


 僕の出した条件を達成できなかったのだから僕は姫神さんの彼女だ。


「断っておくけど、僕はあの学年主任に脅してないよ。絶対に」


 そこだけは否定しておく。


「うん、それは分かる。時宮君があの人を脅せるわけがない」


「ハハハ……」


 彼女からの信頼と受け取っておこう。


 脅すことはないけど、取引は何度かしてるんだよね。


 まあ、その結果として学年主任と学園の名誉は確実に守られているのは拍手を送るしかないけど。


「まあ、立ち話もなんだ。前に行った喫茶店で良い?」


 僕の問いかけに姫神さんは肯定の意を示したので僕は姫神さんと足並みをそろえて歩き出した。


 ここまで自分が落ち込んでいる様子なのだから、移動中も沈黙が続いて辛い時間が続くだろうと姫神さんは考えているかもしれない。


 残念だけどその予想は外れるよ。


 僕は入学当初から姫神さんのことを見てきたんだ。


 どんな話題が好きで喋りたくなるのかはすでにリサーチ済みさ。


「――ということなんだけど、どう思う」


「アハハ、時宮君って面白い考え方をするのね。けど、私が考えるのは――」


 道中、話し声が途切れることなく時折笑顔を見せる姫神さんの様子に僕は彼氏として誇らしくなる。


 姫神さんの横にいるのは僕でありたいなぁ。


 及川のスペックには到底叶わないことは嫌でも知っている。


 だけど、その分、姫神さんの好きな話題とか、何をしてくれたら嬉しいのかといったことを知る努力はやってきたんだよ。


 姫神さんが笑い、その可憐な口の隙間から漏れた白いきれいな歯を見た僕は少しだけ心の中で泣いた。




「僕から聞きたいのは」


 喫茶店の中でも雑談を継続し、姫神さんが安心した時を見計らって本題を切り出す。


「及川君から避けられている。理由は……まあ……知ってるけどこのままは嫌だなぁと思ってるんだ」


「……仕方ないよ、それは」


 姫神さんの消え入りそうな声。


「うん。だけど、もうそろそろ何かアクションを起こさないとまずいと思う。部活での及川の動きを見てみたけど、明らかに変だった」


 具体的にはあの熱血ぶりが鳴りを潜め、淡々としたプレーや声掛けになっている。


「時宮君もおかしいと思う?」


「これで動きが悪くなっていれば僕もすぐに行動を起こしたんだけどね」


 あの一件が原因で精彩を欠いた動きをするようなら僕は及川を怒鳴りつけていたと思う。


 及川のために動いて、痛い目に遭ってまで得た結果がこれかと。


 悲しみが怒りに変わるよ。


「けど、何ていうのかな? ああいったプレーもありのように思える」


 必要最低限の動きで最高の効率を得る。


 ミニゲームもそうだけど、最初から最後まで終始一貫として全員のスタミナが切れず、最後まで変わらなかった。


 部活の強豪校というのはああいったプレーをするんだろうなと見ていた。


「そのためか、反発していた先輩も及川に対して従順になっている」


 機械のように淡々と容赦なく追い詰めるプレースタイルは、それはそれは怖いだろう。


 監督も満足しているようなそぶりさえ見せている。


「上辺だけ見れば及川は仲間の犠牲を経て更なる高みに上ったようだ……けど」


 僕はここで区切りをつけるためにコーヒーを口に含む。


「姫神さんも、そして及川君も全然納得していないようだね」


「……」


 姫神さんは静かにうなずいた後に口を開く。


「あんなの及川君じゃない」


 姫神さんは続ける。


「及川君はもっと熱かった。どんな理不尽な目に遭っても決して自分を曲げず、上を向いて歩く人物だった」


「僕もそう思う」


 僕にとって及川という存在は憎たらしいほど正義だった。


 天は二物も三物も与えたかのように思えるほど何でもできた。


 立派な家柄にイケメン、スポーツもできて勉強もでき、さらにカリスマ性もある。


 僕じゃあ、どう足掻いても及川に勝てないと何度も絶望した。


 南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。


 人を妬む僕の悪い癖。


 胸中唱題を行って気分を切り替える。


 及川に嫉妬するのは良いが、姫神さんの前では見せるな。


及川が不幸な目に遭い、貶して笑っている姿を見せれば姫神さんはたちまち僕を軽蔑するだろうから。


「やっぱり僕が及川君と話をするべきなのかなぁ」


 最後の一口になったコーヒーを飲み終えた僕はそうこぼす。


「及川君に対して『お前は間違っている』と突きつければ及川君も気づいてくれそうだけど」


 下手したら僕が殴られるよね。


 事の発端は僕の行動なのだから、及川からすれば張本人が何をいけしゃあしゃあと言ってるんだ?


 と、ブチ切れてもおかしくない。


「時宮君の懸念通り、博打になると思う。それも凄く分の悪い博打に」


 競馬で言えばオッズ100を超える超大穴狙いだ。


「やっぱり……黒城さんが必要だよね」


 及川の心を動かし、かつ激昂した及川が僕に殴り掛からないようストッパー的な存在として黒城さんは絶対に必要だと思う。


「うん……けど」


 姫神さんの表情は晴れない。


 すでに頼んで断られていたか、黒城さんにだけは頼りたくないのか、どちらかわからないけど、姫神さんは乗り気じゃない。


「僕と姫神さんの2人で頼もう。そうすれば変な命令はされないと思う」


 南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。


 胸中唱題を繰り返し、成功することを祈った。

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