第46話 元クラスメイトを説得③

 鎧塚君は一度口に出したら約束は守るタイプだ。


 なのでああ言った以上、鎧塚君の立ち位置は及川寄りの中立になった。


「後、二、三人声を掛けておきたいな」


 まだ時間があることを確認した僕は階段を下りていく。


「朝練をやっているのはサッカー部だけじゃないんだよね」


 目指すは女子陸上部。


 そこに用があった。


「お疲れー」


 僕は手に持っていたアクエリアスを目当ての女子に渡す。


 彼女の名前は秋塚奏。


 ショートカットで背が高い姉御肌の元クラスメイトだ。


「ああ、時宮か。ありがと」


 秋塚さんはさばさばした性格で男女分け隔てなく接するから僕のような男子でも声を掛けやすい。


「良いのかい? 後で返せと言われても返せないよ」


 それに即物的な性格なので手土産を持参すると少し込み入った話もできた。


「いやいや、構わないよ。それは僕からちょっとしたお願いの対価だから」


「はは、デートの誘いかい?」


 秋塚さんの茶目っ気が入った言葉に僕は首を振って。


「残念ながら僕は彼女持ち。それに秋塚さんをデートに誘ったらファンクラブの後輩達から大変な目に遭うよ」


 秋塚さんは及川と同じくカリスマ性があるのか信者に近い後輩がちらほらいる。


 過去、告白やナンパした男に対して制裁を加えているという噂があった。


 嘘か本当かは知らないけど、とりあえず危ない橋は渡りたくないよ。


「僕からのお願いは最近クラスの様子。やはり及川とその元取り巻きの間で空気が最悪でギスギスしてない?」


「あー……」


 秋塚さんは心当たりがあるのか物憂げに空を見る。


「本当に嫌だねえ。私も早く何とかしてほしいよ」


「うん、僕も姫神さんが憂鬱気に話すから僕も気が滅入る。やはり彼女は笑っている方が綺麗だよ」


「惚気てるねぇ」


「ありがとさん」


 呆れと喜びが混じった言葉に僕は肩を竦めることで返す。


「けど、あたしから及川の肩を持つことはできないよ」


「うん、僕もそう思う」


 予想されていた言葉に僕は頷く。


 秋塚さんは及川に及ばないものの人望がある。


 しかし、それが表立っていないのは彼女にその気がないから。


 クラスの立ち位置よりも部活で精を出したいのが彼女の意向なので目立つ行為を避けたいという気持ちは理解できる。


 だから僕が望むのは。


「秋塚さんは今まで通り絶対中立を貫いてほしい。どちらの肩も持つ必要はないよ」


 味方でないのは構わないから敵にもならないでほしいというお願い。


「僕は及川のことを許しているし、何より友人同士だ。だからお節介かもしれないけど友人が困った立場にいるというのは嫌なんだよね」


 中立だけどどちらかというと及川の味方でいて欲しいと暗に告げた。

 

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