第58話 黒城弥生の勧誘
「いいわよ」
……あれ?
清水寺の舞台から飛び降りる気持ちで黒城さんにヘルプをお願いしたところ、意外なほど簡単にOKを貰う。
「及川君が所属するサッカー部は何時までやってるのかしら? 事を長引かせるのはなんだから早めに終わらせておきたいわね」
そう言って僕に連絡するよう伝える。
「ああ、部活が終わるまでの時間を使って姫神さんとの作戦会議もしようかしら。姫神さんって予定はなかったわよね?」
とんとん拍子に物事が進んでいく。
僕はもしかして別の世界に飛ばされたのではないかと思うほど順調だ。
「あの、黒城さん。なんでそんなやる気になったの?」
最初に相談した時は歯牙にもかけない返事だった気がする。
「それはね時宮君。貴方が人事を尽くしたうえで私に協力を求めたからよ」
そう言って僕ののどを指さす。
「その声の掠れ具合……相当題目を挙げたわね?」
「うん。まあ」
指摘通りだったので僕は頷く。
昨夜は必勝を期して随分長いこと唱題を繰り返していた。
気が付けばご本尊様の前で寝ていたよ。
「けど、よく分かったね」
姫神さんからは「声がかすれてるけど風邪?」って心配された程度だったのに。
「それは愚問よ時宮君。何故なら私も誰かに願い事をするときはそれほどまでに題目を挙げてきたからよ」
「……黒城さんって僕と同じ高校生だよね?」
まるで何度も絶望的な状況に陥ってきたように聞こえる。
「フフフ、時宮君。人には人の歴史があるのよ」
そう笑ってはぐらかしてきた。
相当気になったけど、目下の課題は及川のことだ。
気を悪くして辞められたら困るので僕はこれ以上突っ込むのを止めた。
放課後。
僕は及川の部活が終わるまで学校内で待つ。
「落ち着かないなぁ」
現在僕はただ1人。
及川は部活だし、姫神さんは黒城さんが連れていったので会えない。
「少しデリケートな話をするから時間まで待っていてね」
黒城さんからそう念を押されたら僕はどうしようもない。
「時宮君……」
姫神さん――お願いだからそんな目で見ないでくれ。
不安げな表情を浮かべる姫神さんを見た僕は思わずついていこうと思ったが。
南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
胸中唱題を行うと自然と力が抜けた。
うん、これは黒城さんに任せた方が良いな。
「大丈夫だって姫神さん。何かあったら僕に連絡してくれればよいし」
そうスマホを掲げて無理矢理に笑う。
……失敗したよね。
姫神さんの表情が不安げまま変わらなかった。
「やあ、及川君。悪いね」
部活が終わり、帰宅している及川を見つけた僕はわざとらしく手を上げる。
「--ああ。そういえば約束してたよな」
「忘れるなんてひどいなぁ。今日の昼のことだろ?」
ラインで送ってしっかりと返事まで確認済みだ。
「悪い悪い。他のことで頭がいっぱいだった」
申し訳ないとばかりに頭をかく及川。
「そ、だから今回ばかりは及川を貸して。お願い」
僕は及川の――周りにいる部活のメンバーに手を合わせた。
カリスマのある及川は部内でも人気者だ。
今、この瞬間にも敵意ある視線を感じる。
……なんか僕って損な役回りばっかり演じている気がするな。
境遇の悪さの少しだけ天を仰ぐ僕。
「ま、そういうことだから今日は時宮と付き合うよ。悪いな、お前ら」
及川は快活な笑顔を浮かべてハキハキとそう述べる。
良いなぁ、羨ましいなぁ、及川のその力。
あれだけ空気が悪かったのにすべて吹き飛ばしたよ。
と、そんなことを考えながら僕は黒城さんが指定したカフェに向かった。
道中は最悪。
及川は僕の何を警戒しているのか全く心を開こうとしない。
それでも諦めきれずに、色々と話題を振ってみたが全て空回りしているのを感じた。
そしてカフェに到着する僕と及川。
先に待っていた姫神さんと黒城さんの席に向かう。
飲み物を頼んで少し後、黒城さんが口を開いて。
「と、いうことで姫神さんは創価学会に仮入会することになったわ」
……は?
あまりの超展開に僕はしばし停止してしまった。
創価学会の信心、始めるしかありませんでした シェイフォン @sheifon
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