第42話 黒城弥生は道しるべ②

「……むっすー」


 むくれてる。


 僕の彼女--姫神さんが頬を膨らませてわざとらしくそっぽを向いている。


 場所は喫茶店。


 驚くことに姫神さんから誘ってきていた。


「あの、姫神さん。僕が悪いのは分かるけど、原因を教えてくれないかな」


 喫茶店に入る前までは普通だった。


 まあ、及川や黒城さんは思うところはあったそうだけど、僕はいつも通りと思い込んでいた。


 けど、店に入って席に着いたとたんこの『私は怒っています』というポーズ。


 正直どうしていいのか分からないけど、何もしないのは拙いだろうということで。


「姫神さん、今回の喫茶店でのお茶代は全部僕が出すよ。だから何か話して」


「そうやって物で釣って誤魔化すところはどうかと思います」


「……」


 はい、撃沈しました。


 僕はテーブルに頭を突っ伏すしかありません。


 とりあえず無い知恵を振り絞る。


「もしかして及川関係で事態が進展していないことに怒ってる?」


 前回の喫茶店から及川とクラスの関係はほとんど何も進んでいない。


 相変わらず姫神さんは何かしら働きかけているそうだけど何も変わっていなかった。


「別に、そこは良いの。だって時宮君は別のクラスだから出来ることは限られている」


「ハハハ、その通りだけど姫神さんに何の助けもできていないのは悲しいね」


 あれから及川と朝練で一緒に登校して話し合っているけど及川は何も変えるつもりはない。


 時々クラスとの仲直りをしたいか振るものの。


「別に良いよ。俺としては上辺しか見ないクラスメイトよりも黒城さんや姫神、そして時宮とつるんでいる方が楽しい」


 と笑って終わる。


「泣き言みたいだけど、及川って意外と頑固だね。僕の意見なんて聞いちゃくれない」


 本人は笑っているがあれは明確な拒絶。


 あれ以上踏み込むと僕の立場が悪くなるだけなので聞けない。


「うん。私も及川君の頑固さは痛感している。多分及川君に意見できるのは黒城さんぐらいだと思う」


「僕もそう思う」


 姫神さんの呟きに相槌を打つ僕。


 恋なのかライバルなのか分からないけど、及川は明らかに黒城さんに対する対応が違う。


 基本的に聞き入れるし、納得できないのであればとことん話し合う。


 何度も昼食中に言い争うことがあったよ。


「どうでも良いよね、うどんとそばのどちらが美味しいかなんて」


「うん、私もそう思う」


 最新のでは学食においてうどんとそばはどちらが上手いかについて。


 ちなみに僕はうどん派で姫神さんはそば派。


 でもそこまで拘るわけじゃなく、うどんよりそばが美味しい店ならそばを頼む程度のうどん派。


 姫神さんも僕と似たり寄ったりのそば派。


 けれど、姫神さんはガッチガチのうどん派で、そばを頼むぐらいなら何も頼まないという筋金入り。


 及川も黒城さんと同レベルのそば派。


「及川君。あんなにそばについて拘りがあったんだ。今思い返せば及川君がうどんを食べたところなんて見たことなかったな」


 どうやら姫神さんでも知らない及川の一面だったらしい。


「うーん。けど傍から見た僕はとことん拘り抜くのが及川っぽいと思うけど」


 去年から及川のことを観察していた僕だから言えるけど、及川は徹底的に追及するタイプだ。


「え? そうだったの?」


 どうして姫神さんが驚くのか。


「まあ、僕も人に言えることじゃないけど、姫神さんって見たいものしか見ない癖があるよね」


 姫神さんにとっての及川は強くて優しくて頭も良い、誰もが憧れるヒーローだ。


 けど、僕からすれば意地っ張りで何か納得できないことがあればとことん追求する子供っぽい面もある。


 姫神さんから見る及川と僕から見る及川とでは違い過ぎてそのギャップに苦しむことも多々あった。


「時宮君……偉そうに言っているけど、時宮君もそうだよね」


 姫神さんの表情が変わる。


 ヤバい、地雷を踏んだらしい。


「時宮君も私の好きな部分しか見てないよね。少しでも時宮君の想像から外れるような真似をすれば不快な表情を見せるよね」


 姫神さんの表情が冷たい。


 これ……一つ言葉を間違えれば破綻する。


(南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経)


 僕は胸中で唱題する。


 間違えるなよ、無遠慮だったとはいえ僕は今瀬戸際に立たされている。


「姫神さんの個性を認めて褒める行為を間違っているとは思わないよ」


 僕は続ける。


「姫神さんの優しさ、考え、現状を変えようと努力すること、容姿、髪、どれもこれも姫神さんが本来持っているものや努力して伸ばしてきた個性を褒めることは間違っているのかな?」


「間違っていないけど……」


「それに、僕が不快な表情になるのは及川君に関係することだよ。彼女の口から他の男のことを心配し何とかしようなんて聞かされて嬉しいと思う?」


「……うん」


「例えるなら及川君の口から黒城さんのことが口をついて出るようなものだよ。そんな及川を見て姫神さんはどう思う?」


「っ、ごめんなさい、私が間違っていました」


 僕の指摘に姫神さんは自分のしてきたことがどれだけ酷いことなのか理解したようだ。


 頭を下げて謝罪する。


「良いよ良いよ、謝罪なんて。けど、これからは考慮してくれると嬉しいな」


「うん、気を付ける」


 思わぬところで僕の悩みの一つが解決した。


 途中、冷や冷やしたけど過ぎ立ってみれば万々歳。


 リスクとリターンは表裏一体というけど、それを実感するとは思わなかった。


「ええと、大分話がそれたけど、どうして姫神さんがむくれているのか聞いても良いかな?」


 この流れに乗じて聞いてみる。


 すると姫神さんは少し考えた後、口を開いて。


「だって最近時宮君と及川君、そして黒城さんの3人で朝登校してるじゃん。ずるい」


「ああ、なるほど」


 思い返せばそんな流れになっていたよね。


「じゃあ姫神さんも一緒に登校する? 僕は別に構わないよ」


 僕としては願ったり叶ったりの状況。


「うん、2,3日だけそうしてみる」


 お試し状態けど、姫神さんは了承してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る