第55話 己心の外に救いはない
僕の独断で黒城さんに迷惑をかけたことは間違いないので詫びのラインを送る。
『ごめん、巻き込んだ』
するとすぐに返事が返ってきた。
『気にしてないわ。後輩が先輩に迷惑をかけるのは当たり前だもの』
なんとも力強いお返事。
『将来貴方に後輩が出来た時、後輩が迷惑をかけたときに同じように許して対応するのであれば私から言うことはないわね。ああ、思い出すわ。私も信心を始める前は世界のすべてを憎んでいたので先輩に散々迷惑をかけてしまっていたのよね』
……一体黒城さんはどれだけ凄かったのだろう。
そして、そんな黒城さんを折伏し、更生させた先輩に会ってみたいなぁとふと思った。
そのあとに同盟唱題を終えた僕は布団に入って寝る。
唱題をする前は明日が不安で仕方なかったけど、やった後だと少し気分が晴れた。
唱題って凄いね。
そして学校に到着。
いつもは姫神さんと及川、そして黒城さんと4人で登校していたが、今日は黒城さんと2人だけの登校だった。
「あの2人がどうなのか気にならない?」
黒城さんの挑発じみた声に対して僕は顔をしかめて。
「いや、良い。正直姫神さんと会うのが怖い」
及川と姫神さんが2人して僕の家に訪れて並んで土下座、そして姫神さんから別れの言葉を切り出されたんだ。
あの様子だと姫神さんは及川と付き合うつもりなのだろう。
及川と姫神さんは100人中100人がお似合いのカップルだと言うだろう。
幼少期からの幼馴染、家同士の付き合い、成績も人気もお互いが相応しい。
うん、分かるよ。
客観的に見れば僕がお邪魔虫だということはね。
けどね、僕からすればだからどうしたと言いたいよ。
僕は諦めていないよ、姫神さんのことを。
僕は認めていないよ、及川のことを。
何年かかってもよい、いつか必ず見返してやる。
だから、そのためには。
「勉強……がんばろ」
良い成績をとって良い大学に入って大企業の正社員か官僚を目指そう。
絶対に、僕は下を向かない。
大規模なクラスメイトの入れ替えが起きたというのにA組どころか生徒間での噂話でさえあまり話題にならない。
あの学年主任がかん口令を敷いたとしてもこれほど徹底されるものなのか。
と、そんなことを考えた僕だけど、それは過信しすぎだと首を振る。
今回の騒動の原因となったサッカー部内での不祥事。
事が大きくなればサッカー部での部活禁止はもちろんのこと、他の部活や下手すればマスコミに追いかけられて学園生全員の生活に支障が出る。
基本的に人間というのは自身に火の粉が降りかかりそうなら慎重に行動をするものだ。
その自己保身に対して僕は何か思うことはあったが、それを問題視して声を上げたところで僕も得しない。
なので僕は思考を切り替えて、暴行事件が過去のものになっていくことを喜ぶことにした。
「……」
けど、まあ。
(及川がふさぎ込んでいるのが気になる)
及川が責任を感じて苦しむのは別に良いが、それを心配して甲斐甲斐しく世話をする姫神さんの姿を見せつけられるのは辛い。
こんなことになるならクラス替えなんて提案するじゃなかったと自分の策の不味さを嘆きたくなる。
僕としてはそんな光景を見せつけられるのは拷問以外の何物でもないので休み時間や昼休みは教室からすぐに離れることにしていた。
……逃げているんだよなぁ、お互いに。
あれ以来、僕は姫神さんや及川と口をきいていない。
お互いが相対することを避けているのでどうしようもない。
「黒城さんが動いてほしいと願うのは傲慢かな?」
思わずそんな呟きが漏れるほど僕と及川、姫神さんは動けなくなってしまっていた。
この局面を打開できるのは黒城さんしかいないと思うものの、当の本人は。
「うん、新・人間革命を読み返すのは20回目だけど、まだまだ発見があるわね」
と、マイペースに本を読んでいた。
……うん、変わらないね、本当に。
「黒城さん」
僕は意を決して話しかける。
我慢比べを行うことも考えたが、この勝負を長引かせても僕の立場が悪くなるだけで、黒城さんには何のダメージもない。
無意識的にも己が有利な立ち位置を占めるよう立ち回る。
黒城さんは上に立つ素質のある人物なのだなと思った。
「僕、及川や姫神さんに話しかけたいのだけど」
「話しかければ良いじゃない。私に止める権利も意味もないわ」
「それができたら苦労はないんだよ……」
出来ないからこうして相談しているわけで。
「まあ、時宮君とその2人を会わせることはできるけど、会ってどうするの? 私の見立てでは沈黙で終わるか、怖気づいた時宮君が表面上の話をして終わりになるわよ」
「……うん、全く否定できないな」
こう聞くと会ってみても意味はないように聞こえるけど。
「黒城さん。家庭訪問のことを思い出してよ。あれだってまずは会ってみるでしょ」
少しずるいと思うけど、学会活動を引き合いに出してみる。
すると黒城さんのすまし顔が変化し、鋭い黒曜石のような瞳に光が宿る。
「少し違うわね。まず家庭訪問を行う前に唱題を1時間あげる必要があるのよ。私たち凡夫の考えと声じゃあ、相手に響かない。唱題をあげることで仏の知恵と声帯を宿すことができる」
「う、うん……」
その熱意に押されたけれど、何とか打開する方法は見つけたかもしれない。
「なんなら私も一緒に祈ろうか?」
「黒城さんに余裕があるならお願い」
これはあくまで僕と及川と姫神さんの問題。
ならば僕が率先して祈らなければだめだろうと思った。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経――」
祈る。
勇気をくださいと僕は祈る。
いや、その祈り方は違うな。
勇気が僕の内から湧き出させてくださいと祈るべきだ。
創価学会の教えは自身の外に救いを求めない。
あくまで自分自身が解決するスタンスだ。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経--」
だから黒城さんを含めた外部の力に頼っても力は出ないだろう。
僕が切り開かなければならない。
ならばどうする?
一番手っ取り早いのは及川を改心させることだけど、あの石頭の分からず屋。
及川自身が納得しなければ協力しないだろう。
それに、唯一及川が意見を聞きそうな人物である黒城さんは――今回は静観の流れだし。
学年主任は――論外。
あれに頼むぐらいなら悪魔に頼んだほうがマシという結果になりかねない。
そうなると、やはり姫神さんだよね。
唱題を中座した僕はスマホを取り出して起動する。
「良かった、ブロックされていなかった」
一安心。
もしされていたら物理的に痛いのに加えて精神的にも相当きつかった。
どれぐらいきついかというともう関わるのを止めると決心するぐらい。
「まずはあいさつ。そして用件を伝える」
お願いだから返事が欲しい。
既読スルーは止めてくれ。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
その後の祈りは、どうか姫神さんが返信してくれますようにという内容に変わったのは言うまでもなかった。
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