第53話 及川への嫉妬

 僕は及川と姫神さんにそう条件を突きつけた後、横になる。


 正直今日はもう学校に行く気分じゃない。


 担任の先生からも難しいなら来なくても良いと言っていたし。


 ここは言葉に甘えてそうさせてもらおう。


「おっと、忘れるところだった」


 僕は起き上がってご本尊様の前に座る。


 辛くても嬉しくとも変わらずご本尊の前に座り、ありのままの姿で毎日唱題を上げること。


 僕はそう黒城さんと約束をした。


 約束を破るのは好きじゃないし、物理的にどうしようもない場合を除いて約束を守っていきたい。


 多分姫神さんも約束を破るような奴なんて好きになれないだろうし。


「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」


 題目三唱した後に方便品に入る。


 その中身を全て暗記しているので口と心は別の動きをしている。


「妙法蓮華経、方便品第二--」


 一体僕は何をしたいのだろう。


 もちろん姫神さんと離れたく無いに決まっている。


 彼女と一緒にいることが叶うなら僕は何でもする。


「所謂諸法。如是相。如是性--」


 だから僕は悪魔に魂を売るつもりで創価学会の信心を始めた。


 今のところその願いは叶っている。


 その結果がどうであれ僕は姫神さんと恋人関係になっている。


 けど、もしそれで姫神さんが苦しんでいるのだとすれば?


 僕といることがたまらなく苦痛に思っているにもかかわらず僕は姫神さんと恋人関係にいたいのか?


「--如是本末究竟等」


 まあ、そうだろうね。


 誰が何と言おうと僕は姫神さんの恋人でいたい。


 それが例え死体であろうと、僕は墓守としてずっと姫神さんの隣にいたいと思う。


 それぐらい僕は姫神さんのことを想っている。


「自我得仏来。所経諸劫数--」


 けど、それが嫌だと訴えている自分もいる。


 僕が惚れたのはあの時、道に迷って途方に暮れていた僕に対して慈愛の笑みを浮かべて励ましてくれた太陽のような姫神さんだ。


 なのに曇らせたままの姫神さんで良いのか?


「我此土安穏 天人常充満--」


 良いわけがない。


 だけど、及川の隣で笑う姫神さんを見るくらいなら僕の隣で曇った姫神さんがいた方が何倍も良い。


 あいつだけは……及川だけには渡したくない。


 「得入無上道 速成就仏身」


 運動神経もそう。


 皆を惹きつけるカリスマ性もそう。


 運動の片手間の勉強で学年上位の成績を取る頭もそう。


 そして何より――僕の好きな姫神さんに想われている。


 僕が欲しくて仕方のないものすべてを持っている及川にだけは負けたくない。


「得入無上道 速成就仏身」


 あいつだけには。


 及川に負けてしまえば。


 僕に何も残らなくなってしまう


「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経--」


 もし及川の性格が悪ければ僕はこんなに苦しまなかったのに。


 ああ、及川。


 何故君はあんなにも強く、そして優しいんだ。


 そして僕は何でこんなに醜く、臆病で嫉妬深いのだろう。


 本当に――生きるのが嫌になってくるよ。


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