第9話 話し合い

 何故? どこでそれを知った?


 僕が学会員だというのを知った経緯が何なのか知りたくなった僕はあれこれ質問しようとしたけど、黒城さんが手をあげて僕を制す。


「積もる話は昼休みに。今は授業に集中しましょう」


 黒城さんのその言葉で我に返る。


 そうだ、今は授業が始まる前で周囲の目や耳がある。


 大声で話す内容でもないので僕は黒城さんの言葉に従い、前を向くことにした。




「お昼、どこで食べる?」


 黒城さんからの提案に僕はどう答えて良いのか迷う。


「一緒に食べる人はいないのか?」


 女子というのは大抵固まって食べるのが普通だと僕は思っている。


「あら、私と食べるのは嫌なの?」


「いや、まさか。光栄だと思っている」


 黒城さんは美人で、他学年にもその名前が知れ渡っている有名人。


 当然、お近づきになりたいと思っている男子生徒も多いわけで、密かに僕も少し憧れていた節がある。


「ぽっと出の部外者がしゃしゃり出るのはちょっとね」


 僕のせいで黒城さんが築いてきたグループに波紋を起こすのはどうかと思う。


 その問いかけに黒城さんは鼻で笑って。


「私が好き好んで群れているわけじゃないわ、単に集まっただけ。それに、時宮君も食べる相手なんていないでしょう?」


「……」


 それは否定しない。


 以前のクラスだと二、三人固まって食べていたが、僕がカンニング疑惑をかけられたらそれっきりで、まるで他人だと言わんばかりの対応をしてきた。


 あの時ほど友人の薄情さを嘆き、そして怒りを感じたことはあるまい。


「決まりね、じゃあ行きましょう」


 そう言って黒城さんは立ち上がった。




「屋上にしましょうか。そこなら人気が少ないし」


 黒城さんの提案に逆らうはずもなく、僕はついて行く。


 季節はまだ五月を過ぎたころ、日差しもそんなにきつくない。


 僕と黒城さんは手近なベンチに腰を掛けた。


「さて、何から話しましょうか?」


「どうして僕が学会員だと知った?」


 黒城さんはパンを、僕は弁当を食べながら会話する。


「偶然よ。昨日、金剛堂にうちの学生服姿の生徒が入って行ったら誰なのか気づくでしょう」


「え、昨日いたの?」


 記憶を振り返っても黒城さんらしき人がいた記憶がない。


「それぐらい正座椅子を探すのに必死だったからじゃないの?」


 うわあ……


 確かにあの時は正座の痛みを取り除きたい一心だったと思っている。


 と、いうかよく僕は学生服姿で金剛堂に行こうと思ったな。


 よほど正座の痛みが嫌いだったんだろうなあ。


「次は私から質問しましょうか」


「良いよ」


 答えられるものなら何だって答えよう。


 僕が切羽詰まって創価学会の信心を始めたことはもう知られているんだから。


「十界論とは?」


「え?」


 何それ、初めて聞いたぞ。


「二月闘争、永遠の五指針そして人間革命、それぞれの意味を答えて」


 答えて。と、言われても。


 僕は始めたばっかりだし。


「なるほど、右も左も知らない初心者なのね」


「ごめん」


 何となく黒城さんを失望させた気がしたので僕は頭を下げる。


「別に、謝らなくても良いわ。教学面の知識は学会活動や教学任用試験を通して覚えていけるし。そして、そういった知識面よりも時宮君は大事なことを分かっている」


 そう言葉を区切った黒城さんは改めて僕を見据える。


 黒城さんは綺麗だ。


 しかし、黒城さんがそこまで有名になったのは単に綺麗だからではない。


 その黒い瞳の奥にある得体の知れない何かがあり、それに惹かれた者は黒城さんの存在を刻みつける。


 ゆえに女帝。


「創価学会の信心以外で地獄から抜け出す方法はない--という確信を持っているはずよ。ねえ、カンニング疑惑で何もかも失った時宮君?」


「っ」


 やはり、というべきか。


 出来ればあのクラス内だけの話題で終わってほしかったんだけどな。


「黒城さんも疑っているのか?」


 僕がカンニングしたことを。


「さあ? やったかやっていないかの水掛け論は不毛よ。しかし、結果として時宮君はこれまで積み上げてきた全てを失う羽目になった--違う?」


 その問いかけに僕は肯定せざるを得ない。


 高校に入学してからカンニング疑惑をかけられるまでの一年間で積み上げた信頼、友人、学業成績の全てが崩壊してしまったのは事実だ。


 抗おうとした--しかし、抗い続けることはできなかった。


 内申点が元に戻り、クラス替えを行うことで妥協した。


 詰まる所、僕の名誉はその程度の代物だった。


「だからどうしろと?」


 知らず声がきつくなる。


「徹底的に、全てを敵に回す覚悟で戦えと言いたいのか?」


 教育委員会まで巻き込んだ闘争--立場で考慮すると向こうが有利。


 ゼロか百かの戦いなどしたくはなかった。


「落ち着いて、時宮君」


 どうどうと黒城さんは僕を諫める。


「私はそこまで言っていないわ。時宮君は学業が出来て問題も起こさない優等生なのに、プライドが傷つけられたら周りが見えなくなるのね」


「まあ……ね」


 思い当たる節がありすぎて否定できない。


 何せ、この信心を始めたのもほとんど自棄によるものだし。


「話を戻すわ。時宮君は何もかも失ったように見えたけど、本当は何もかも手に入れたのよ--何故だか分かる?」


「分かるというより、昨日金剛堂の店員に言われた。今がどんなに辛くても、この信心を続けていれば必ず幸せになれるというような内容をね。つまり、僕が失ったのは過去の僕が幸せになるにあたって邪魔な余計な偽物であり、後悔する必要がないということかな?」


 自信はなかったけど、黒城さんはおおむね満足したのだろう、僅かながら嬉しそうだ。


「その通りよ時宮君。私達は幸せになる。いえ、ならなければならないのよ」


 ググっと詰め寄ってくる黒城さん。


「顔が近いよ」


 僕の言葉に黒城さんはハッと気づいた様子で距離を取る。


「ごめんなさい。初めて私の心を理解してくれそうな人を見つけたからつい、ね」


 少し照れた様子で謝ってくる黒城さん。


 ん? 理解してくれそうな人?


「黒城さん。もしかして黒城さんも僕と似たような経験を?」


 全てを失い、どうやって周りを巻き込んだ自殺をしようかと考えるほど追い詰められた過去が?


「ええ、あるわよ。けど、それがあったからこそ私は信心することが出来た」


 そう宣言する黒城さんは心なしか誇らしげだ。


 一体、それがどんな経験なのか知りたくなったので聞き出そうと一瞬考えるが。


「黒城さん……いや、なんでもない」


 言いかけた僕は途中で止める。


 他人に、例え同じ学会員であっても自分の過去を詮索するような真似は褒められる行為ではない。


 そして、万が一黒城さんの不興を買ってしまうリスクを考えればここは退いておくのが正しいだろう。


「言いかけた言葉が何なのか気になるのだけど」


「気にしなくて良いよ。本当に些細なことだ」


 黒城さんの追求を僕は弁当を食べることに集中することで逃れた。


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