第39話 及川と黒城との出会い②
「よく分からないけど、その時の黒城さんは単に目の前の人物が突然止まったから脇をすり抜けて一瞥したんじゃないかな?」
語り終えるまで黙っていろと言われたのに堪らず口にする僕。
言ってしまってから拙いと気が付いて謝るも。
「ハハハ、これぐらい構わないさ」
さすがリア充及川。
器が大きい。
「けどな、出会いなんてそんなもんだろ。始まりはふとしたきっかけ、偶然起こってしまったことをどう考えるかだ」
「僕は姫神さんとの出会いを運命だと捉えているけどね」
学会員となった今では姫神さんとの出会いは起きるべくして起きたこと。
あれがあったからこそ僕は真剣に祈るようになった。
「時宮……言っちゃなんだが重いぞ。俺はお前と姫神の恋は応援するけど、姫神が苦しむようなら幼馴染の友人として止めさせてもらう」
若干引き気味の及川。
駄目だ駄目だ、つい本音が出てしまった。
「ハハハ、悪いね。及川がいると安心して本心で話してしまう」
「俺を信頼しているのか?」
及川が複雑な表情を作ることにはご愛嬌。
「及川だけでなく黒城さんもだね。もし僕が間違った方向に行こうとすれば2人が修正してくれると信じているからかな?」
及川だけでなく黒城さんも強い。
夫れ木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬればたうれず (三三蔵祈雨事p1468)
2人が目を光らせているうちは不幸な方向に転がっていかないという確信があった。
「まあ、時宮は運命と捉えているかもしれないが、俺からすれば偶然だな。しかし、あの時俺が立ち止まらなくても黒城さんと出会って惹かれることは必然だったと思う」
「同じ学校で同じ学年。そしてお互いひとかどの人物だからね、当然と言えば当然だ」
砂漠の中で埋もれているのが砂でなく宝石なら見分けも容易に付くだろう。
「あいつは凄かった、誰に対しても媚び諂うことなく自分の信念を貫き、孤高を貫いている」
「人はそれをボッチと呼ぶけど、黒城さんには当てはまらない」
誰もが黒城さんをボッチと呼ばない。
よく嫌われ者が『他人に左右されない自分が格好良い』と、言い訳じみたことを述べているけど、僕からすれば『ああ、そう』という言葉しか思い浮かばない。
もしくは『ふうん、そうなんだ』という他人事な感想。
そいつが人気者だろうが嫌われ者だろうが僕にとっては興味ないので勝手にやってくれとしか言えないよ。
しかし、黒城さんは違う。
立ってても座っていても目が離せない。
カリスマと表現すればよいのか、本人にその気がなくともいつの間にか中心に立っている存在。
生まれついての王者というか、人を惹きつける何かが先天的に備わっていた。
まあ、以前に黒城さんにそのカリスマ云々のことを話したら鼻で笑われた後に『カリスマがあるかないかなんて用紙に書かれた線一本の上か下かに過ぎないかわよ。大事なのは確信。信じるに足る何かが強ければ強いほど人を惹きつけるわ』と返された。
理屈ではわかるけど、ピンと来ていない。
いつかは分かる日が来るのだろうか。
「そんな黒城さんを見ていて思ったんだ。俺は黒城さんのように振る舞えるのか? 誰もが反対しても俺は自分が正しいと思った選択を貫けるのかって」
「そんなに深刻に考える必要はないんじゃないか? 黒城さんは黒城さんだし、及川は及川だ。立場や仲間の数も違う」
及川は常に人に囲まれているけど黒城さんは基本1人で過ごしている。
リーダーとしては及川は周りのメンバーに気を使う必要があるだろう。
「時宮……今だから言うが俺はサッカー部のキャプテンなんかなりたくなかった」
「え?」
僕の驚いた様子に及川は空虚な笑みを浮かべる。
「ごめん、及川は傷つけた」
「別に良いさ、それが自然な反応だ。しかし、考えてみろ。普通キャプテンは2年がやるものなのに当時1年だった俺がやるんだ――どんなことになると思う?」
「僕たちの学年では1年で人気部のキャプテンをやる及川は凄い――と話題になっていた」
あくまで表向きの、僕たちの学年での評価。
けど、実際は違う。
「上級生からは疎まれる上に他をも黙らせる結果も残さなきゃいけない。そんな理不尽なプレッシャーとは御免だ。だから俺は姫神に相談してみた、そうしたらあいつはなんていったと思う?」
「『及川君なら絶対できるよ、私も支えるから頑張って――』と、いうところかな?」
「正解だ。寸分の違いもなくそう言ってきた」
吐き捨てるような言葉に僕は思わず一歩下がる。
「姫神さんは優しくて強いよ。本当にできそうにないのなら絶対に止めていたと思う」
少なくとも姫神さんは頭がお花畑でなくある程度の現実も見えている。
「姫神さんは及川だからできると考えたんじゃないかな? そして実際その通りになっている」
異例の1年キャプテン及川。
少なくとも役割に潰されている様子はない。
このまま順調にいけば及川が3年になった時には良い場所まで行けるだろう。
「時宮……それは俺が望んだからなのか? 俺がサッカー部のキャプテンになって良い場所まで連れていきたいと本気で願ったのか?」
しかし、及川の考えは違うらしい。
「サッカー部員が喜んでもらえるから『及川がキャプテンでいて良かった』と感謝されるのでは駄目か?」
世の中には人に感謝されることを生きがいとして奉仕に取り組む人間もいる。
しかし、及川はそのタイプの人間ではなかったようだ。
「一度、黒城さんにそういった悩みを打ち明けてみた。キャプテンを辞めたいと。そう言ったら彼女は真摯に俺の瞳を見つめた後にこう言ったんだ『己の信じた道を進みなさい』とね」
「黒城さんならそう言うよ、絶対」
黒城さんは創価学会の信心に命を懸けている殉教者だ。
必要なら全てを捨てることのできる覚悟を持つ黒城さんならそう断言してもおかしくない。
「俺は黒城さんの言葉に衝撃を受けた。そして自問した、俺は今まで自分が決めた道を進んできたのか? 家族や周囲、そして姫神の希望するまま操り人形のような周りが期待する道しか選んでいなかったのではないかと」
「それで、自分が正しいと思う道を選んで進んだのか」
「ああ」
「かつてのクラスメイトから恨まれて孤立しても?」
「ああ」
「……姫神さんが苦しんでいるよ」
「ああ、でも後悔していない。むしろ晴れやかな気持ちだ。自分で自分が選んだ道がこんなにも良いものだとは知らなかった。例え周りから疎まれていても、自分が選んだ結果だから納得できる」
そう語る及川の様子に嘘はない。
本当にそう信じているようだ。
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