第4話 無関心と保身①

漫画や小説では、一度道を外したら壮絶ないじめを受けるのだが、生憎とここは現実。


 そんなことは起こらない。


 下手にちょっかいをかけるほど高校生は時間も体力もない。


 シカトが基本、時折こちらを優越感に満ちた目で見る程度なのだ。


「っ……」


 それがとても辛い。


 もし何か言って来ようものなら噛み殺す勢いで反論して無実を証明するのに。


 祈ったことによって湧き出てくる怒りの感情。


 それをどこに発散すべきか持て余していた。


 --ふと、窓の奥の空が目に入る。


「何か言われたら飛び降りるというのもありだな」


 僕はスマホに入っているボイスレコーダーアプリを起動させる。


 カンニング野郎と言うのがクラスメイトでも教師でも構わない。


 そう言った途端、僕は窓から飛び降りて死ぬかそれに近い状態となる。


 うん、完璧な計画だ。


 僕の人生を無茶苦茶にしたんだ。


 相応の報いを受けてもらわなければ気が済まない。


 そうでしょう? 池田先生?


「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」


 僕の考えが正しいかどうか胸中で題目を唱えてみる。


 するとどうだろう、死ぬことが馬鹿らしくなったというか、頭が冷えて冷静になってくる。


「……もし僕が死んだら、カンニングは確定事項として扱われるかもしれないな」


 死人に口なし。


 学校は保身のために、マスコミや教育委員会に対して僕がカンニングをしてノイローゼになって自殺したとねつ造するだろう。


 そう言っておけば、少なくとも生者の将来は守られる。


 代わりに、僕のあることないことをねつ造して死んだ僕の名誉を徹底的に貶めるだろう。


「止めておこう」


 僕は作動中のボイスレコーダーを止める。


 彼らが苦しむのは大歓迎だが、そのために僕の名誉と事の真実を歪められるのはご免だ。


「さて、どうしようかなぁ」


 真っ先に思い付いたのが教育委員会への報告。


 振り返れば僕はカンニングについての決定的な証拠を抑えられたわけではなく、他の生徒の言い分を鵜呑みにして処分されたんだ。


「いけるかもしれない」


 しかし、いきなりそれをするのはハードルが高すぎる。


 なのでまずは学年主任の先生に尋ねてみようか。


『僕のカンニングは無実だ、だから教育委員会に報告します』


 と言ったら何か変わるかもしれない。


「これもお題目のおかげかな?」


 唱える前までは怒りと憎しみに満ちていたのだが、唱えた後には解決策への道筋が見えてきた。


「ありがとうございます、ご本尊様」


 冷静さを取り戻し、知恵を授けてくれたご本尊様に僕は感謝を述べた。


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