第28話 とんでもない愚か者

 そういったお互いに沈んだ気持だったのでこのまま別れるというのも一つの案だったけど、それではあまりに物悲しいのでデートしてみることにする。


「時宮君、手をつなぎましょう」


 歩き始めようとした僕を引き留め、柔らかい手を差し出す姫神さん。


「私達は恋人同士なんだから手をつなぐのは当然だよね?」


 どうやら姫神さんは形から入るタイプらしい。


 僕としては断る理由がないので姫神さんの手を取る。


「っ!」


「時宮君? どうしたの?」


 姫神さんの小さな手を取った瞬間、僕は思わず顔をしかめてしまう。


 そういう態度を見せてしまい、姫神さんが慌てた様子でそう聞いてくる。


「いや、ごめん。実はこのような日が来るのを夢にまで見ていたから、嬉しいんだ」


 姫神さんを恋人にし、手を繋ぐ未来。


 先ほどまでの罪悪感など消し飛んでしまっている。


 自分勝手の極みかもしれないけど、姫神さんと自分の理性を無視して告白を受け入れてよかったと考えていた。


 その高揚感のまま、僕は以前から聞きたかったことを口にする。


「姫神さん、姫神さんは受験日のことを覚えてる?」


「受験日のこと?」


 一年以上の前のことを思い出そうとしているのかコテリと首を傾げる姫神さん。


「学校に向かい最中、道の真ん中でまごまごしていた、制服を着た人のことを覚えてる?」


「制服――あっ!?」


 その言葉で思い出したようだ。


 優しそうな瞳が大きく開かれる。


「そう、その時の人が僕なんだよ。そして、その時から僕は姫神さんのことを考えるようになった」


「そうだったんだ。名前も中学も聞かなかったし、あの後何もなかったからてっきり落ちたと思ってた」


 このレベルの高校で落ちるとか。


 それは僕を馬鹿にし過ぎではと思う。


「まあ、受かった後で姫神さんに声をかけなかったのは失敗だったと思う」


「うん、そうだよ。そんなエピソードがあるならあの時の告白の時に言って欲しかったよ。突然告白されてビックリして、普段と同じ対応をしちゃったよ」


 そう言い切ってズビシと指をさしてくる姫神さん。


「う……確かに。けど、僕もいっぱいいっぱいだったから、色々と抜けちゃってて」


 姫神さんからすればよく知らない相手からいきなり告白されたんだ。


 普通は断るよね、うん。


「まだまだ不満があります! 合格発表の時でも良い、入学式の時でも良い、たくさんチャンスがあったのにどうして声をかけてこなかったの?」


「いや……だってその時から姫神さんは囲まれて人気者だったじゃん。あの中に割って入ってお礼を言った時、『誰?』って顔をされるのが怖かったし」


 それを別名公開処刑と呼ぶ。


「……あ~、確かに」


 反論するかと思いきや、何かが思い当たるかのように深く頷く姫神さん。


「そうだ、姫神さん。もし僕が合格発表時や入学式の時にお礼を言って友人になろうと言っていたら、君は何と答えた?」


 仮定の話など虚しいだけだと分かっているが、聞かずにはいられない。


 その質問に姫神さんはキョトンとした表情をした後。


「もちろんオーケーしたよ。友達は多い方が嬉しいもん」


「……そうか」


 僕は大きなため息を吐く。


 僕は間違えてしまっていたんだ。


 あの時に勇気を出していれば、これまでモヤモヤしたものを抱え込まずに済んだと嘆かざるを得ない。


「姫神さん……僕ってどうしようもない愚か者だよね」


「え!? いきなりどうしたの時宮君!?」


 僕の突然の言葉に目を見開く姫神さん。


「だってあの時に勇気を出して友達になろうと言っていればここまで苦しまずに済んだのに」


 声を出さなかったからこそ必要以上に及川を敵視し、その友人から嵌められた挙句に死を選びかけた僕。


 今、振り返れば滑稽なことこの上ない。


 そして、僕を嵌めたあいつらと友人になっていたかもしれない。


 僕があの時間違えてしまったがゆえに、僕を含む全員を不幸に巻き込んでしまった。


 罪悪感でいっぱいになる。


「んもう、時宮君。恋人の前でそんな辛気臭そうな顔をしないで」


 姫神さんは強い力で僕の背中をたたく。


「前から思っていたけど、時宮君は色々難しく考えすぎです」


 急にお姉さん口調になった姫神さんは僕にそう諭そうとする。


「なのでここは私が教えてあげましょう」


 そう言って笑った姫神さんは僕の手を引っ張ろうとする。


 姫神さんの白く柔らかい手を握る僕。


 それだけで僕は無上の喜びに包まれた。

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