第31話 仮面恋人

仮面夫婦という言葉がある。


 表向きは相思相愛に見えるけど、実際は別々の人物に想いを向けている状態。


 僕と姫神さんの関係もそうなのだろうか?


「時宮君、どうしたの?」


 僕――時宮悟と手を繋いでいる姫神さんはそう小首を傾げながら聞いてくる。


「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていた」


 僕がそう笑うと姫神さんは不満げな表情を浮かべて。


「ひっどーい。恋人の話を聞き流すなんて」


 ぷくっとむくれた表情を作る姫神さん。


 本人は怒っているつもりなのだろうが、元がぽやぽやした雰囲気なので全然怖くない。


「人の話を聞き流す人は嫌われるよ?」


 そうお姉ちゃん面して指を向けてくるのはご愛嬌。


 確かに姫神さんの言う通り、人の話を聞き流すのは失礼だ。


 けどね、僕にも言い分があるよ。


「それじゃあ最初から話すよ。先日の練習試合で及川君が凄い格好良かったの。こう、相手チームをかいくぐってのシュート。それがもう――」


 うん、それは知ってるよ姫神さん。


 何せ僕と姫神さんのデートの行き先が及川がキャプテンを務めるサッカー部の観戦だったんだから。


 何が悲しくて僕以外の男に熱を上げる姫神さんの姿を見なければならなかったのだろう。


 いや、分かっているんだけどね。


 姫神さんが好きなのは及川であり僕じゃない。


 だけど、その及川のことを想う気持ちを、少しでも良いから目の前にいる彼氏である僕に向けて欲しいと願うのは傲慢かな?


「凄いでしょ? 及川君って」


 姫神さんの語りが一段落付いたのだろう。


 僕にそう水を向けてきた。


「うん、そうだね。凄いよ」


 僕は仮面の笑顔を浮かべて姫神さんの言葉に賛成する。


 その言葉は恐ろしく空虚な響きだったけど、姫神さんは気付かず微笑む。


 姫神さんは及川を褒めるたび、僕の心は悲鳴を上げることにいつ気付くのかな?

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