第2話 怒り満ち溢れた地獄界

「……朝か」


 時刻は午前六時、いつもこの時間に起きている。


 不思議なものだな。


 あれほど悔しかった、死にたいと思った。


 学校に行きたくなかった。


 けれど、祈っているうちにネガティブな感情は消え、代わりに食欲と睡眠が沸き上がってきたので知らず笑ってしまう。


 池田先生曰く、ご本尊を保った者はすでに勝っていると言うが、実際はどうだろうか。


 全てが変わったとはお世辞にも言えないが、今日学校に行けるだけの気力はわいてきた。


「さてと、起きよう」


 両親共長期出張中でご飯は自分で用意しないといけない。


 ご飯など炊くのはしんどいので朝は基本パンで済ませていた。


「さて、祈るか」


 食事を済ませて歯を磨いた僕はご本尊の前に座る。


「南無妙法蓮華経--」


 創価学会の信心の基本は朝晩の勤行と適度な時間南無妙法蓮華経を唱えることらしい。


 せっかくの貴重な時間をよく分からない祈りの時間に費やすのはもったいなく思うが、それが基本というのだから仕方ない。


 もう、朝の時間がもったいないと文句を言う段階は過ぎたんだ。


 これでどうにもならないのであれば死のう。


 普通に死んで皆何も思わないのは嫌だから可能な限り記憶に残る死に方で。


 彼女の目の前であいつに包丁を突き立て殺し、絶望と恐怖の中で一緒に彼女を殺すというのはどうかな?


 それが実現できればさぞかしスカッとするだろうね。


「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……クックック」


 こみ上げる暗い愉悦を抑えきれず、肩を震わせて笑う僕。


 祈れば全てが前向きに考えられるというけど、僕の場合は暗い方向に転がってしまった気がする。


 まあ、おかげで大分気分がスッキリしたけどね。


 五分で終わるつもりが登校ギリギリまで祈ってしまった。


 これ、小説にしたら売れるかな?




 そして辿り着く2-Aの教室。


 本当なら開けるのも嫌だったのに、暗い妄想を吐き出せたせいか、あまり緊張無く開けることが出来た。


「「「……」」」


 教室内にいたのは半分ぐらいのクラスメイトか。


 ドアを開け入ってきた人物は誰かと一瞬注目を集め、そのうちの半分は興味を失ったのだが、後の半分はニヤニヤと悪意ある視線を向けてきた。


 僕は何でもない風を装って自分の席まで移動する。


「……やっぱりか」


 悪い予想というのは往々にして当たるものだ。


 僕の机には一枚のプリントがあった。


 そこに書かれてある文字はシンプルな一文。


『カンニング野郎』と。




 誓って言うが、僕は断じてカンニングなどしていない。


 先週の中間試験のクラストップも実力と運で勝ち取ったんだ。


 それだけは信じて欲しい。


 なのに何故だ。


 何故僕がクラスの担任に呼ばれ、カンニングの疑いをかけられるんだ。


 僕は必死で弁明した、カンニングなど絶対にしていないと。


 けれど、僕の周りのクラスメイトが『時宮がテスト中に不審な動きをしていた』とだけでカンニングをしたと断定されるんだ。


 担任にはいくら言っても聞いてもらえず、最終的な処分として全科目0点、内申点も最低になってしまった。


 言葉では言い表せないこの感情。


 そんな報告をしたクラスメイトの顔も、僕の言い分を全く取り上げなかった担任の顔。


 それらの顔を全て引っぺがし、ぐちゃぐちゃになるまで叩いた後に原型がなくなるまで窯で煮詰め、ゴミ箱に投げ捨てたらこの感情も少しは収まるのだろうか。


「ぐ、うう……」


 弱いところを見せたくない。


 だから僕は激情を無表情の仮面の奥に隠し、プリントを丁寧に畳んだ後にゴミ箱へ捨てた。


「まあ、怒れるだけマシかな」


 昨日までは怒る感情すら沸き上がらなかった。


 ただ、ただ、死にたいという底なしの絶望と虚無感に苛まされていた。


「祈った効果があるのかな」


 感情が蘇っただけまし。


 そう思うことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る