第53話 真相

 沢村もスタッフも、集まっている面々は笑顔を浮かべている。瑛華は大きな拍手をし、カメラは彼女を捉えた。


 奇妙な感覚に囚われたが、最後の推理も間違ってなかったということだ。


 またサワムラ畳店の戸が開き、二人の少女が出てきた。

 結愛と優花だ。

 満面の笑みを浮かべ、おれを見ていた。

 無事である。推理が合っているということは、二人に身の危険はなかったことに他ならないが、安堵せずにはいられなかった。良かったと、心の底から思った。おれも釣られて笑い、もう一つのカメラがこちらに向いた。


「これがというやつですね……まさかおれが仕掛けられるとは。しかもこんなに大掛かりな」

「よくわかったなあ!」

 と沢村は言った。

「トリックもドッキリだってことも」

「4Kのモニターによるトリックだとわかったんですが、この場合、多くの人が協力しなくてはなりません。娘が消えたというのを、家族で仕掛け、映像を撮るためには消えた本人の協力も必要です。すべてが大掛かりで、なぜ神隠しに見せかけ、おれが二回も目撃したのか。まるでこれではおれに挑戦しているようです。

 この村に来ることになったのは、雑誌の取材ということでしたが、どうしてか編集者の高山さんは沢村ディレクターのことを知っていて、村のことを聞けと言いました。すると神隠しを含めた村のことを教えてくれ、実家に泊まらせてくれるという。

 そこで沢村さんも絡んでいるんだと思いました。となれば一つしかありません。番組だ。雑誌の取材と称して村に向かわせ、そこで神隠しが起こる。探偵芸人であるおれは、果たして神隠しの謎を解くことができるのか? そんな企画が頭に浮かんだんですよ。やられましたよ、ほんと。ミスターXのコラムというのも、嘘ですね。すべては番組のための、仕込みです」

「ああそうだ! いやあ、お見事だ霧島、さすがだ!」


 沢村が拍手すると、みなも盛大に拍手した。村長を始めとした沢村家の面々、神田川家、和恵も統司も、佐田と律もだ。わかってはいたが、みな仕掛け人だということ。

 そして瑛華も。

 雨のように拍手が鳴っている。カメラは集まっている人たちを撮っていた。

 沢村の言う通り、見事成功だということ。悪い気はしなかった。

 

「このトリックを――」

 とおれが話し出すと、拍手はやんだ。

「このトリックを実行するには、瑛華の協力も必要不可欠です。向かい側にいる結愛ちゃんを見たのは、瑛華が窓を開けおれを呼んだからです。瑛華がいなければ、おれは窓を開けていなかった。開けていたとしても、どのタイミングで開けるかはわかりませんからね。優花ちゃんの場合もそうです。優花ちゃんの場合は、位置が非常に大事でした。下手をすればモニターだとバレますから、真正面から見なければなりません。そこで瑛華が、おれの前に歩き、計画通りの位置へきたところで、優花ちゃんの方へ見るように仕向けた。すべては連携プレー。力を合わせ、おれに仕掛けた。

 つまり、おれ以外はみな仕掛け人だったんです。瑛華までも仕掛けだとはびっしりしましたが、そこは女優ですね。まんまと騙されましたよ」

「ごめんね、ももちゃん」

「別に謝ることじゃない。面白かったからな」

「ももちゃん……」


 部屋などであまりくっつかせてくれなかったのは、隠しカメラがあることを知っていたからだ。ベタベタとしているところを、放送されたくなかった。思えば、落神村に瑛華を誘えと言ったのは沢村であった。それもそうだなと、おれも疑いもしなかった……。


 見つめ合っているところをカメラで撮られ、おれたちは慌てて目を逸らした。沢村は声を立て笑った。


「結愛ちゃんだけでいいのに、優花ちゃんも消したのは、の都合ですか?」

「そうだ。一人だけだと足りなくてな。それに盛り上がらないだろ」

 と沢村は答えた。ミステリー小説でも、長編になると二人以上の被害者が出ることが多い。尺や盛り上がりの都合なのだろう。

「じゃあ、結愛ちゃんと優花ちゃんは、おれが映像を見る前に村から出ていたんですか?」

「そうなるな。お前に姿を見られたら具合が悪いからな」

「もしかして、一日目の夜、村長さんたちがおれたちの部屋の下で飲んでいたのって、あれはおれが外に出ないか見張るためですか?」


 これには村長が答えた。

「そうですよ。モニターを運び、作業しているところを見られるわけにはいきませんからね。景気づけに村の者と酒を飲みながら」

「おれが一階へ下りたことに気づいていたんですか」

「ええ気づいていましたよ。圭太から、もし下りてきたら、怪しい雰囲気を出しておいてくれと指示を受けてましてね。覗くようなことがあれば、さぞ怖がるだろうからって」

「まんまと騙されたってわけか……。これはわからないんですが、沢村さん」

「なんだ?」

 と沢村ディレクターは首を傾げた。

「おれは村人は本当の村人ではなく、だと思ったんですが、そうではないんですか? 村長さんは、圭太と呼び本当の息子のように接してますから……」

「半分は仕込みだ。もう半分はこの村に住む人だ」

「結愛ちゃんや、優花ちゃんは仕込みですよね? 結愛ちゃんの場合、玄関に家族写真が置かれていたんですが、今の大きな姿だけで小さな頃の写真はありませんでした」

「正解だ。二人は演者」


 結愛と優花は、ぺこりと頭を下げた。


「結愛という俺の姪っ子は本当にいるが、入れ替わっている。東京にいるよ。もちろん、優花ちゃんも存在している。本物は家族で旅行だ」

「あとは誰が演者なんですか?」

「お前が深く関わってきたところで言うと、拓海と香織、神田川裕貴、中条律、宮司の統司もそうだ。みな実在の人物だが、入れ替わっている。演技ができるものも配置しておいた方がいいだろ」

「なるほどね……」


 カメラは、沢村が言った面々を順に撮っていった。

 一日目の夕食時、村長はビールを注いでくれようとした拓海に、ありがとうございますと敬語で言った。息子なのに妙だと思っていたが、赤の他人ならば咄嗟に出てしまっても仕方がない。

 慎太郎と亜美も、暗い性格をしていると思ったが、ただ緊張をしてただけかもしれない。

 では瑛華は協力者としても演者としても最適だったのだな。彼女であるため同行するのは不自然ではなく、素晴らしい演技もできる。


「神隠しや禁止事項は、本当にこの村に伝わるものなんですか?」

 カメラがこちらに向いた。沢村は頷くと、

「ああ、そうだ。神隠しも禁止事項もある。だが禁止事項というのはいささか大げさでな、神様を想いなさいっていう心がけみたいなものなんだよ」

「外と連絡を取ってはいけないとかは……」

「お前が警察に連絡しないようにするためさ。俺は、ちゃんと守ってくれって釘を刺しただろ? あれもお前に従ってもらうためさ」

「その五月二日から五月六日という期間は?」

「そんなものはない。撮影するためには、連休が必要だったからな。村のものも仕事があるし」

「部屋にカメラがあり、外でキラリと光る物を見ました。あれもカメラで、おれを撮るためですね。旧神社でおれをつけていた男も」

「もちろんだとも。凄まじい数のカメラが仕込まれていたんだぞ? お前の雄姿をちゃんと撮ってやらないとな。オンエアできないだろ?」

 沢村はにたりと笑った。


 バラエティ番組などで、楽屋などにカメラが仕込まれているのをよく見る。おれが対象にされただという、妙な感動があった。監視するためだと思ったが、番組を放送するためなのだ!


「じゃあ、おれがアパートへ帰ろうとしたときつけていたのも、隠し撮りのため?」

「そうだ!」

 沢村は誇るように力強く頷いた。ストーカーの類いでなくて良かったが、そろそろ人間不信に陥ってしまいそうだ。なにを信じていいかわからなくなる。


 おれはため息をつくと、

「……沢村さんたちは、サワムラ畳店にずっと待機していたんですか」

「そうだ、モニターで確認し指示を出さなければならない」

「おれが旧神社から帰ってきて、サワムラ畳店で徳井という男を追いかけましたが、彼はスタッフだったんですか」

「そうだ。隠れ家に帰ろうとしたところを、お前に捕まったんだ」


 カメラの後ろにいる若い男が会釈した。見覚えのある人物。彼が追いかけ回した徳井昌子だった。あのままきつく問い詰めていれば、すべてが明るみに出たかもしれない。そうすると、番組は成立しなくなるのだが。


 おれは瑛華の方を見た。ふと気になり、尋ねることにした。

「さっき旧神社に行ってたのは、あれはうち合わせのためか?」

「うん、最後の打ち合わせのために。サワムラ畳店でやると、ももちゃんに発見される恐れもあるでしょ? だからわざわざ遠い場所を選んだんだ。旧神社を探るためっていう理由もつけれるし」

 突然、旧神社に向かったわけがわかった。おそらく打ち合わせをしている最中に、おれが旧神社に向かったということを聞いた。スタッフはただちに撤退し、瑛華はおれを待った。だから、ずぶ濡れになったおれを見て申し訳なさそうにした。あのとき、胸元を隠したのは恥ずかしかったからではなく、仕込んでいたが透けて見られると思ったのだろう。これで辻褄が合う。


 沢村はごほんと咳払いすると言った。

「お前もまだ気づいていないことがある。なにかわかるか?」

「いえ……なんです?」

「俺からこの村のことを聞く前に、番組のために身体測定をしただろ?」

「はい。――えっ! あれってもしかして!」

「そうだ。お前の詳しい身長や視力を測るためだ。それを調べないと、モニターを置く角度を決められないからな。少しでもズレたら、バレるかもしれん。年密な計画をしてるんだぞ」

 そのための身体測定だったのか……。確かに正確なデータは必要だろう。だがそこまで頭は回らなかった。


「そうとなると、特番はないんですか?」

「偽の番組だからな」

「そうですか……」

 がっくりと肩を落とすと、沢村やスタッフたちも笑った。売れない芸人にとって出演する番組がなくなるというのは、チャンスが一つ消えてしまうのと等しい。笑い事ではないのだが、笑ってくれているためそれでも良いかと思えた。矛盾しているが、それが芸人の性である。


「それと、この番組のスポンサーさんにもちゃんと感謝しなければならないぞ?」

「ええ、それはもちろんですけど……」

 意味がわからないでいると、沢村はいやらしい笑みを浮かべた。

「気にならなかったか? やけにが出てきて、もよく見かけただろ?」

 おれは思わず目を大きくした。

「スポンサーだからなんですか!」

「その通り!」

 沢村はおれを指さした。

「メインのスポンサーをしてくれているんだよ。高山さんは本当の編集者なんだぞ? 感謝してもいいしきれないぜ。まあ、流石の探偵芸人さんも、それには気づかなかったか」


「気づくかあ!」


 おれは声高らかに叫んだ。

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