第43話 黒城弥生は道しるべ③
「おはよう時宮君……あら? 今日は珍しいお客さんがいるわね」
いつも通り朝の教室で出会った黒城さんは僕の隣の姫神さんを見て語尾の声音を上げる。
「おはようございます黒城さん。彼氏の時宮君から興味深い話が聞けたので私も参加してみたいと思いました。なので朝は及川君と時宮君の三人で登校してきました」
にっこにこ。
もしその笑顔を僕に向けてくれれば命すら惜しくないのだけど、いくらなんでも空気を読めないほど僕はバカじゃない。
姫神さんはあからさまに黒城さんを挑発している。
なんか最近姫神さんって感情というか、敵愾心を隠さなくなってきたなぁと思う。
なんていうか、慈愛溢れる女神が嫉妬で怒り狂う一面を見ているようだ。
姫神さんの挑発。
普通の女子なら姫神さんの普段の評価と性格が相まって怯むと思うけど。
「そう。じゃあ時間が惜しいから始めちゃいましょうか」
残念ながら黒城さんには通用しないんだよな。
黒城さんは我が道を突き進むタイプ。
誰に何を言われようが怯まず前に進むんだ。
「むう~~」
そんな黒城さんの態度を見た姫神さんの頬が膨れる。
可愛い。けど、無視は拙いよね。
「姫神さん。気にしない気にしない。こっちが疲れるだけだよ」
やられた方はずっと覚えている場合が多いけど、やった方はすぐに忘れるというか何をしたかも知らないんだよね。
「う~ん。それは分かっているけど、やっぱり悔しい」
聡明な姫神さん。
僕の言葉に理解は示すけど、感情は納得していないみたいだ。
うん、そうだね。
姫神さんも元々はやる側だったからね。
僕はどれぐらい姫神さんにやきもきさせられたのか分からないよ。
「あのね、姫神さん。悔しがるのは良いけど、僕は入学当初から姫神さんの言動に振り回されてきたんだよ。現在進行形で僕よりも及川君のことを褒めていることを知ってる?」
暗に黒城さんが姫神さんにやっていることを僕にもしていると責めてみる。
「……ごめんなさい」
姫神さんは素直で良い子だ。
自分に非があると分かったらちゃんと認めて謝ってくれる。
「なんか謝らせてごめんね。けど、今度から僕が目の前にいる時は少し意識して欲しいな」
僕はそんなことを言って姫神さんの気持ちを軽くさせる。
多分、この発言で良いと思う。
「うん、分かった。次から気を付けるね」
両手を軽く握って頑張るポーズ。
可愛い。
そんな無邪気な姫神さんに目を細めた僕は心の中に巣くう黒い自分に問いかける。
本当に姫神さんは純粋だね。
だから、あの事は知らないんだろう。
姫神さん、僕はね。姫神さんが笑ったり何かを言おうとした些細な行動まで僕は全て記憶しているんだよ。
僕は姫神さんのすべてを知りたい。
叶うことなら閉じ込めて誰にも見せたくないんだ。
まあ、こんなストーカーじみたことなど口が裂けても言えないけどね。
「今日は御書じゃなくて池田先生の書物から学びましょう」
「あれ? そうだったっけ?」
僕の記憶が確かなら今日は開目抄の続きをやったはず」
「私と時宮君だけならそれで良いけど。今日参加する姫神さんがいるからおいてけぼりになってしまうわよ」
「それは駄目だね。と、いうか気付かなくてごめん」
言われてみればその通りだ。
「別に私は気にしないのだけど。だって私が無理を言ってでの参加だし」
姫神さんが申し訳なさそうに縮こまるけど、僕と黒城さんが揃って首を振る。
「いや、これは純粋に僕のミスだ、姫神さんに非はない」
「創価思想は万人に開かれた思想よ。途中参加でももろ手を挙げて歓迎するわ」
黒城さんは自信満々に述べる。
「お手柔らかにお願いします」
そんな黒城さんの態度に姫神さんは苦手意識を見せるものの、軽く頭を下げた。
「紙の資料はないけど、ネットにはあるわ。スマホの検索アプリに『池田名誉会長の青春対話・第7回:恋愛って何?』と打ち込んで」
僕は言われたようにスマホを取り出してそう打ち込む。
「恋愛!?」
姫神さんが目を輝かせる。
姫神さんも女の子なんだなぁと感心する僕。
「そう、恋愛よ。分かりやすいでしょ?」
黒城さんはふふんと笑った後。
「じゃあ最初の10分は出てきた文章を読み込んで。はい、スタート」
黒城さんのその言葉に僕は慌ててスマホに目を落とした。
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