第50話 苦しいな
救急車によって運ばれた僕だけど、入院はせず日が暮れる前に退院することができた。
「ご本尊様に祈った結果かな」
骨折等重大なけがはなし、強いて言えば数か所の打撲があったけど、普通に生活する分には問題ない。
守られた気分だ。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
感謝の意味も込めて僕は軽く祈った。
「さてと……うわ、こんなにラインが来てる」
ふとスマホを開くと十数件の通知が。
「なんか嬉しいな」
今まで他人から心配されたことはなかった。
本当は苦しいけど、その様子を誰かに見せるのは恥ずかしいことだと思って我慢していた。
「今度からもう少し素直になろうかな」
僕はお礼の返信をするべく内容を考え始めた。
プルルルル
「ん?」
自宅に着いたと同時にスマホから着信が鳴る。
黒城さんかそれとも姫神さんか、それとも大穴の及川か。
3人のうち誰だろうと予想していたけど、表示された電話番号を見た僕はそれらとは違っていた。
「学校?」
まさか学校から直接電話がかかってくるとは。
意外過ぎる事実に僕は目を点にした。
「いやあ、すまないね時宮君。大変な時に呼び出して」
「……いえ」
そう応える僕はいったいどんな表情をしていたのだろうか。
呼び出しの相手はあの学年主任。
もう日も完全に堕ちた中、応接室に灯った蛍光灯の灯りが眩しく感じる。
「今回の事件については私も知っている。聞いた時は驚いたよ、我が生徒があんなことを起こしてしまったことに」
本当に驚いて悲しんでいるのかな?
表情は悲しんでいるけど、学年主任のような輩は笑顔を浮かべながら人を刺すタイプだ。
事実のみを積み上げなければいいようにやられてしまう。
「特に及川君は非常にショックを受けた様子で今日の練習に参加せず帰ってしまうほどだった。試合が続いている期間なのに大変なことになっているよ」
そういえば今は高校総体の時期だったか。
2年キャプテンなのに勝ち進んでいることは相当凄いんだろう。
「今回の事件は相当にまずいんだ。何故なら君の暴力を振るった4人の中にサッカー部員がいた。もしこの事実が公になればサッカー部は出場辞退に追い込まれてしまう」
「それでなくとも及川君がそのまま続けていくことに納得するとは思えませんね」
僕の言葉に学年主任は頷いて。
「そうだな。及川は高潔で厳しい人物だ。部員が暴力事件を起こしたことを黙認するわけがないだろうね」
「はい、僕もそう思います」
僕がそう応えると学年主任の目が鋭くなる。
なるほど、これからが本題か。
「して、時宮君。サッカー部がこのまま出場辞退となった場合、どうなると思う?」
「それは……多少のいざこざがあるでしょうね」
特に3年生が黙っているとは思えない。
「その通りだ。及川君も問題を起こした部員もともに2年。引退する3年生の不満は相当なものになり、予期せぬことが起きるかもしれない」
特にサッカー部OBは大変だろうね。
「もう分っていると思うが私はその2年の学年主任。3年の学年主任はサッカー部の顧問でもあるから、未来を考えると頭が痛くなるんだよ。それこそ私の権限でどうにかなる要求なら叶えてあげられるほどに……ね」
凄みのある笑みを浮かべる学年主任。
笑顔で表情を作れるなんてこれまで相当の修羅場を潜り抜けてきたんだなと推測する。
「僕に……黙っていろというわけですか?」
「ハハハ、そんなことは言わないよ。もし言ったら私は生徒を脅迫したとかで懲戒免職になってしまう。さすがにこの年で路頭に迷うのは家族がいる身としては辛い」
「貴方ほど狡猾ならすぐに就職先など見つかると思いますが」
えてして学年主任のようなタイプはしぶとく生き残る。
「少し考えさせてほしいのですが」
この問題は安易に答えては拙いので時間が欲しいと要求するが。
「構わないけど、時間が経てば経つほど叶えてあげる願いは少なくなる。今、この瞬間が最も願いが通りやすいと断言するよ」
「……」
「僕を暴行した4人はどうするつもりですか?」
もし暴力がなかったのなら彼らを退学や停学にさせることは難しい。
「非常に残念なことだが、あのクラスの現状を察するにあの4人が学級崩壊を起こしている原因と推察する。だから別のクラスに移すことは確実だな――ああ、当たり前だけど時宮君のクラスには編入させないよ。そこは約束できる」
当然だね。と、思う自分がいる。
「そうでしたら僕の要求は後2つ――部長は僕でも良いから部室を1つ欲しい。そして、僕と黒城さんを及川君や姫神さんのいるクラスに編入できないかな?」
「黒城さんを? ふむ――それは面白いかもしれない」
僕が出した無茶苦茶な要求に対して学年主任は手で口を覆って考える。
「……」
個人的に変な要求を出したと自覚している。
けど、どうしても僕は黒城さんを巻き込みたかった。
彼女は怒るだろうけど、黒城さんがいれば何とか上手い着地点を見つけられる気がしたから。
「分かった。黒城さんに話は通してみよう。けど、断られるかもしれないけど構わないかね?」
「2つとも断られたら考えますけどね」
さすがにそこまでお人よしではないよ。
「学年主任、1つ聞いても良いですか?」
「何だね?」
「僕は将来、貴方のような人間になると思います。人生の先輩から後輩に対して何かアドバイスを頂けないでしょうか?」
「ハハハハハハ!?」
僕の問いかけに学年主任はこれまでに見たこともないほど爆笑して。
「いやあ、こんなに笑わせてもらったのは久しぶりかな」
と、晴れやかな笑顔を浮かべる。
「僕は冗談のつもりで言ったんじゃありません」
かなり真面目に聞いているんだけど。
「うんうん、そうだね。済まなかった。じゃあ時宮悟君。この私山之内武久から1つ教えよう」
山之内学年主任はピッと人差し指を立てて。
「私のようにはならない方が良い。今の時代はともかく君達の時代には薄汚い策略など嫌悪され忌避されるから」
学年主任は真剣な表情でそう断言した。
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