第52話 理不尽と葛藤
「珍しいね、及川君と姫神さんが僕の家に来るなんて」
早朝--姫神さんからのラインには及川と共に家に寄るというメッセージがあった。
姫神さんはともかくなぜ及川が付いてくる?
と、心の中で舌打ちしたのは内緒。
「今度から朝でなく夕方以降にしてほしいな」
朝は色々準備があるから1分1秒でも惜しい。
例え重要な話であろうと夕方の方がじっくりと話し合えた。
「……すまない」
と、そんな暢気なことを考えていた僕に対して不意打ち気味に及川が頭を下げてきた。
しかも正座してからの謝罪--土下座。
「もしかしてサッカー部の部員がやったこと?」
及川は責任感が強いからな。
僕なら関係ないと突き放してしまうことでも自分のせいだと考えてしまうことがある。
そんな性格だなと思いつつも、そうだからこそ皆が及川をリーダーと認め、姫神さんも好いているのだろうと考える。
「学年主任から連絡はなかった? その件の後始末はもう済んでいると思うけど」
問題を起こした4人は別々のクラスに移し替えさせられる。
因果は巡るとは言わないけど、何かの運命を感じさせずにいられない結果だよね。
「いや、それじゃない」
「あ、そうなの?」
だとしたらいったい何だろう。
僕には想像つかないので及川の先の言葉を待つ。
「時宮……姫神柚木と別れてくれないか?」
「それは無理だね」
……
…………
………………
場に沈黙が落ちる。
拒絶の言葉は考えるより先に出てきた。
「時宮君……ごめんなさい」
「……姫神さんも納得済みか」
南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
胸中唱題を行って冷静さを取り戻す。
2人が来た時点でおおよその察しがついていたよ。
あの2人の苦しそうな顔は並大抵のことじゃできない。
僕の本心としては別れたくない。
例え仮面の付き合いであろうと僕は姫神さんの恋人でいたい。
けど……その気持ちと同じぐらい姫神さんの希望をかなえてあげたい。
僕は姫神さんの恋人であることを望むけど。
姫神さんは僕と別れて及川と付き合いたいという願望がある。
二律背反。
どちらかしか選べない究極の二択。
南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
僕の心が乱れに乱れて答えが出せない以上、ご本尊様に頼るしかなかった。
そして出た答えが。
「実は学年主任と取引して僕と黒城さんは及川と姫神さんのクラスに編入する予定だったんだ」
ふと、そんな言葉が口をついて出る。
「僕としては僕と別れて二人が付き合っているのをずっと眺めたくない。だから学年主任に言ってその取引を無しにしたら良いよ」
それが僕の条件だ。
及川なら男らしく決断するのだろうね。
けど、僕は及川じゃないんだよ。
重要な決断は他人に丸投げするのが時宮悟という人物なのさ。
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