第40話 及川と黒城との出会い③
「……」
「何か言いたそうだな時宮」
僕が沈黙した様子を見た及川がそう聞いてくる。
「ああ。けど、口に出したら喧嘩になりそうだから言わない」
「へえ、気になるなぁ。そんなことならないから言ってみろよ」
「それじゃ遠慮なく」
及川の催促に1つ頷いた僕は口を開いて。
「僕と及川……逆の立場だったらどんなに良かっただろうね」
「……」
「正直言わせてもらうと及川が酷く羨ましい。僕は姫神さんの彼氏なのに、絶体に幸せにさせると誓えるのに姫神さんの心は及川に向いたまま――辛いよ、しかも僕と及川とは何が違うのか嫌でも見せつけられているから余計にね」
好きなのに。
愛しているのに。
姫神さんのためならどんなこともやってみせるのに姫神さんは僕のことを見ようとしない。
「決められたレールをただ歩んでいるだけ? 道があるだけマシだろう。不自由かもしれないけど、レールからはみ出さないのであれば自由に行動できるし、そのレールの先にあるのは輝かしい将来と姫神柚木という伴侶だ――何の不満がある?」
賭けても良い、1000人に聞いても999人は口をそろえて及川の悩みは贅沢というだろう。
僕はフッと笑って。
「けど、生憎と僕はそんな及川の状況を可哀そうだと断言できる人を知っている」
「奇遇だな時宮。俺も知っている」
「そう。なら2人で同時にその人の名前を言ってみようか?」
「良いぞ、せーの」
及川の掛け声に僕は一息吸い込み。
「「黒城弥生」」
僕と及川の口から同じ名前が出たけど、僕達は特段驚かなかった。
「やっぱりか」
及川の晴れやかな笑みが全てを物語っている。
「なあ、時宮。俺は黒城さんに認めてもらいたい」
「好きとは言わないんだね」
「ああ、もちろんそうなって欲しいという希望もあるが、一番は俺の存在を認識してほしいな」
場合によっては敵対しても良い。
ただ、他の人と同じ括りで見られるのは絶対に嫌だと及川は言う。
「凄いね及川。僕は黒城さんに敵認定されるぐらいなら路傍の草扱いされたいよ」
黒城さんと戦うなんて冗談じゃない。
彼女の恐ろしさはこれまで接してきた経験からよく分かってる。
「時宮……やはり俺はお前が嫌いだ、卑怯者」
及川は立ち止まり、そう僕を冷えた声音で非難する。
先ほどまでの気安い笑みを消え、ちょっとばっかし怖い。
あ、僕は今、地雷を踏んだな。
この後僕が発する言葉次第で及川の評価が大きく変わるだろう。
(南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経)
胸中唱題後、特に考えもせずに出た言葉が。
「ごめんごめん、言葉が足りなかったね。僕にとって大事なのは姫神さんなんだよ。正直彼女一人で一杯一杯。だから他のことに構っている余裕はないんだよね」
僕にとって重要なのは黒城さんでなく姫神さんだということを伝える。
「だから、もし黒城さんと敵対することがあるのならそれは姫神さん関係だけだよ。正直それ以外のことで対立するのはねぇ……」
さて、これは通じるだろうか。
祈るような気持ちで及川を見る僕。
「なんだ、そうだったら誤解されるような言い方をするなよ」
バシバシと機嫌よく僕の背中を叩く及川。
「そうだよな、時宮にとって重要なのは姫神のことだよな」
及川の機嫌が良いのは僕の存在が及川のやりたいことに邪魔をしないことに気付いたからなのだろう。
「いてて……だから最初からそう言っているじゃないか」
痛いので止めろ。
僕は及川から距離を取るけど、及川は一歩で距離を詰めて僕の肩に手をまわしてきた。
止めろ、及川に肩を組まれても全然嬉しくない。
「時宮、俺はお前と姫神の恋を応援しているぞ。だから何か困ったことがあれば遠慮なく相談してくれ」
だったら姫神さんの希望を酌んでクラスの連中に頭を下げてくれないかなぁ。
体格も良い及川に体をゆすぶられながら僕はそんなことを考えた。
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