第38話 及川と黒城の出会い

 姫神さんとデートした翌日は普通に学校なので登校。


 ただ、僕は及川と話し合いたいので彼が登校する時間を姫神さんに聞いて駅で待っていた。


「姫神さん……二つ返事で教えてくれたよね」


 別に及川の肩を持つわけじゃないけど、一応個人情報に入るのだから及川に確認を取ろうよ。


 姫神さんは素敵な人だけど、このわきの甘さは気になるなぁ。


 ひょっとすると、僕のあずかり知らないところで僕に関する情報が勝手に渡されていると勘ぐってしまう。


「いやいや、違う違う」


 信頼されていると信じよう。


 彼氏だから信頼をもって教えてくれたと考えよう。


 そんなことを考えているうちに予定の時間が来る。


 そろそろ本格的に夏が始まる時期。


 救いなのは時間が早いせいでそこまで暑くないというところか。


「運動部は大変だな、こんな朝早くに、そして夜遅くに」


 帰宅部の僕は普段この時間にご飯を食べているよ。


「ういーっす、時宮」


 軽い足音に爽やかな声。


 間違いない、及川だ。


「おはよう、及川君」


 及川が右手を軽く上げたので僕は会釈して返す。


「ごめんね、いきなり昨日電話して」


「ああ、驚いたぞ。まさかいきなり電話が来て『明日の朝練時に、一緒に登校して良い?』と来るなんて」


 姫神さんから及川の登校時間を聞き出した後、本人に黙って待っているのはちょっとおかしいことに気付いたので及川に連絡を取った。


 最初から及川に連絡しておけばよかったと思わなくもないけど、姫神さんと繋がるチャンスは逃したくなかったのでこれで良いと思うことにする。


「「……」」


 歩き始めはお互い無言。


 当然だ、僕と及川で盛り上がる話題など無い。


 どうしたもんかと僕は考える。


 けど、なにも思いつかないので胸中唱題をすることにした。


(南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経)


「黒城さんと上手くいってる?」


 クラスでの話題とか、姫神さんとの仲とか、部活のこととか色々あったけど、胸中唱題の末に出た話題が黒城さんだったのでこれでいくことにする。


「黒城さんねえ……」


 その名前が出たとたんはにかんだ笑顔を浮かべる及川。


 なんだその表情、もう付き合っちまえよ。


「彼女は本当に強いし、俺のことを理解してくれている。欲しいときに欲しい言葉をかけてくれるんだ」


 格好良いことを言っているが、たぶんそれは相当美化されているよ。


 黒城さんは色々な意味で優しくない。


「千尋の谷に突き落とすようなきつい言葉しか言わない気がするけど」


 奈落の底と置き換えてもいける。


「いやいや、それが俺にとって嬉しいんだよ。正直、今の状況も黒城さんがいるから耐えられるんだ」


 黒城さん、貴女はなんて罪作りなんだ。


 自分が少し謝れば抜け出せる状況を無理に留まって耐える必要はないだろう。


 僕的には「あー、はいはい。納得しているのなら後はご勝手に」と放り出すところだけど、そういうわけにいかない。


(南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経)


 だから僕は胸中唱題で活を入れた。


「姫神さんが苦しんでいる」


「……」


 及川が無表情になるけど僕は続ける。


「君と黒城さんは納得しているかもしれない。けど、姫神さんは状況を変えたいと苦しんでいる」


「姫神が時宮に頼んだのか?」


 及川の鋭い視線に対して僕は肩を竦める。


「いや、違う。僕の独断。分かる? デート中でもご飯を食べている時でも出てくるのは及川の話題、そして何もできない無力感で苦しむ表情。彼氏である僕からすれば全然楽しくないんだよ」


 姫神さんに矛先がいくのは拙いので僕はわざとおちゃらけた様子で続ける。


「だからこれは彼氏のわがまま。彼女は苦しむより笑って欲しいんだよ」


「時宮……言ってて悲しくならないか?」


 及川の憐れむような言葉にぐさりと来る。


 姫神さんの目が僕に向いていないことは痛いこと理解しているよ。


 だけど、それでも僕は姫神さんを離したくないんだ。


「君に言われたくないよ。言いたくないけど、及川君が姫神さんに『僕と別れて俺と付き合え』と言えば姫神さんはそうするだろうね」


 つい語尾がきつくなってしまったのは許してほしい。


「……」


 僕の発言に及川の足が止まる。


「ごめん、八つ当たりをしてしまって」


 それを見た僕は言いすぎてしまったことを自覚し頭を下げる。


「まあ、及川がそういう前に姫神さんを僕に惚れさせてしまえば無問題だよね。だから気にしないで」


 またしても茶化す僕。


 駄目だな、姫神さん関係になるとどうも情緒が不安定になる。


「……時宮。今から俺が全て話し終えるまで口を閉じていてもらえるか?」


 そう前置きしてくるということは姫神さんに対する悪口が出てくるのだろう。


「分かった」


 正直、聞きたくなかったけどそれでは話が進まない。


 僕は覚悟を決めて頷いた。


「幼馴染--と、言うべきかな。物心ついた時から俺の隣には姫神がいた」


 そういう関係だということは知ってたよ。


 けど、実際に言葉にされると来るものがあるね。


「小さい頃から一緒にいるので気付かなかったが、周りの連中が言うには姫神と一緒にいると心が安らぐし、居心地が良い――姫神オーラというものが発せられてるらしい」


 それは分かる。


 非科学的かもしれないが、あのぽわぽわな笑顔と柔らかな雰囲気は癒される。


 偽らなくても良い――そう笑ってありのままを受け入れてくれそうな姫神さんに僕は惚れた。


「小学生の時にはもう俺と姫神はペアだった。お互いの両親の仲も良好だし、恐らく姫神は俺に惚れている。俺も満更ではなかったから将来はこのまま結婚して共に歩むんだろうなぁと考えていた」


「っ」


 それが周囲の評価だ。しかし、それを納得できるほど僕は大人じゃない。


 そんな僕の気持ちを察したのか及川は笑って。


「悪い。彼氏の前で彼女の結婚話なんて持ち出すべきじゃないよな」


「良いさ、最後まで話を聞くと約束したから強いて言うなら僕が悪い」


「小、中、高と順調に来た。しかし、この高校で俺は黒城さんに出会ってしまった」


 黒城さんとの出会いは受験日。


 驚いたことに、僕と姫神さんが邂逅した時と同じくして及川と黒城さんが出会っていたらしい。


「あの駅の改札口を出た俺は何んとなしに立ち止まって振り向いていた。そうしたら俺の後ろに黒城さんがいて、彼女は止まった俺の横をすり抜けた後に俺の方をちらりと一瞥したんだ」


 その時の黒城さんの様子に及川は電流が走ったという。


「あの艶やかな黒髪に、ぎらつかせた黒い瞳。自分は何物にも染まらないと意思表示するかのような黒一色の姿に俺は惚れたんだ」





 

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